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17. 人探しに向けて

 その日、二人が事務所に戻ったのは夜になってからだった。夜11時くらいのことだ。


 周りの建物も灯りを落とした深夜、芋虫のように階段を這いずりながら二人は事務所の扉に手をかけ、玄関に倒れた込んだ。


 「なんか、すごく疲れた」

 「ずっと列車に揺られてたからね」


 疲れて玄関で座る二人は約5日ぶりの我が家に安堵し、それ以上にそれまでの旅疲れが押し寄せていた。


 それというのもマウト市は広い。とにかく広い。仮に街の端から端まで移動した場合、魔導列車を使って3日はかかる距離がある。


 その広さは盤上都市随一だ。これ以上都市となれば他の陸都以外に存在しないほどだ。


 たっぷり10時間かけてキスタとハルヒサの二人は都市の中心区画から、外縁にほど近い21番街のシッター通りまで到着した。単純な列車移動だったが、ずっと席に座ったまま揺られているというのは精神衛生上、あまりよろしくはなかった。


 「クソ、もうしばらく1番街行かなくていいや」

 「しばらく電車乗りたくない」


 電車ではなく魔導列車だとキスタは訂正するが、それに反応する気力はハルヒサになかった。そして二人はそのまますぅすぅと寝息を立てて寝始めてしまった。


 翌る日、先に目を覚ましたのはハルヒサだった。立ち上がり、状況を把握したハルヒサはいまだに寝ているキスタを抱え起こし、その矮躯をソファの上に寝かせた。


 キスタはすぅすぅと寝息をたて、まるで年頃の少年のようなあどけない表情を浮かべていた。弟などいないはずなのに、それを見ているとハルヒサは無性に庇護欲を掻き立てられた。


 毛布でも取りに行ってやるか、と立ち上がったハルヒサは、しかし直後に聞こえた寝言で足を止めた。


 「うーん。もうふ」

 「お前、起きてんだろ」


 「ちぃ、バレたか」


 いたずらっ子のような、罰の悪い顔を浮かべ、キスタはソファから跳ね起きた。ポキポキと体を鳴らし、年甲斐もなく柔軟体操を始めるその姿は、定年を迎えた老人のようだった。


 「よし、整った」


 ひとしきり柔軟を行なったキスタは両手に握り拳を作って、そう叫んだ。


 「サウナでも行ったのか?」

 「さう、な?ああ、蒸気室のこと?めっちゃ古い表現じゃん、お兄さん。いや、俺そんなに蒸気室好きじゃないから行かないよ」


 軽口をたたくキスタをハルヒサは訝しみながら見つめた。


 「ねぇ、お兄さん何か言いたいことあるんでしょ?」


 「まぁあるけどさ。まずは朝食だろ、朝食。あと朝風呂」


 言うが早いかハルヒサはキスタの小さな体を小脇に抱え、3階へと登っていった。しかし、扉を開いて直後、ハルヒサは目を疑った。


 3階は市警が盛大に荒らしたのか、机や椅子がひっくり返り、箪笥の引き出しは全部開けられ、中のものはそこらじゅうに打ち捨てられていた。飾ってあった鎧も打ち倒され、玄関口に兜が転がっていた。


 奥を見ればキスタの部屋を含め、どの部屋も扉が開かれていた。中のものも部屋から溢れていて、それだけ雑に室内を荒らしたことが窺い知れた。


 「うーわ、最悪」


 絶句するハルヒサをよそにキスタは部屋の惨状を半眼視する。それくらい市警の捜査は暴力的で、魔法使いの彼のプライドを逆撫でしていた。


 「おーい、お兄さん、大丈夫?」


 開いた左手をハルヒサの顔の前で上下に振る。しばらくしてハルヒサははっとなって我に返り、再度荒れた3階の惨状を見つめた。


 「せっかく掃除したのに。俺頑張ったのに」


 はぁ、と盛大なため息をハルヒサは吐いた。それくらいショックだった。うずくまる彼の背中をキスタがさすりなながらこう言った。


 「まぁ、頑張って。また掃除しようよ」



 キスタが風呂から上がった頃、荒れていた3階は最低限、元通りになっていた。


 ひっくり返された机や椅子は元の通りに直され、鎧もまた壁に立てかけられた。箪笥の中身は机の上に山積みにされていた。


 「はぁ。なんだかすげー二度手間」


 料理をしながらハルヒサはぼやいた。作っているのは簡単なスクランブルエッグだ。


 冷蔵庫の中にあったまだ使える数少ない食材が卵と厚切りベーコンくらいで、朝食の選択肢はこれくらいしかなかった。他にも目玉焼きという選択肢があったが、ハルヒサは目玉焼きを作れない。なぜか、彼が作ろうとすると、目玉がはじけるのだ。


 チーズを混ぜて作ったそれに胡椒と塩をかけながら、ハルヒサが皿の上に盛り付ける中、キスタはナイフやフォークを食器棚から取り出し、机の上にランチョンマットと一緒に並べた。それを見てハルヒサは、一人分足りなくないか、と聞いた。


