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24. 事件の真相は斯く駄弁りて語らん

 ノクターンを退けたハルヒサ達は、その後キスタのアッセンブル事務所へと戻った。


 警察に行かないのか、とハルヒサが聞くとキスタは今はいい、と答えた。そのことをハルヒサは深くは言及しなかった。キスタよりもこの世界についてよく知らないからだ。


 アッセンブル事務所に戻ったハルヒサは早速、料理を作り始めた。料理、もといキスタへのご褒美とも言えるそれは決して豪華ではなく、どちらかと言えば家庭的で、からあげやら、マッシュポテトやら、パーティー料理ばかりだった。


 そしてハルヒサが料理に精を出す傍、キスタとシトラスが何をしていたかと言えば、二人はストーリャの相手をしていた。


 「さて、と。それじゃぁおねーさん。俺はキスタ・アッセンブル。このアッセンブル事務所の所長をしている者だ。おねーさんはストーリャ・クラッシュで間違いない?」


 偉そうに所長席に座りキスタはシャワーを浴びたばかりのストーリャに話しかけた。キスタの問いにストーリャは怪訝そうな表情で頷いた。


 ストーリャにとってアッセンブル事務所(ここ)は未知の場所だ。成り行きでついついてきてしまったが、目の前の少年が敵か味方か、彼女にはわからない。暗殺者であり、アスクライド・ファミリアを殲滅したノクターンを撃退したからと言って、信用することはできなかった。


 警戒の眼差しを向けるストーリャにキスタは肩をすくめた。そして彼女の傷口にむかって小指を向けた。


 「『ルールー』」


 直後、暖かな光がストーリャを包んだ。次の瞬間、彼女の体の裂傷やあざが消えていた。しかしパンパンに膨らんだ右足や、削られた上顎の前歯とそれによって膨らんだ唇、ボロボロの金髪や剥がされた両手の爪などは元にはもどらなかった。


 それでも体の傷が少しはなくなったことにストーリャは喜びを感じていた。体の傷はかゆくて仕方ない。それをかけばまた新しく傷ができる。そんな悪循環から抜け出せたことは素直に嬉しかった。


 「初級の魔法じゃこの程度が限界でさ。少しは俺たちを信用してくれるかな?」


 ストーリャは首を縦に振ることも、はい、と口にだすこともない。ただ目を細めキスタを訝しむだけだ。


 「ま、そうだよね。俺だってこの程度じゃ信用なんてされないだろうことはわかってるさ。ただ少しはこちらの質問に答えてもらいたいね」


 「なにに、答えろって?」


 「うーん。そうだな。まずは」


 言いながらキスタはシトラスに視線を向けた。その視線の意図に気づいたシトラスは待ってましたといった様子で頷き、勢いよく事務所から出ていった。


 「何をする気?」

 「ふふーん。やっぱり女の子は着飾ってこそだよなーっていうは・な・し」


 直後、勢いよく開いた事務所の扉からガラガラと音を立てて車輪付きのハンガーラックが現れた。ハンガーラックにはいくつかの衣装が掛けられていた。それを運んできたシトラスはその手元に自前の化粧箱を抱えていた。


 なぜか活き活きとした表情のシトラスにストーリャは嫌な予感を覚えつつ、ハンガーラックに掛かっている衣装に目を向けた。並べられた衣装は学生服や看護服、召使(メイド)服といった仮装衣装(コスプレドレス)ばかりの登場に思わずストーリャは眉をひそめた。


 「好きなのを選んでよ、おねーさん」


 そう言うキスタはニコニコしていた。背後に迫るシトラスからは冷や汗をかかせる言い表せない恐怖を覚えた。思わず体内から呪いを吐き出しそうになったストーリャは、しかし直後にキスタの杖から発せられた光の鎖によって縛られ、身動きが取れなくなった。


 「だいじょーぶ、だいじょーぶ。すーぐに終わるから」


 笑顔でそう言いながらシトラスが近づいてくる。左右の手には下地液(プライマー)とそれを塗ったスポンジが握られていた。


 「や、いや、いや」

 「あほいほいほい、ほいほいほい?ほい。ほいほいほほほほい」


 手早く、ストーリャのカサカサボロボロの肌にシトラスはプライマーを塗っていく。塗られたプライマーが浸透していくのをみながら、手足には別の液体を彼女は塗られていった。


