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25. 白霧解体

 「状況は、大体わかったかな」


 事務所の応接間にあるガラス製の机、その上に並べられたハルヒサ作の手料理を食べながらキスタがつぶやいた。彼が食べているのはハルヒサが作った春巻きもどきだ。パイ生地で刻んだ山クラゲ、白身魚、玉ねぎ、にんじんを巻き、油で揚げた一品だ。山クラゲのコリコリ感と白身魚のもちもち感が合わさった魅惑の食感に、玉ねぎの微かな辛みが合わさって珠玉の一品となっている。


 それを食べるキスタに流し目を向けながらシトラスは白身魚の煮凝りを食べていた。固形物が食えない彼女のためにハルヒサが作った品だ。アクセントに細かく刻んだ卵揚げが混ぜてあった。


 ちょうど昼ごはんどきということも相まって、彼らの食べる手は止まるところを知らなかった。


 ハルヒサが食べているのはシンプルに揚げた鶏の足だ。いわゆるフライドチキンに甘いタレや、辛いタレ、酸っぱいタレなどを付けて味変を楽しんでいた。


 他にも色々、サラダだったり、ゼリーだったり、焼き魚だったり、焼き餃子もどきだったりと並べられている料理は十を軽く超えていた。それを好き勝手食べる三人の側で一人、ストーリャは比較的味の薄い卵のリゾットを食べていた。


 空腹の人間にいきなり味の濃いものを食わせるべきでないだろう、とハルヒサが作った卵粥だ。味付けはほとんどしていない。なにより、リゾットよりかはみるく粥に近くオリーブオイルもチーズもほとんど使わず、卵と牛乳を混ぜた簡単料理だ。


 「あったかい」


 びちゃびちゃになって噛むまでもなく飲み込める粥を食べながらストーリャはぽつりとこぼした。ごくごくと勢いよく飲み干し、一息つくと、ハルヒサが閉じていた鍋からおかわりの粥を空の器に注いだ。


 ストーリャの瞳がハルヒサに向く。フライドチキンを口にぶら下げる彼は、うぅーうぅー唸りながら、どうほ(どうぞ)、と言った。


 お礼もなく、ストーリャはがっついた。久方ぶりのまともな食事であり、言葉も忘れるくらい嬉しかったのだ。


 それがわかってか、ハルヒサは給仕に徹した。自分も食事をしながらのかなり図々しい給仕ではあったが。


 ハルヒサが不良給仕に徹する側、キスタはシトラスと今回の事件をまとめていた。もたらされた情報にシトラスは目を丸くした。


 「へー実現したらやばいじゃん」


 マウト市の崩壊に関する最悪のシナリオを聞いたにも関わらず、シトラスのリアクションは薄かった。てっきり、やばいじゃん逃げようくらい言うかと考えていたキスタは拍子抜けな反応に肩透かしを食らった。


 シトラスは市販のゼリーをすすりながら、どこか他人事のようにあー美味しいと感情がこもっていない、淡々とした感想を口にした。予想外に動揺していないシトラスにキスタは詰め寄った。


 「まるで実現しないみたいな言い草じゃん」

 「だって、実現しないもん。陸都を崩壊させるってそんな簡単なことじゃないよ」


 そう言ってシトラスは水晶端末を起動した。アプリを操作し、映し出されたのはマウト市の立体映像だ。巨大なボウル状の都市の中心を支える太い柱があり、その柱から樹枝のように伸びた幾何学的なパーツの先端にはやはり中心よりも小さいながら、同じような盤上都市が乗っていた。その都市もまたいくつもの都市と繋がっており、どこまでも続いているわけだが、この立体映像では省略されていた。


 シトラスは立体映像の真柱の部分を拡大し、指差した。


 「マウト市を支えている真柱、これには最終防衛機構があってさ、それが稼働している限り、どんだけ真柱を傷つけても都市が崩れることはないよ」


 「へー。初耳。それってひょっとしてすごい秘密だったりする?」


 「オレみたいなアーキテクター以外だと、都市の運営をしているやつらくらいじゃないかな、知ってるのは」


 詳しく聞かせてくれ、とキスタは言う。うん、とシトラスは短く答えた。


 シトラスが語ったのは最終防衛機構に関する概略だ。つまるところ、かいつまんだ情報だ。


 最終防衛機構は都市の真柱を魔術的に結合させる特殊な魔術式だ。陸都以外の盤上都市ではまず使われない、極めて巨大で極めて大量の魔力を使う術式だ、とシトラスは語る。


 魔術式を解除する手段は極めて簡単だ。魔術式を発動させている部屋に入り、そこで魔術を発動させているマジギアを破壊すればいい。それだけで防衛機構は止まる。


 「けれど、入るのがむずかしいんだよね。生体認証とかもあるし、何より市長級の裁可が必要だし。断罪教会にそういう許可は降りないでしょ」


 「その口ぶりからすると入ったことあるみたいだね」


 「もち。オレって優秀で天才で鬼才なアーキテクターだから。保守点検(メンテナンス)の時によく呼ばれるんだよね」


 ふーん、とキスタは最後の方は興味がないのか、聞きそらした。そのことにシトラスがむっとするが、彼は無視した。考え事をしているのか、その右手はアミュレットをいじっていた。