 机の上に並べられたのは二枚のランチョンマット、二組のナイフとフォーク、二つのコップだ。暗にシトラスの存在を仄めかすハルヒサの疑問にキスタは、うん、と返した。


 「ここに俺とお兄さんしかいないでしょ?」

 「もう一人いるだろ?」


 「ああ、シトラスのこと?あいつは部屋から出ないから」


 「一応三人分作ったんだけどなぁ」


 「じゃぁ半分こしよう?俺、お腹ぺこぺこなんだー」


 そう言ってキスタはお腹をさすった。


 「けど、やっぱり必要だろ、ご飯」


 ハルヒサは脳裏でシトラスを思い起こした。細い体、不健康そうな体を見れば、誰だってちゃんと飯食えよと思う。しかし、キスタはいいっていいって、と首を横に振った。


 「いや、やっぱいるだろ、ご飯。ちょっと呼びに行ってくるわ」


 盛り付けを終え、ハルヒサはキッチンから隅の部屋へ向かった。ゴンゴンと叩くと、しばらくして扉が少しだけ開き、その戸口から少女の顔だけがポンと出た。


 「——なに?」


 顔を見せたのは銀髪金眼の少女だ。明らかに敵意をあらわにした眼差しで彼女はハルヒサを見つめた。


 「朝食を作ったんだけど、食べないか?」


 「いらない。オレ固形物食えないし」


 そうなのか、と聞くとシトラスは頷いた。


 「てか、拘置所出られたんだ、よかったじゃん」


 素直な労いの言葉を口にしながらシトラスは視線をハルヒサの背後のキスタへ向けた。


 「あいつも釈放されたんだ」

 「ああ、うん。なに、キスタ苦手なの?」


 答えたくなーい、とシトラスは言い残し、扉を閉めた。ガシャンと鍵をかける音が響き、すぐにハルヒサがまたノックをしても今度は答えなかった。


 席に戻ったハルヒサをキスタがニヤニヤしながら、出迎えた。キスタはもう自分の分のスクランブルエッグを食べ終え、シトラスの分に手を出していた。


 「なんか、悪いことをした」

 「善行の押し売りはよくないって知れてよかったねー、おにーいさーん?」


 いつも以上に嫌味ったらしい口調で嘲笑うキスタにハルヒサは閉口した。こうなることをわかっていたと言いたげで、意地の悪い魔法使いに、ちょっとだけムカついた。


 「シトラスって固形物食えないんだな」

 「そーそー。ペースト状にするとかすれば食えるけどね」


 「ああ、掃除した時に積まれてた食器はそれが原因か」

 「いや、あれは俺が放置してたやつ」


 「ぁあ?」

 「やべ」


 気まずそうにキスタは視線をそらした。その雑な生活態度に色々と言いたいことがあるのは山ほどあったが、とりあえずハルヒサは我慢した。


 代わりにハルヒサはラスペンサーからの依頼について、キスタに質問した。


 「ラスちゃんからの依頼ねー。俺はあんまり気乗りしないかな」

 「昨日は受けるって言ってただろ」


 「言ったよ?言ったけど、少しきな臭いなと思ってさ」


 不安を口にするキスタに、ハルヒサはその理由を聞いた。直後、キスタは理由は曖昧だ、と返した。


 「まだ疑念が拭えないってだけ。それにお兄さんの市民証を得るためだったら、別にラスちゃんの依頼を受ける必然性もないんだよ」


 「そうは言っても確実に手に入るんだろ?だったら、俺はできればこの依頼を受けるべきだと思うんだけど」


 「ま、お兄さんはそう言うよね。うん、それでこそお兄さん」


 残ったベーコンを食みながらキスタは独りごちた。


 「だからさ。ちょっとここは二手に分かれようと思うんだ」


 「うわ、嫌な予感」


 「お兄さんは写真の子を探しなよ。俺は俺で動くから」


 キスタの提案にハルヒサは目を丸くした。そして唸りながら、絞り出すような声で質問した。


 「それって俺に一人でこのでっかい街で女の子一人を探せってことか?」

 「そうとも言うね。けど、俺だってさすがにそんなことはできないって思ってる。だからさー」


 おもむろにキスタは胸元から赤いアミュレットを取り出した。そして一言「『フィガール』」と唱えた。


 刹那、火球が出現した。それは緩やかなカーブを描き、シトラスの部屋目掛けて放たれた。ぼわっという音と共に扉は直後、焼け落ちた。


 驚き絶句するハルヒサを他所にキスタは席から立ち上がると、焼け崩れた扉を踏みしだき、その奥にいた銀髪の少女に手を伸ばした。


 「こいつを道案内につけるよ!俺よりもこの街に詳しいくらいだしさ!!」


 綺麗な笑顔でそう言うキスタの手元には彼よりも頭ひとつ分以上背の高い、シトラスが握られていた。バタバタと暴れているが、どういう原理から抜け出せないようだった。


 「は、はなせー!!」

 「ダメダメ。たまにはシトも俺の役に立ってもらわないと」


 「ふざっけんなー!!好き放題引きこもり放題図面書き放題の生活を保証してくれんだろー!!」

 「してあげるよちゃんと俺の役に立ってくれたらね」


 嗜虐的な笑みを浮かべるキスタは暴れるシトラスをハルヒサの足元に放り捨てた。ぐぎゃ、と潰れたカエルのような悲鳴をあげるシトラスを、ハルヒサは哀れみと不安が混在した眼差しで見つめた。


 「大丈夫大丈夫。お兄さんにはこれもあげるからさ、はいお守り」


 不安がるハルヒサにキスタは笑顔で赤い宝石を手渡した。つまめるくらいの小さな宝石だ。


 「なにこれ?」

 「お守り。いざとなったらそれがお兄さんを守ってくれるよ」


 満面の笑みを浮かべ、キスタはそう答えた。


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