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22. 呪殺少女

 刹那、少女は表情をこわばらせた。彼女の背後から紫色の何かが湧き上がり、それは恐るべき速度でハルヒサ達に迫った。


 「なんだ、あれ」

 「単純です。呪いです」


 ノクターンはハルヒサの疑問に答えながらそれに対処する。彼女はポケットから数珠に似たブレスレットを取り出すと、それを迫る紫の塊めがけて投げつけた。


 直後、円形の、曼荼羅に似た半透明の障壁が両者の間に割って入った。それは紫色の何かを弾き飛ばし、直後ノクターンはポケットからとある金属の武器を取り出した。


 それはハルヒサもよく知る武器、拳銃だった。


 引き金に指をかけたノクターンは容赦無くそれを引いた。バンという音と共に銃弾が発射され、それはストーリャのほおを掠めた。


 「つ。ぁああああ!!!!」


 ストーリャが吠え、彼女の体を紫色の何かが、オーラとも覇気とも言える邪悪な何かが包み込んだ。それは四方八方へむかって伸び、周りにいた浮浪児の少年達に浴びせられた。


 紫の何かを浴びせられた浮浪児達は直後、苦しみ出した。彼らは胸や頭を押さえながら泡を吹き、のたうち回ってもがいていた。


 その様子にハルヒサはもちろん、シトラスも唖然として瞠目した。それほどに理解できないことだったし、ストーリャに恐れを覚えた。


 唯一ノクターンだけは目を細め、無言で拳銃を構えた。そして彼女はなんの躊躇もなく、引き金を引いた。


 二連発、しかしそれはせっかく構えたのにストーリャにはかすりもしなかった。それどころか彼女が立つ通路の壁にめり込んだ。


 「不満です。銃身(バレル)が曲がっています」

 「いや、ただの腕だろ」


 不満げに舌打ちをするノクターンにハルヒサは冷静につっこみを入れた。そんな三文芝居をしている中、ストーリャが動いた。


 彼女の周りを蠢いていた紫色の何かは大きくその姿を変え、無数の槍となった。それをストーリャは低い咆哮と共に放った。


 「やばっ」


 槍が迫る中、ハルヒサはノクターンに手を伸ばす。彼女の細い腰に手を回し、その矮躯を抱き起こした。ノクターンは驚いて、あ、と声を漏らした。


 そんな可愛らしい声に耳もくれず、ハルヒサは次いでシトラスも抱え起こし、飛翔する紫の槍をジャンプして回避した。


 「あぶねぇー!!」


 間一髪、槍を回避したハルヒサだったが、ストーリャの猛攻はとどまるところを知らない。彼女は再び、槍を形成し、放った。


 弧を描いて接近する無数の槍、それを見てハルヒサは走り出した。路地のひときわ広い空間を彼は縦横無尽に走り回った。


 ハルヒサ自身も驚くくらい、その足は軽やかだった。小さいとはいえ、人間二人を抱えているとは思えないくらい身体中に力がみなぎり、走るため踏み込むたびに力が溢れ出ていた。


 「けど、重いぃ!!!」


 「ちょっと、ハルヒサ?そういうことを言うのってどうかと思うんだけど?」

 「肯定です。女性に対する言葉遣いではありません」


 「だったら、自分で走れぇ!!」


 抱えられた二人に怒声を放ち、ハルヒサは正面めがけて二人を投げ捨てた。すると二人は予想していたとばかりに中空で一回転した後、軽やかに地面に着地した。


 「『バリバリ』」


 刹那、ハルヒサの背後から迫る槍に向かってシトラスが電撃を放った。それは青白い軌跡を描き、ハルヒサの真横を通り過ぎると槍に命中し相殺した。


 ノクターンはと言えば拳銃を構え、彼女は再びストーリャを狙った。マガジンを取り換え、再装填された弾丸を彼女はバンバンと放った。そのどれもが当たらなかったが。


 「最悪です。不良品です、これ」


 「いや、不良なのはお前の腕。痛い痛い。脛を蹴ろうとするな」


 音もなく放たれたノクターンの蹴撃を回避しながらハルヒサは暴れ狂うストーリャを改めて見つめた。


 一部が禿げた薄い色素の短い金髪、澱んだ瞳、前歯はなく、化膿した上顎の歯肉が膨れ上がり、口を締められていない。そのせいか、くちばしかタコ口のように見えた。両手の指に爪はなく、右足は傷口がふくれて、ゴジラやゴモラの足のようだ。


