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23. 嬶衆の魔法使い

 ふんふんふーんという鼻歌が図書館の中に響いていた。それを耳聡くとらえた職員が、誰が歌っているのかと探し出すと、その歌の主は分厚い書物を立ち読みしている茜色の少年だった。


 職員が声をかけると、少年は顔を上げた。若葉色の双眸が職員を捉え、その鋭さに一瞬、職員は言い表せない威圧感を覚えた。


 「あの、お客様。館内ではお静かに願えますか?」


 職員に注意され、少年はバツが悪そうに苦笑した。そしてパタンと呼んでいた本を閉じると、それを本棚に戻し、職員に向き直った。


 「すいません、実は本を探していまして」

 「本、ですか。ええ、相談に乗れることでしたらなんなりとお申し付けください」


 でしたら、と少年はその外見に似つかわしくない丁寧な口調で、探している本の種類を伝えた。それを聞いて職員はうーん、と唸った。


 少年が読みたい、と言ったのは古い民話集だ。メタ・スドラが形成される前の、この世界がスドラと呼ばれていた頃の各地の伝承や民話などが載っている本だ。そういった過去の話が載っている本は一般にはあまり流通していない。理由は単純で、需要がないからだ。


 しかし図書館であれば話は別だ。特にこのマウト市中央図書館は古今東西の書物が納められている、知識の宝庫と言ってもいいだろう。


 実際、少年がさっきまで読んでいた本もそういった一般にはあまり需要がない、古い時代の民話集だ。ただ、少年が求めたのはそれよりもさらに古い民話集の本で、中央図書館にも蔵書されているかは不明だった。しかし、読めないというわけではない。


 「後世暦340年の本、ですか。それほど古い本ですと、実物は蔵書されていないかもしれません」


 「ああ、やっぱり。じゃぁ記録保管(アーカイブ)はされていますか?」


 「はい、すぐに調べてみましょう」


 そう言って職員は職員用の水晶端末を取り出すと、図書館のアーカイブに接続した。しばらくして彼はキスタに笑顔で向き直った。


 「お探しの本ですが、やはり実物はありませんでした。しかし、写本と、情報化(デジタルアーカイブ)されているものの二つがございます。どちらを読まれますか?」


 少年は職員の問いに少し考え込むそぶりを見せ、こう答えた。


 「どちらも読めないでしょうか。差異があったらいけないので」


 「了解しました。では手続きをお願いします」


 そう言って職員は少年を貸し出しカウンターの前に連れていった。少年の借りたいと言った本はいわゆる書庫本で、借りるには同意書が必要となる。


 霊信ネットワークが普及した時代にあって、同意書はやはりアナログな一枚のコピー用紙だった。それに手早く少年がサインしている傍ら、職員は書庫から自動機械によって運ばれてきた写本と、印刷されたデジタルアーカイブ版をカウンターの上に置いた。


 「ではこちらになります。こちらの写本は禁帯出資料であるため、館外への持ち出しはできません。よろしいですね?」


 はい、と少年は頷き、奥の読書スペースへと消えていった。


 「さーってと。調べ物調べ物っと」


 読書スペースについた少年、もといキスタは大きく伸びをしながら、手元の二つの資料に視線を向けた。写本はそれなりに大きく、挿絵もついた本だ。対してデジタルアーカイブされたものは地球で言うところのA4紙100枚分くらいのコピー用紙の束だ。


 そのうち、まずは写本の方にキスタは視線を向けた。


 写本は大きさもさることながら丁寧な装丁がされていて、非常に見事なものだ。後世歴300年以降の写本と考えればそれは珍しく、同時にこの写本を作った人間が凝り性であったことを窺わせた。


 ページをペラペラとめくりながら、キスタは探していた物語を見つけた。より正確には探していた物語の一つだ。


 それは神隠しに関する物語で、ある日突然、少女が消えたとか、そういう話だ。内容はありふれていて、目新しさはない。ややショッキングな内容のせいで子供には話せないという点を除けば。


 キスタが神隠しを調べるのには理由がある。ハルヒサを元の世界に返す手掛かりを得るためだ。


 調べた限り、民話で語られる神隠しには二種類ある。一つは神々が少年やら少女やらをかどわかしたという字義通りの神隠し。もう一つはそういった背景のない唐突な失踪事件。


 どちらかと言えばキスタが調べているのは後者の神隠しだ。


 「この世界に神はいないしね」


 ぽつりとキスタはつぶやく。それはこのメタ・スドラ開闢以来の真実だ。神なきこの世界で神隠しなど、皮肉でしかない。


 そうして図書館に通い詰めるところ数日後、あらかた資料を集め終わりまとめ終わったところでキスタは机の上に置いていた水晶端末が揺れていることに気づいた。画面に映った電話もとい、伝話相手を見て、キスタは顔をしかめた。