 それはある種の塗り薬で傷んだ肌を再生させる効果がある。もっとも、それを塗ったからと言って爪母が折られたストーリャの爪が再生することはないし、膿んで怪獣の足と化した右足が元に戻るわけではない。ただ、傷んでいた肌が元あったかのように再生し始めたことは確かだ。


 驚くストーリャを他所にシトラスは彼女の化粧を続けていく。下地液のあとは保護液(ファンデーション)を塗り始めた。慣れた手つきで手早く塗っていくその姿にはベテランの風格を感じさせた。


 「さすが慣れてるねー」


 ニヤニヤしながらキスタがからかう。彼は立ち上がり、杖の先端をストーリャの右足に接触させていた。杖の先端に納められたひときわ大きな白い水晶には、実験で染色液をスポイトで吹き込むように黒い液体ともモヤとも言える何かが注入されていた。


 黒い何かはその見た目の通り毒だ。ストーリャの体を流れるもろもろの毒、感染症だとか疫病だとかシンプルに毒そのものだとかが、シトラスの魔法によって吸い出されていた。


 もっとも、彼の魔法も万能ではない。あくまで吸い出せるのは今の時点で有害な毒素だけで、これを行ったからガンにならないとか、以後感染症を発症しないとか言うわけではないし、今発症せず潜伏している毒には効果はない。


 ともかくも、シトラスが添付液(コンシーラー)を塗り始める頃には白い水晶は黒ずんだ水晶に変わっていた。化粧を続ける二人を他所にシトラスは試験管を水晶に近づけた。どろりと粘着性の液体が水晶からこぼれ落ち、試験管の奥へと沈んでいった。


 それを見てキスタは興味深げにふぅん、と唸った。


 「何か興味深いことでもあった?」

 「やっぱり貧民街(スラム)では毒の構成が大きく変化するなぁって話。毒ひとつとっても思いもよらない化学変化を起こしてる」


 そう言うキスタは試験管に栓をして、服の下に仕舞い込んだ。危なくないか、とシトラスは思ったが、敢えて言うまいと舌の下に仕舞い込んだ。


 「右足から毒を抜いたからしばらくすれば右足はもとに戻るよ。戻るっていうか、化膿が治るってだけなんだけど、ね」


 「膿を吸い出しただけだしね」


 「一週間か、それとも10日かな。それくらいはかかるかな」


 「ここに、その。さっきの『ルールー』とか言うのを使えないわけ?」


 ストーリャの問いにキスタは肩をすくめた。キスタの扱う『ルールー』は無論、腫れを抑えることはできる。ただ、それをするほどの義理をキスタは感じなかった。彼がストーリャの治療をしたのはシンプルに彼女の命をハルヒサが救ったことへの、義理だてでしかなかった。


 そんなキスタの思惑などストーリャは知る由もなく、キスタが肩をすくめたことで無理なのだ、と解釈し残念そうに目を伏せた。残念そうにするストーリャにキスタは一抹の罪悪感を覚えたが、しかしだからと言って彼が治癒魔法をストーリャに使うことはなかった。


 そうこうしている内にシトラスによる化粧は次のフェーズに移っていった。化粧箱から彼女が次に取り出したのは金色のかつら(ウィッグ)だ。最新の植毛ウィッグで、時間経過でウィッグそのものが装着者の素肌に接着し、本物の毛となるという禿頭(ハゲ)御用達の品だ。


 普段から髪の手入れをしていて、禿げる心配のないシトラスには無用の長物だが、絶賛頭の一部が禿げているストーリャには必要な品だ。ちなみになぜ髪の心配がないシトラスがこのウィッグを持っていたのかといえば、マネキンに被せて、ヘアアレンジの練習に使っているからだ。


 素肌の上にテーピングをして、シトラスは慎重にストーリャの頭にウィッグを被せていった。滅多に起こることではないが、ウィッグに使われている素材が合わないということがある。拒絶症(アレルギー)を起こして呼吸困難なんかを起こされても困る。ついでに、ウィッグがずれてそのまま定着とかすれば、それはそれで面倒だ。