 衣装はどこぞのボロだ。白いワンピースが元となったのだろうことは想像でき、のぞかせる素肌には無数のあざと裂傷が見えた。


 ハルヒサ達の奮戦、もとい抵抗に驚いているのか、はたまた何らかの策を練っているのか、彼女は動こうとしない。それを好機と思い、ハルヒサは思い切って彼女に話しかけた。


 「なぁ、ストーリャ・クラッシュ、さん?俺達は別に怪しいものじゃない。俺達は」

 「——だまれ」


 「話をさせてくれ!俺達は」


 「だまれだまれだまれだまれだまれだまれ。消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!!みぃんな、みんな、いなくなっちまえぇ!!!!」


 「ヒスかよ!!」


 叫ぶ彼女は紫色の塊を触手のように振り回し始めた。ハルヒサやシトラス、ノクターンはそれを回避するが、唖然としていた浮浪児達はその触手が命中するともがき苦しみ始めた。


 「警告です。あの触手にふれると、苦しんで死にます」

 「でしょうねぇ!!わかりきったことへの説明ありがとうございますぅ!!」


 やや遅いノクターンのアドバイスにハルヒサは怒声で返した。ノクターンはしかし、平然とした様子で拳銃をストーリャに向けた。


 「そもそも、あんたがいきなり拳銃とか撃たなきゃこんなことになってなかったんじゃないか?」


 「不正確です。最初に攻撃してきたのは彼女です」


 「あー。そういえばそうだっけ?」


 「そうだよ、ハルヒサ。むしろノクターンさんはオレらを助けてくれたんじゃない」


 シトラスに言われてハルヒサは数分前の記憶を引き出した。確かに最初に攻撃をしてきたのはストーリャだった。


 けれどそこで新たな疑問が生まれた。


 そもそもなんでストーリャは攻撃してきたのだろうか、と。


 ストーリャがただの気狂いなら別に不思議じゃない。よくわからない連中が自分の縄張りをぶらぶらしてたから攻撃した、で説明がつく。


 けれど今のストーリャは狂っているようには見えなかった。少なくとも、ハルヒサ目線でのストーリャはまだ理性を保っているように見えたし、それを試すだけの価値はあるように思えた。


 「シトラス、今から突っ込むから援護しろ」


 意を決し、ハルヒサはそう言った。シトラスが何か言おうと口を開くが、それよりも早く、彼はすでに駆け出していた。


 大きな舌打ちが走るハルヒサの背後から聞こえ、それと同時に青白い電撃が彼の背後から飛んだ。それは走り出したハルヒサめがけて迫る呪いの槍を相殺した。


 ストーリャは瞠目する。迫るハルヒサめがけて彼女は呪いを津波のように放った。電撃で消せる規模ではない。逃げ場などない。正真正銘、ストーリャの最後の抵抗だ。


 「つ。ぉおお!!!」


 やけっぱちとばかりにハルヒサはポケットから赤い宝石を取り出した。そしてそれを呪いの津波目掛けて放り投げた。


 刹那、宝石が輝き、炎が逆巻いた。生じた炎の渦は呪いの津波を瞬く間にその渦の中へと、巻き取り消し去った。


 そのあまりな光景にストーリャは唖然として空を仰いだ。しかしハルヒサは違う。ぼーっと突っ立っているストーリャに向かって両手を広げ、飛び込んだ。


 タックルにも似た荒々しい抱擁を受け、ストーリャは仰向けに、ハルヒサはうつ伏せになって倒れた。その瞬間、ハルヒサの鼻腔を凄まじい腐乱臭が襲い、吐き気が込み上げてくるが、彼は背中に回し組んだ両手を剥がすことはなかった。