 「なに?」


 もしもしも、ハローも言わず、キスタはぶっきらぼうに伝話に出た。


 『キスタさん、お久しぶりです。ご依頼されていた件について調べがつきましたので、お伝話差し上げました。ああ、ひょっとしてご不要でしたか。ではこれにて』


 「ちっ。俺が悪かったって。それで何がわかった?」


 「アスクライド・ファミリアが取引をしていた事業者についてですが、やはり真柱周辺の補修作業を行なっている者達でした。ファミリアとの取引がバレない様に偽装され、いくつかの偽装会社(ダミーカンパニー)を噛んでいたおかげで調べるのに苦労しましたよ」


 「そこで奴らが何をしていたかわかるか?」


 「真柱の強度分析、そして改修工事。あとは、接続術式の部分補修。推測するに彼らは真柱を破壊したいようです」


 ふーん、とキスタは伝話に相槌を打ちながら、その内容をメモした。同時に嫌な予感が的中したことに苦笑した。


 真柱とはマウト市をはじめとした盤上都市を支える巨大な柱だ。それが破壊されれば都市は簡単に星の中心目掛けて落下する。多くの場合はそれよりも前に、他の都市に影響が出ないように切り離し(パージ)される。


 『キスタさん、これは友人根性のおせっかいで、老婆心から言うものですが、さっさとその街から出てはいかがでしょうか。今なら都市外への列車の予約も取り放題でしょうに』


 「それは、そうだね」


 2,000年近く生きていたキスタからしても都市の崩壊は数えるほどしか見たことがない。その中でも真柱の破壊による都市崩壊は一番ひどい筋書き(シナリオ)だ。


 マウト市のような準大陸規模の都市が崩壊するとなればその被害は軽く億を超える。下手をすれば周辺都市も巻き込む大災害、いや大災害となることは明白だ。被害は十数億、数十億はくだらない。


 彼の伝話の相手もすでにマウト市にはいないだろう。都市が崩壊すると知れば真っ先に逃げ出すだろうことは理解している。こんな伝話をしてくれるだけでもまだ有情だ。


 キスタも本音を言えば逃げ出したい。しかし、それをするにはまだ早い。


 「追加で調べて欲しいことがあるんだけど、いい?」


 『シトラスさんがいるでしょう?』


 「あいつは今、別件を調べてるから無理。流石にこれ以上仕事は増やせないって」


 伝話の向こうからため息が聞こえた。


 『マウト市に関することでしたら、ここから調べられることは限られますよ?』


 こことは、伝話相手が今いる場所のことだ。それがどこかはキスタの知るところではないが、マウト市崩壊の影響が出ないところであることは確実だ。


 キスタは相手の臆病ぶりに苦笑しながら、それじゃぁ、と舌の上に用意しておいた依頼を口にした。


 伝話相手はそれを聞き、しばらく沈黙した。そして重苦しい沈黙を打ち破り、キスタの依頼を受けると答えた。


 「なるはやでおねがい」

 『ええ、もちろん。ああ、それとキスタさん。これはある種のサービスです』


 「ん?ああ、もちろん。感謝してるって」


 『いえ、そうではなく』


 伝話相手は少し困った様子でため息を吐いた。


 『キスタさんが保護しているという黒髪の少年、今彼の近くに断罪教会の征使徒がいます。場合によっては』


 「つ。マジ感謝。おにーさんもほんと、巡り合わせが悪いなー!!」


 手早く水晶端末を閉じ、キスタは図書館から飛び出した。そして飛び出すとと同時にキスタは緑色のアミュレットを取り出した。


 「来い、グローリオン!!」


 観衆の中、キスタはアミュレットを天に向かって掲げた。アミュレットが光り、その光から若葉色の竜巻が起こった。それによってキスタが舞い上がり、次に彼の足が着地したのは図書館の前を流れる石畳の通りではなかった。


 緑色の羽毛を持った巨大な怪鳥。凛とした瞳の風の翼を纏ったそれは大きく天高く飛び上がり、直後音速をはるかに凌駕する速度で飛翔し始めた。


 「つ、あいかわらず強烈!!」

 『キスタ』


 「よし、風の結界で俺を纏って、いや守って」

 『我慢しろ』


 「おんぎゃあああああ」


 顔面が被り掛けのマスクよろしくべろんと取れかけそうになりながら、キスタは必死にグローリオンの背中にしがみついた。久しぶりのグローリオンによる飛翔は予想以上にひどかった。


