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16. 金髪の魔法使い、ラスペンサー・デルーデ

 円形の一室、正確には楕円に近いその一室にハルヒサとキスタは通された。


 その部屋は扉の正面に、低い縦長の机があり、その左右に二脚ずつ、柔らかそうな座高の低いアームチェアが置かれていた。机の上には小洒落たテーブルランナーが敷かれ、その上には観賞用と思しき一輪の花が綺麗な造りのガラス製の花瓶の中に咲いていた。


 正面に向き直れば、部屋の三方に縦長の大きな窓があった。いずれも日光が差していたことからこの部屋が南向きにあることがわかった。それら窓と机の間には脚の曲がった風変わりな机があり、二人を案内した金髪の少年はその席に腰を下ろした。


 少年は直後、顰めっ面を浮かべ、キスタを睨んだ。当のキスタは許可もされていないのに、図々しくアームチェアに座り、はぁ、と大きなひと息を入れていた。その態度が余計に事態に油を注いだことは自明である。


 バン、と金髪の少年は苛立ちから机を叩いた。驚いたハルヒサが表情を引き攣らせた。キスタは片目を開き、つまらなさそうにあくびをしていた。


 「キスタさん!!色々と話して頂いてもよろしいでしょうか?」


 声に怒気を込め、金髪の少年はキスタに迫った。キスタは面倒くさそうに椅子から飛び起きると、頭をかきながら少年の机の前にその椅子を引きずり、再び腰掛けた。


 「俺はもう事情話したでしょ、ラスちゃん。調書読んでないの?」


 「ええ、読みましたとも。ですが、どうしてキスタさんがあの場にいたのかの理由は説明されていませんよね?」


 迫る金髪の少年に対して、キスタはため息を吐いた。そして、ハルヒサの袖口をひっぱり、返答した。


 「この子、一週間くらい前から俺のところで世話してるんだけどさ、この子がアスクライド・ファミリアと問題を起こしちゃってね。それでさ、事態の収拾をつけようって思ってさ」


 「ほぉ?それをすぐに言ってもらえればよかったのですが。それはそうと、その少年。不法滞在者では?」


 市民証も滞在許可証も持っていませんよね、と金髪の少年はハルヒサを金色の瞳で睨んだ。その少年のものとは思えない鋭い眼光にハルヒサは少なからず息を呑んだ。


 キスタはけろりとした様子で、軽口混じりに答えた。


 「そーだよ?だから、市民証をゲットするまで事務所で大人しくしていて欲しかったんだけど、ね?」


 思い通りにいかないよね、とキスタは同情を求めた。金髪の少年はそんな他人事のようなキスタを半眼視した。


 「睨まないでよ、ラスちゃん。ラスちゃんの力でさ、その辺の手続きをちゃちゃちゃちゃーとやってくれない?」


 「お断りします。その少年については色々とまだまだ聞きたいことがまだありますから。おいそれと自由な身分を与えるわけにはいかない」


 金髪の少年はきっぱりと宣言した。その毅然とした態度にキスタは舌打ちをこぼした。しょーがないな、と言いながら、キスタは椅子から立ち上がり、軽く自身の胸を叩いた。


 「ぅ、ぉ、ぉえ!!」


 何度かえずいたキスタはその喉奥から何かを取り出した。唾液まみれのそれをキスタはチラリと覗かせる。


 それは紅葉色の指輪だった。


 「つ、キスタさん!!」


 指輪を見た瞬間、金髪の少年は表情をこわばらせた。椅子から立ち上がり、反射的に左耳のピアスに彼は手を伸ばした。


 「誤算だったねー、ラスちゃん。俺が幻晶を全部没収されたと思ってた?残念でしたー!!こうやって毎回何個かは体ん中に隠してるんだよ!!」


 得意げに唾液まみれ、胃液まみれの指輪を人差し指に嵌め、キスタはそれの表面をさすった。


 キスタと金髪の少年、一触即発の気配を感じ、おもむろにハルヒサはキスタの手首をつかんだ。


 キスタが付けている指輪、それがなんであるかなんとなくハルヒサは察していた。一週間近く前、彼がカーバンクルと呼んだ炎の獣と同じような獣を出すことがあの指輪にもできるのだろう、と。