 「そういえば、髪とかは売ったんだ」


 シトラスが神経をすり減らしている傍ら、キスタは無遠慮に髪について質問した。ストーリャは視線だけキスタに向け、そうよ、と言った。


 「きれいな髪だったものね。いっぱいお金もらったでしょ」


 「なに?」


 「うーん。いやおにーさんが料理持ってくるまで暇だからさ、ちょっとお話ししたいなって話。いいでしょ、別に?」


 無遠慮に、無神経に、無思慮にキスタはストーリャに話しかけた。シトラスはそんなキスタを横目で睨んだ。しかしキスタは止まらない。相手の気持ちなど考えず、質問を続けた。


 「君のところのアスクライド・ファミリアが潰れてもう二週間くらい経つよね。それまでの間、随分とひどい生活をしたみたいだ。そういう路上者生活ってどうだった?」


 ストーリャは両目を大きく開き、キスタを睨みつけた。嘲笑うかのようなキスタの問いに彼女は憤りを隠せなかった。


 「まぁどうだったかなんてのはどうでもいいんだ。俺としてはどうしてそんな生活になったのか、が気になるんだよね」


 話の流れを数段無視して、キスタは核心に迫った。対してストーリャは怒りを滲ませた表情で彼を睨み、知らないわよ、と短く返した。


 「アスクライド・ファミリアが断罪教会に潰されたことはもうわかってる。おねーさんの反応からほぼ断定してもいい。なんでそうなったのかは、わかる?」


 「あたしがそんなの知ってるって?」


 「まぁ知らないだろうね。俺もそれがわからないから、ひょっとしたらおねーさんが知ってるかもって思ったんだけど」


 キスタに言われてストーリャは二週間前の記憶を振り返った。黄金の日常が崩れた最悪の1日、それを振り返りストーリャはかつてのわんこちゃんであるジョルジュのある言葉を思い出した。


 「『あいつら、裏切りやがった』」

 「ん?」


 「ジョルジュ、がそんなこと言ってた。裏切りやがったって」


 ふーん、とキスタは喉を鳴らした。思案顔を浮かべながらおもむろに赤い宝石のアミュレットを取り出し、いじり始めた。


 「なにやってんの?」

 「考えごとかなー」


 ストーリャの問いにシトラスが答えた。ラースクライの幻晶である赤いアミュレットをいじるのが考え事をしている時のキスタの癖だ、と。


 キスタが物思いにふける中、シトラスはストーリャの化粧の最終盤に迫っていた。


 ウィッグをつけ終え、顔の塗りも終えた後、彼女の目線はボロボロになったストーリャに爪に向けられた。右足ほどではないが、膨らんだ爪の内側の肉のせいで醜く歪んでいたそれに、シトラスはネイルを付けていった。


 ネイルはもちろん、ただのネイルだ。それを付けたからと言ってまた爪が伸びるようになるということはない。そういった需要は一般社会においてほぼゼロだ。


 今回、シトラスが使うネイルは女性が化粧の時に使うネイルではなく、映画の撮影の時に使うネイルだ。ある程度形状変化ができ、着用者の体に馴染ませやすい。それを接着することで剥がされたストーリャの爪を復活させた。


 最後にシトラスは入れ歯を取り出した。


 「サイズがわからないから、とりあえずこれ付けておいて。あとで新しく作るから」


 コスプレ用の入れ歯をシトラスはストーリャの口腔に装着させる。違和感を覚えたが、何度か空を噛むことでその違和感は幾分か払拭された。


 「さーて後は衣装、衣装だよ。何を着たい?」


 学生服、ナース服、メイド服、女性職員服(OLドレス)、それから色々。とにかく普通の、カジュアルな服はひとつとしてなかった。嫌がらせと言いたくなりそうなレパートリーに、ストーリャはシトラスを白眼視せざるを得なかった。


 それでもボロを着ているよりはマシだ、とストーリャは赤茶けたブレザーの学生服を指差した。イヤイヤではあった。しかし、ナース服はスカートの丈が短いし、メイド服は使用人みたいで嫌だ。


 「あ、そうだ。下着はどれにする?」


 シトラスは派手な下着、スポーティな下着と色々な下着を両手に抱えた。それを見て、これまで色々な恥辱に耐えてきたストーリャもこれを見てついに堪忍袋の緒が切れた。


 「殺してやるぅ!!」

 「なんでー!!!」


 残当であった。


 ハルヒサが料理を持って事務所に降りてきた時、そこは地獄だった。


 叫ぶストーリャがシトラスの襟首をつかむ傍ら、キスタはアミュレットを弄って物思いにふけっていたのだから。


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