 防護魔法を使うカーバンクルの能力でどうにかそのひどい飛翔に耐えた。なにせ安全装置などないのだ。自前で用意するしかない。


 グローリオンは風のカーバンクルだ。その真価は速度にある。最高速はマッハ30以上、魔法使いであるキスタが自前の防護魔法を使っていなければ間違いなく、初速の段階で潰れていた。


 そのおかげで1時間もせず、キスタは第20街区に到着した。


 そして今に至る。


 ぐるりと周りを見回しながらキスタは苦笑した。


 倒れているハルヒサとシトラス、戦闘の意思を見せる銀髪の少女、ハルヒサの背後で憎悪の眼差しを見せるしわくちゃの少女。


 「なるほどなるほど。何があったのかは大方理解したけど。それで、おにーさん。だいじょーぶ?」


 「キスタ。俺が今、大丈夫に見えるか?」


 「うーん。確かに大丈夫そうじゃないね。肩とか痛そう」


 「だったら早いとこ止血してくれると助かるんだけど?」


 「それもそっか。ほい、『ルールー』」


 キスタは小指をハルヒサに向けた。それは他の爪と違い、ネイルチップが貼ってあり、それが発した光がハルヒサを照らすと、彼の右肩が左右に揺れ、その中にあった弾丸が吐き出され、傷口が塞がっていった。


 「これでよし。さて、と」


 杖を構えキスタは銀髪の少女、ノクターンに振り向いた。


 互いに名前など知らないが、直感で両者は互いの正体を把握した。それは龍虎の邂逅に他ならなかった。


 「君が断罪教会の征使徒?ふふん、ちょっとは歯ごたえがあるんだろうね?」


 「肯定です。魔法使いなどという唾棄すべき輩はここで排除します」


 「言うねー。征使徒風情が。『インフィガール』」


 炎の竜巻が杖から起こる。迫るそれにノクターンは銃弾を放った。直後、ノクターンの姿が掻き消え、次の瞬間、彼女はキスタの目の前に現れた。そして拳打を叩き込もうとした。


 しかし放たれた打撃はキスタの防護魔法によって防がれた。それは彼がグローリオンに乗る時とは別に、普段から掛けている特殊な防護魔法だ。キスタの命の危機にしか発動せず、ついでに1日1回こっきりの厄介で使い勝手の悪い代物だ。


 「ふーん。『バリ・リバリ』」


 杖から雷撃が放たれる。赤色の雷撃、シトラスが使ったそれよりもはるかに強力な一撃は至近距離で少女に浴びせられた。


 「ぐ、ああ」

 「あっは。黒焦げー」


 笑うキスタ、しかしノクターンは瞳を鋭くし、笑う彼目掛けて銃撃を放った。直後、放たれた弾丸をキスタは絡めとった。それは彼の魔法ではない。はるか上空からキスタ達を見下ろすグローリオンによる風の防御だ。


 「おーらぁ!!!」


 好奇とばかりにキスタは杖でノクターンを殴った。非力な彼の一撃でも傷ついた体には致命打になる。地面に叩きつけられ、肺にたまった空気を吐き出すノクターンは忌々しげにキスタを睨んだ。


 「まだ気絶しないんだ。やっぱ征使徒って頑丈だな」


 頭をかきながらキスタは困り顔を浮かべた。そう言う彼の背後には無数の火の玉が浮かんでいた。ラースクライの『フィガール』だ。


 「残念です。どうやら勝ち目はないようです」

 「ふーん。それで?」


 「簡単です。撤退します」


 ノクターンは言葉とは裏腹に拳銃をキスタに向けた。キスタは余裕の表情で防護魔法を展開した。弾丸1発ではどうしようもない強度だ。


 ノクターンが引き金を引く。放たれた弾丸はキスタ目掛けて飛んでいく。直後、それは空中で停止し、ぽたんと地面に落ちた。


 その時、ノクターンの姿は跡形もなく消えていた。


 「ふーん、逃げたか」


 残念そうに唇を尖らせるキスタは、舌打ちをこぼした。逃がさないつもりだったが、相手の能力が一枚上手だった。


 「大丈夫か、キスタ」

 「ん?うーん。ちょっと不満かな」


 近寄るハルヒサにキスタは振り返る。笑顔を浮かべながら彼はハルヒサの腰に飛びついた。


 「ねぇ、おにーさん。なんかご飯つくってよ」

 「あーはいはい」


 「あのーオレのことを忘れないでもらえますかねー」


 いちゃつく二人の背後でシトラスがうめいた。起き上がれないのは背骨を砕かれているからだ。罰が悪いとばかりにキスタは小指を彼女にも向けた。


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