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21. 少女発見

 ノクターンを先頭に三人はラヴ通りの奥へ奥へと入っていった。


 奥へ入るほどにいっそうアングラな気配は濃くなっていき、通りの雰囲気は悪くなっていった。


 「おーい、兄ちゃん!!この白い飴ちゃん買わないかーい!?舐めたら疲労回復の効果があるぜ!!」

 「あら、かわいい子。ちょっと寄ってかなーい?」


 「賭け事に興味はねーか?この情報誌を買えば競馬で大当たり間違いなし!!月々200ガット!!」

 「連絡代行、連絡代行!!今なら遠くの都市ともお得に連絡取りますぜ!!」


 広がる光景はハルヒサの想像した闇市のそれによく似ていた。あからさまに違法な薬を売っていたり、風俗店が客引きをしていたり、うさんくさい情報誌を買わせようとしてきたりととにかく喧騒が絶えなかった。


 周りを見れば大人達に紛れて子供達もいた。目をギラギラと輝かせ、ハルヒサ達を見ていた。それを見ていると、不意にシトラスがハルヒサのかかとを蹴った。


 「なにすんだよ」

 「あんまり目を合わせるな。目を合わせると寄ってくるぞ」


 左右を灰色の建物で囲まれたこの路地はとても薄暗い。空は青いはずなのに、落ちてくる光は少なかった。しばらく歩くと、それが路地のあちこちにぶら下がっている洗濯物のせいだとわかった。


 そんな薄暗い場所だから、余計に自分を見てくる子供の目がハルヒサは気になった。何を思って自分を見るのかが気になってついつい、目を向けてしまった。


 「あいつら、ハルヒサをカモにしようとしてるんだ。目を合わせたら最後、群がって金目のものを盗んでくよ」


 「マジかよ、こわっ」


 ドイツだったか、イタリアだったか。シトラスの話を聞き、観光客を獲物にした移民の子供の窃盗がどうのこうの、というニュースを思い出し、ハルヒサは身を震わせた。


 心機一転、ノクターンの後頭部に視線を向けながら、彼は別の話をしようと、話題を探した。


 「そういえばここって結構アングラな感じなのに、襲ってきたりとかないんだな」


 ハルヒサのイメージする裏通りだったり、イリーガルな場所というのは往々にして悪漢が跋扈し、そこらへんを犬が人の片腕を咥えているものだった。しかし彼の目の前に広がる景色は、薄暗く陰惨ではあっても、陵辱的ではなかった。


 それを不思議そうに思うハルヒサにシトラスは、ため息混じりに答えた。


 「そりゃ警察がこの辺りを巡回してるしね。下手な真似をして商売の邪魔はされたくないでしょ」


 「あ、そういえば」


 シトラスに言われハルヒサはこの通りの近くで起きたという浮浪児の集団死亡事故を思い出した。その後のストーリャの話題でつい忘れていたが、日本でなら話題のニュースになっていただろう。


 「どんな事件なんだ?」

 「オレの口から言うより、当の警察様から聞けば?」


 それもそうだ、とハルヒサはノクターンに視線を向けた。視線に気づいたノクターンはため息をつきながら、簡潔に答えた。


 「単純です。中層につながる立体橋の真下で浮浪児の変死体が大量に見つかった、という話です。数が数なのでなんらかの事件性が疑われています」


 「まるで橋の下で子供が死ぬのは珍しくないみたいな言い方だな」


 「肯定です。さほど珍しいことではありません。路傍で浮浪児が凍死していたとか、殺されていたなどよく聞く話です」


 「物騒なんだな、ここは」


 「肯定です。ですが、集団死亡事件というのは珍しいです」


 ふぅん、とハルヒサは相槌を打つ。疑念を帯びた眼差しで彼はノクターンを見つめた。


 その視線に気づき、仕返しのつもりか、ノクターンはシトラスに質問した。


 「質問です。そういえばどうやってあなたたちは例の少女の映像にたどり着いたのですか?」


 ギクっとして二人は互いに視線を交錯させた。どう話そうか、と迷っている二人はノクターンの顔色をうかがった。


 「剣呑です。あなた方が違法な手段を用いたことを咎めるつもりはありません。ただ、その方法を知りたいだけです」


 それを言われ、二人はためていた息を一気に吐いた。現役の警察官に職質されることの恐ろしさを実感し、二人は冷や汗で背中がべったりしていた。


 かいつまんでシトラスがノクターンに説明をする。曰く、監視機をハッキングしたのだ、と。それを聞いてノクターンは瞠目した。そんなことができる人物がいるのか、といった表情だ。


 「オレ、天才幸薄系美少女アーキテクターだもん。それくらいのことはできるって」


 調子に乗って豪語するシトラスをノクターンは冷ややかな眼差しで見つめた。そして踵を返し、また歩き始めた。どうやら冗談だと思ったらしい、と二人は互いに解釈した。


 しばらく歩いた後、三人は足を止めた。そしておもむろにノクターンは路地の一角を指差した。


 「到着です。ここが浮浪児達の溜まり場の一つです」


 覗き込めば十数人の浮浪児達がいた。彼らは身を寄せ合い、都市の地下を伝うガスの噴出口のまわりにたむろしていた。そこから吹き出す温熱ガスのおかげで体を温められるからだ。