 「つ、どけぇ!!!」

 「嫌だ!!!なぁ、頼むから話を聞いてくれ!!俺達はお前に危害は加えない!!」


 「嘘つけ!!あたしを殺しに来たんだろ!!」

 「違う!!俺はただ君を探していただけだ!!!」


 「嘘だ。嘘嘘嘘!!!それならどうして!!」


 血走った目でストーリャは正面を指差した。その先には無表情のノクターンが立っていた。


 「あの女と一緒にいるの!!あいつは、あたしを殺しにきたんだぁ!!」


 直後、さまざまなことが起こった。


 ノーモーションでノクターンが拳銃を構えた。その冷徹な、一切の感情を感じさせない相貌にハルヒサは嫌な予感を覚えた。それは今までふざけた銃撃ではなく、本気でストーリャを撃ち殺そうとしていた。


 反射的にハルヒサはストーリャに覆い被さった。それを見てノクターンは躊躇なく、容赦無く、呵責なく引き金を引いた。


 銃弾はまっすぐ、ハルヒサの背中をえぐった。これまで味わったことのない強烈な、灼熱の激痛にハルヒサは悲鳴をあげた。なんで自分が、と思わずにはいられなかった。


 叫ぶ彼を見てノクターンは目を細めた。それは自分の狙いが外れたからだ。本当なら心臓に当たっていたはずだ。しかし当たらなかった。直前になぜか、左手が痺れバランスを失ったからだ。


 じろりと彼女は隣でタッチペンを構えるシトラスを見た。彼女のタッチペンの先端から放たれた電撃は確実にノクターンの左手を麻痺させていた。


 「不愉快です。消えてください」


 銃口をシトラスに向け、ノクターンは発砲した。眉間を狙ったその一撃をシトラスはあらかじめ構えておいたタブレット方の水晶端末で受け止めた。そしてお返しとばかりに攻撃を放った。