 両者の間に沈黙が流れ、気まずさを覚えたのか、シトラスは食事に戻っていった。その一方でお腹がいっぱいになったのか、ストーリャはふぅ、と人目もはばからず息を吐き、お腹をさすっていた。


 「まだ食うか?」

 「もういい。これ以上食べたらお腹はち切れちゃう」


 卵粥を食べる過程でどんどん食欲が湧いてきたのか、気づいた頃にはストーリャは卵粥以外にも春巻きやら、パスタ炒めやらをほうばっていた。そのせいか、初めて会った時、つまり数時間前の血色の悪い姿はそこにはなく、瑞々しい脂の乗った少女がそこにはいた。


 そんな少女を見ていると、自然とハルヒサはもっと食え、もっと食えと言いたくなり、食事を上げる手が止まらなくなった。おかげで彼自身はあまりあまりご飯を食べれてはいなかった。


 「向こうは全然食べないのね」


 口元をティッシュで拭いながら、ストーリャが横目でキスタとシトラスを見た。さっきまでは深刻そうな表情で話し合っていた二人は一転して、押し黙り考え込んでいた。


 そんな二人へ視線を向けていたストーリャはふと思い出したかのようにハルヒサに向き直った。そして何か言いたげな表情で口をぱくぱくさせ始めた。


 「ねぇ。あのさ」

 「なに?」


 「あの時、あたしを庇ってくれて。その」

 「うん?」


 言い慣れていないのか、ストーリャはぼそぼそと言葉を紡いでいった。


 「ありがとう」

 「え、ああうん。いやあん時は体が反射的に動いちゃってさ」


 照れ臭さからハルヒサは頭をかいた。そのせいで治ったばかりの傷がわずかに傷み、いてて、とハルヒサは傷口を抑えた。


 「ま、三人そろって無事でよかったじゃん。てか、なんかすごいな」


 「え、なにが?」


 「いや、俺って数週間前にアスクライド・ファミリアに追い回されてさ。その頭目の娘と食卓を囲んでるって、なんかすごいよな?」


 そうなの、とストーリャは不思議そうにハルヒサを見た。そうだぜ、と言ってハルヒサはポケットからスマートフォンを取り出した。この世界で使われている水晶端末ではない、地球製地球産のこの世界でただ一つの機械だ。


 「ほら、これってお前のとこの奴らだろ?」


 そう言ってハルヒサは写真ファイルを開き、そこにある写真をストーリャに見せた。その写真はハルヒサがまだこの世界に来て間もない頃、アスクライド・ファミリアの取引現場を撮影したものだ。


 写真を見せられ、ストーリャは眉を顰めた。そして、ねぇ、と写真のある場所を指差した。


 「この人、だれ?」

 「え、誰?」


 「この人。ほら、噴水の近くにいる金髪のやつ」


 ストーリャが指差したのは異世界転移初日にさんざん、ハルヒサを追い回した五人組の奥にいる長身で金髪の男だ。長髪で、赤いコートを着たその男にハルヒサはかすかな既視感を覚えた。


 どこかで見たことがあるが、しかしどこで見たかは思い出せないそのもどかしさにハルヒサはたまらず顔をしかめた。


 「アスクライド・ファミリアのやつ、じゃないよな」


 「それって質問かしら。質問ならこう言っておくわ。違うって」


 心なしにつぶやいた独り言にストーリャが反応した。アスクライド・ファミリアの人間ではないと断言するストーリャの言葉を前提にしながらハルヒサは異世界に来てからの二週間くらいの間に会った人間の顔を、憶えている限りの個人の顔を脳内で巡らせた。


 見た目からしてヒューマンだから、獣人やデーマンは除外される。外見は男っぽいから、女性も除外だ。金髪ということで、それ以外の人間も基本は除外した。


 特段、ハルヒサは記憶力がいいというわけではない。暗記科目、例えば社会や理科の期末テストで80点以上を取った試しはないし、クラスメイトの顔もよく話す生徒以外は基本うろ覚えだ。


 しかし金髪、なかなかの長身で、派手な赤いコートを着ている人物を憶えていないなんてことがあるのか、とハルヒサは首をひねった。それは確実な違和感であり、ある種の見落としを彼に鮮明に、あるいは克明に訴えているようだった。


 「なに、なに。なんか悩み事?」


 声をかけたのはシトラスだ。コップの中で湯気を立てるココアを飲んでいた。


 「シトラスさー。こいつって見覚えある?」

 「どいつ?」


 「この金髪のやつ」


 そう言ってハルヒサは写真を指差しながら、シトラスにスマホを手渡した。直後、シトラスはぎょっとしたように目を剥いた。


 「まさか知ってるのか?」


 勢いよくハルヒサは詰め寄るが、シトラスが目を剥いたのは別の理由からだった。


 「うわ、なにこれすご。魔術基盤もなしになんで、動いてんの、これ」


 シトラスが驚いていたのは写真についてではなく、スマホそのものにだった。タンタンと画面をタップしながら、シトラスはその機能に目を輝かせ、耳を熱くしていた。


 「ただのスマホだよ、俺らの世界の必需品。こっちにも似たようなものあるだろ」


 「いやそうだけどさ。こっちはなんでもかんでも魔力を源にしてんのに、これからはそれを感じないって。どうやって動いてんの?」


 声を上擦らせ、シトラスは興奮していた。それは外見相応のはしゃぎっぷりで、そんな様のシトラスをかわいいな、と思いつつもハルヒサはすぐに冷静さを取り戻して、わかったから、と言ってその手からスマホを取り戻した。