 現れたハルヒサ達を彼らは奇異の眼差しで見つめていた。その視線に気づき、ハルヒサはとっさに視線を逸らした。


 「ふむ。どうやらここにはいないようですね」


 ノクターンは淡々と言う。そうみたいだね、とシトラスが続いた。


 「念の為に聞いてみないか?」


 写真を手に取り、ハルヒサが問いかけた。ノクターンは真顔のまま、沈黙した。シトラスはいいかもね、とハルヒサの提案を肯定した。


 よし、と意気込んでハルヒサは近くにいた浮浪児に近づいた。なるべく相手を怯えさせないように笑顔を作って話しかけた。


 「なぁ、この子、見たことないか?今はこんな感じらしいんだけど」


 そう言ってハルヒサはその浮浪児に写真と水晶端末の両方を見せた。水晶端末にはシトラスから送信してもらった写真が写っていた。


 「知ってんよ。でもね。きくんだったん、なんかみかえりねーんか?」


 聞かれた浮浪児はそう返した。ひどい訛りだったが、見返りを求めていることはなんとなくハルヒサにもわかった。


 「見返りぃ?すれたガキだな」


 「金でん、物でんなんでもいいよ。なんかくれ」


 うーん、とハルヒサは考え込んだ。シトラスを見るが、彼女は首を振った。渡せる金なんてねーよ、と言外に語る彼女から視線を移し、ノクターンを見るが、彼女は視線を逸らした。


 しょうがないな、とハルヒサは舌打ちをこぼし、財布を開いた。元の世界の財布だが、中身はこの世界の紙幣が入っていた。彼にキスタが与えたお金だ。


 「ほい、これでいいか?」


 取り出したのは5ガット紙幣だ。それを受け取った浮浪児は目を輝かせ、おういいよ、と答えた。


 「こってんとおりの四だか三だかちっこいとおり走ったとこで見たらよ。あー。多分な」


 「えーっとなんだって?」


 「この通りの路地を四つ、三つ進んだところにある路地で見たんだ、だってさ」


 訛りのひどさに困惑するハルヒサに、シトラスが通訳する。よく知ってるな、とハルヒサが褒めるとシトラスは微笑を浮かべ、育ちが悪いからね、とよくわからない自慢をした。


 「驚嘆です。よく話せますね」


 「なんだよ、浮浪児と話すのは穢らわしいとか言う口か?」


 ノクターンの言葉にハルヒサはかみついた。直後、ノクターンは、否定です、と言って首を横に振った。


 「ああいう手合いは普通、私達が話しかけても怖がって逃げてしまうのです」


 「警察なのに?」


 「え、肯定です。まさしく。なぜでしょう?」


 いや知らねーよ、とハルヒサはぶっきらぼうに返した。警察が嫌われるのなら、それはきっとやましいところがあるからじゃなかろうか、とか邪推や妄想はするが、それを言葉にする気持ちは彼にはなかった。


 兎にも角にも情報が手に入った。それの真偽を確かめるため、三人は例の路地へと向かった。


 その路地は先ほどの浮浪児達がたむろしていた路地よりも横幅が広く、奥に行くにつれ、より広大な空間が広がっていた。浮浪児達の数も倍以上おり、路地に入ってきたハルヒサらを値踏みするような眼差しで見つめた。


 「歓迎されて、ない。よな?」

 「されてるわけないじゃん。部外者だぜ、オレら」


 それもそうか、とハルヒサはお守り代わりにもらったポケットの宝石を握りしめた。万が一の時に役にたつとキスタから渡されたそれだが、なんなのかはよくわからない。ただ、なんとなく持っていると流行る気持ちを抑えることができていた。


 そんな安心感を胸にハルヒサは自分たちを見る浮浪児の一人に近づいた。彼の両手には例の写真と水晶端末が握られていた。


 直後、その浮浪児は伝照版を見て、ひぃ、と小さな悲鳴をあげた。強張った表情のまま、彼はバッタか何かのように勢いよく飛び跳ね、路地の壁際まで走って逃げてしまった。


 なんだ、とハルヒサは目を丸くする。シトラスやノクターンも驚きを隠せなかった。


 どういうことかわからず、ハルヒサは次いで近くにいた浮浪児にも同じものを見せた。するとその浮浪児はただでさえくしゃくしゃな顔をいっそう歪ませて涙を瞳に滲ませていた。


 さすがに状況がおかしい、とハルヒサも理解した。


 「なんでこんな反応になるんだ?」

 「うーん。なんだろ、ストーリャ・クラッシュだっけ?この子を怖がってるとか?」


 シトラスは片目を細めながらハルヒサの持つ写真を指差した。ハルヒサもなんだかそんな気がしてきた。


 しかしすぐにその妄想を二人は鼻で笑った。


 「そんなわけねー」「うん、ないね」


 二人は互いに苦笑し、脳裏をよぎった妄想を否定した。その直後だった。


 「——伏せて」


 いきなり、二人は地面に叩きつけられた。


 ハルヒサはわけがわからず、地面を舐めた。汚泥の形容できない苦味が口の中いっぱいに広がり、思わず嗚咽をもらす。


 しかし彼を押し倒した当の本人であるところのノクターンは気にもとめず、冷淡な表情を浮かべたまま、路地の入り口を睨んでいた。それを見てハルヒサもまた路地の入り口に視線を向けた。


 「あ」


 思わず声が漏れた。


 立っていたのはぐしゃぐしゃになった淡い金髪の少女だ。短髪で、一見すると少年のように見える。しかし、その体つきは間違いなく少女のそれだった。


 「ストーリャ・クラッシュ……?」


 この二週間、追いかけた少女の姿を見たハルヒサはふと、その名前をこぼした。

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