 「『バリ・リバリ』!!」


 それはさっきまでの青白い電撃ではなかった。紅く赤熱した、雷撃の奔流だった。


 放たれた雷撃はノクターンに直撃し、蒸気が起こった。周囲の魔力が強烈な魔術や魔法に当てられ、拡散した際に起こる現象だ。


 その蒸気が起こると、シトラスは距離を取り、ハルヒサに向かって走り出した。


 肩を抑えて息を荒げるハルヒサの傷口を見つめつつ、彼女は蒸気の向こうのノクターンを注視した。経験上、この程度で倒れる相手ではないと思ったからだ。


 「そんなに、警戒する必要あるのか?」

 「そりゃ、もちろん。多分だけどあの子は」


 肩の傷を抑えるハルヒサは忌々しげに蒸気の向こうを睨んだ。繰り出された問いにシトラスが答えようとすると、蒸気の向こう側から影がゆらりと現れた。


 「——残念です。共同戦線は破棄されたのですね」


 煙の中から現れたノクターンは拳銃を片手に構えながら、冷めた瞳を三人に向けた。彼女の体には傷ひとつない。服に焦げた跡がある程度だ。


 「なんで、雷撃受けて平然としてんだよ、あいつ」

 「さぁ。すくなくとも尋常じゃないよね」


 「提案です。今からでもその女をこちらに引き渡しませんか?」


 「は?なに言ってんだ」


 「疑問です。もう一度言いましょうか?」


 可愛らしく小首を傾げるノクターンにハルヒサは声を荒げた。言っている意味がわからないのではなく、そんなふざけた提案乗るわけないってわからないのか、と。


 それを聞いてノクターンはため息をついた。これまで人らしくない要素ばかり目立った彼女の、珍しい人らしい行動だ。


 「残念です。では死んでください」


 「そんな拳銃でどうにかできると思ってるのか?」


 「肯定です。拳銃1発で終わらせて見せましょう」


 肩の痛みを抑えながらハルヒサは立ち上がった。彼の左手にはタックルする過程で回収した赤い宝石が握られており、まださっきの炎がその中で燻っていた。


 バン。


 なんの予備動作もなく、前触れもなく、ノクターンは拳銃の引き金を引いた。対してシトラスはそれよりも先に障壁を展開した。彼女が使える数少ない防御魔術だ。


 並みの拳銃では彼女の障壁は砕けない。だから銃弾1発でどうにかするなど不可能だ。


 そう思った矢先、ノクターンの姿が消えた。影も形もなくいつの間にか、視界から消えていた。代わりに直前に彼女が放った弾丸だけがその場に落ちていた。


 「どこに消え、ぁあ」


 直後、彼女の掌底が背後からシトラスの背中に打ち付けられた。普段から鍛えていない彼女の背骨は用意に砕かれ、その体は地面に打ち捨てられた。


 何が起こったのか、ハルヒサもストーリャもわからなかった。ただ唯一わかるのは一人しかいない戦闘要員であるシトラスが倒されたということだ。


 「勧告です。はやくその女を渡さないと、あなたも殺しますよ?」

 「シトラスを殺したのか?」


 ストーリャを背後に隠しながらハルヒサはノクターンを睨んだ。


 「否定です。生きています。そう無闇矢鱈に殺すほど、私は狭量ではありません」


 「だったら見逃すくらいの器の広さを見せてもいいんじゃないか?」


 半笑いになってハルヒサはノクターンを煽る。煽っても意味がないが、軽口をやめたら発狂しそうなくらい彼の心は追い詰められていた。


 なにせ目の前のノクターンはさっきまでの、街中を歩いていた頃のノクターンとはまるで気配が違う。口調こそ変わらないが、その声音からは一切の感情を感じさせなかった。


 硬質な、その外見通りの人形的な彼女にハルヒサが恐れを抱いていたことは語るべくもない。自然と心にもない軽口と、無意識の命乞いがとりとめなくまろび出てくるのは自然なことだった。


 「不可能です。私に与えられた役目は彼女の抹殺、ただそれだけなのですから」


 そう言ってノクターンは拳銃を構えた。構えた拳銃の銃口はハルヒサの心臓に向けられ、その延長線上にはストーリャがいた。


 「この距離なら外しません」


 炎を出そうにも距離が近すぎてどうしようもない。そもそも炎で銃弾を止められるのかもわからない。あるいはタックルでもするか、と思案するが、体を動かした瞬間にノクターンは撃つだろう。


 絶体絶命、絶死の間際に立たされたハルヒサはぎゅっと宝石を握りしめた。それに頼ったところで意味などないというのに。


 「さようなら」


 一か八か、タックルをしようとハルヒサは踏み込んだ。


 刹那、両者の間に炎の塊が現れた。ボワっとどこからともなく現れたそれは急激に膨張し、それによって風圧を起こし、二人もとい四人を吹き飛ばした。


 両者の距離が開き、後には円状の焦げ跡だけが残った。


 そしてその円状の焦げ跡に一人の少年が降り立った。赤髪の、ダブダブのコートを着た若葉色の瞳の少年だ。


 「うわ、なんかタイミングよすぎぃ」


 その少年の登場に喜ぶよりも早く、タイミングの良さを訝しんだ。そんなすさんだ自分の心に嫌気を覚えながらも、しかし喜びがあったのは事実だ。


 「キスタ……よくもまぁ」


 「おっす、おにーさん、元気してる?」


 赤髪の魔法使い、キスタ・アッセンブルは朗らかにそう声をかけた。


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