 「説明してやるからまず俺の質問に答えろ。写真のやつに心当たりないか?」

 「ない。それより早くどういう仕組みか教えてよ!!」


 即答するシトラスにハルヒサは苦笑いをした。ここまで考えるそぶりもなく、ない、と断言されていっそ清々しかった。


 「えっとこれはスマートフォンと言ってな。まーざっくり言えば電気の力で動くんだ」

 「電気?電気って、これ?『バリ』」


 電気について聞くや否や、なんの前触れもなくシトラスはタッチペンを取り出し、天井目掛けて電撃を放った。うわっと驚くハルヒサとストーリャの二人をからからと笑いながら、シトラスはそれをポケットにしまった。


 「てことはこれの内部も電気で動くようになってるってことかー。へー。——バラしてもいい?」


 「ダメに決まってんだろ、はっ倒すぞ!!」


 怒りで白目を剥くハルヒサに、シトラスはえーいいじゃん、と図々しく詰め寄った。しかし、ハルヒサは頑としてだめだ、と固辞した。


 「ひょっとしたらこの事件の手がかりになるかもしれない写真があるんだぞ、そんなバカみたいなことできるか!!」


 「ちぇ。まぁいいや。気が向いたらオレにちょうだいよ、それ」


 そう言うシトラスはココアを一気にぐいっと飲み干した。


 話がひと段落つき、幾分か落ち着きを取り戻したハルヒサはふと、ソファの隅で考えごとをしているキスタに視線を向けた。相変わらずキスタは背中を丸めたまま、アミュレットを弄っていった。こちらの大声での騒ぎには全く気づいていない様子だった。


 キスタにも写真の人物について聞いてみようとハルヒサは席を立ち、キスタの正面に座った。そして、ぽんぽんとその小さな肩を叩いた。


 おもむろに顔を上げるキスタは微笑を浮かべながら、どうしたの、と聞いた。聞かれたハルヒサはスマホを取り出し、写真を画面に表示した。


 「なぁ、キスタ。お前ってこいつに心当たりあるか?この写真のやつ」


 写真を出され、キスタはアミュレットをいじる手を止めて、それに視線を向けた。指さされた金髪の男を見て、キスタは目を細めた。


 「うーん。ちょっと待ってね、おにーさん。その人。それっていつの写真?」


 「俺がこの世界に来てすぐのやつ」


 「てことは俺とおにーさんが会って間もない時か。アスクライド・ファミリアの取引現場ってやつか。そこにいたのが金髪の男」


 もう一度見せてとキスタは写真を凝視した。彼も金髪の男に既視感を覚えたのか、写真を近づけたり、遠ざけたりしながら、注意深げに観察していた。


 直後、何かに気がついたのか、キスタは自身の水晶端末を取り出し、写真のフォルダを開いた。逆からその写真を見ると、そこにはキスタくらいの背丈の子供達が30人ばかり、ひな壇に登っていた。


 なんだか集合写真のようなそれを見てハルヒサが微笑ましく思っている傍ら、キスタは対照的に顔中の表情筋をこわばらせ、信じられないものを見る目で超高速で、両手の写真の間で眼球を行き交わせていた。


 「どうしたんだ、キスタ」

 「うそでしょ、ありえない。いや、でも。それはあくまで推定で、確定じゃない。だから、けれどこれは」


 明らかな動揺を見せるキスタにハルヒサは驚いていた。ハルヒサが異世界人だと明かした時でさえ、これほど動揺はしなかった。


 それは自称約1,900歳の少年がするような表情ではなく、願書提出を忘れた受験生だったり、アルバイト中にありえないミスをしたバイトだったりが見せる驚愕の表情だった。だからなおのこと、ハルヒサは驚き、たまらずキスタに声をかけた。


 「——ちょっと外に出てくる」


 しかしキスタはハルヒサの問いには答えなかった。ふらふらと生気のない人形のようなあぶなっかしい足取りキスタは扉を開けっぱなしにして、事務所から出ていった。


 残ったのは彼の水晶端末と、ハルヒサのスマホだけ。キスタの後ろ姿を見送ったハルヒサは直後、写真を見比べ、その理由に気がついた。


 ハルヒサが即座にそれに気づけたのはきっと彼がこの世界に現れてまだ間もないからだ。この世界の常識や法則に染まっていない少年にとって、それはわかりやすい間違い探しで、鼻をほじくりながらでもわかる「せんつなぎクイズ」だった。


 写真に写る金髪の男、それとよく似た金髪の少年が、キスタの写真には写っていたのだから。


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