 そして同じことが金髪の少年のピアスにもできるのだろうということも。


 「ちょ、お兄さん!!何をやってんの!!」


 「バカ!!それやったらこの部屋とかこの建物とか吹っ飛ぶだろ!!」


 緊張した表情でハルヒサはキスタを叱責した。


 路地裏での一幕を見たハルヒサは嫌でも理解できた。キスタや金髪の少年が使うカーバンクルはそれくらいのことができ、今まさにあの時以上のことをやろうとしていると。


 そうなれば巻き込まれるのはハルヒサ自身だけではない。この建物の人間全員が巻き込まれるのはハルヒサは許せなかった。例え、それで逃げることができてもだ。


 「いいじゃん、別にそれでここから逃げれるんだよ!?」


 「だから!!それで逃げたって意味ないだろ、少しは冷静になれよ!!」


 「むー。わかったよ」


 そう言ってキスタはそれまで構えていた指輪を抜き取り、ポケットにしまった。キスタが武装解除したことに安堵したのか、金髪の少年も左耳のピアスから手を離した。


 「なーんか白けちゃった」


 頬を膨らませ、キスタは踵を返し、自分が引きずった椅子とは別の椅子に腰を下ろした。キスタを見つめるハルヒサに金髪の少年は改まった口調で、謝意を伝えた。


 「ありがとうございます、えっと」


 「春庇だ。瀬名 春庇。瀬名が苗字で、春庇が名前な」


 「ありがとうございます。僕はラスペンサー・デルーデと言います。ご存知かもしれませんが、そこのキスタさんと同じ魔法使いです」


 差し出された手をハルヒサは握った。刹那、ラスペンサーと名乗った少年の表情がわずかにくもったような気配を感じた。すぐに見返すが、柔和な笑顔を浮かべたままで、ハルヒサはそれが見間違いだと認識を改めた。


 「あなたには色々とご迷惑をかけたと思います。しかし、市民証を持っていないあなたにも非はあることはご理解いください」


 「あーうん。そうだな」


 頭をかくハルヒサはまだ言葉の意味をよく理解できてはいなかった。なんとなく、その意味を推測することはできても断定はできなかった。


 「えーっと。それで俺ってこれからどうなるの?」


 その話をしていた矢先、キスタが暴発した。だから話がうやむやになっていた。


 ラスペンサーはちらちらとキスタを見ながら、そうですね、と独りごちた。


 「市民証を得るためにはいくつかの項目をクリアしなくてはなりません。ですが、キスタさんの保護下にあるのでしたら、検査項目のいくつかは免除されるでしょう」


 「へー。あいつってそんなに信用があるんだ」


 首を回し、キスタを見る目を改めようかとハルヒサは思った。ただのぐーたらクソガキ様ではなかったんだ、と。


 「実力に信用は比例するものです。長年、魔法使いとして活動してきた実績は計り知れません」


 「長年?それって何年くらいなんだ?」


 首をひねるハルヒサにラスペンサーは、そうですね、と考えながら答えた。


 「だいたい、2,000年近くですね」

 「2,000年!?なにそれ!!」


 ギョッとしてハルヒサはキスタを見た。年齢の話をされ、キスタは不愉快そうに明らかな不満顔になった。キスタの不満顔にラスペンサーだけはニタニタと意地の悪い笑顔を浮かべた。


 「言っとくけど!!俺はまだ1,900年しか生きてないからね?」

 「変わらないよ!?」


 「キスタさんは本当に年齢の話をされると怒りますよね?」

 「当たり前じゃん。なりたくてこんなに年齢重ねたわけでもないのにさ!!」


 どういうことだ、と間髪入れずにハルヒサはたずねた。


 「お兄さんには言ってなかったけどさ、魔法使いってみーんな俺みたいなの。つまりこーなんていうのかな」


 「子供?」


 「うーん、お兄さんひどい。まぁそうだね。子供だ。子供。みーんな俺みたいな見た目、子供なの」


 「『呪われた子供』なんて世間では呼ばれていますね」


 ラスペンサーの補足にふーん、とハルヒサはこぼした。


 「この呪いひどいんだよ?子供になるわ、成長しないわでさー」


 椅子の背もたれに背中を何度も押し当てながらキスタはぐずる。その姿は外見相応の子供のようにしか見えず、とても1,900年も生きている人間には見えなかった。


 ひょっとしたらこの二人は自分をからかっているんじゃないか、とハルヒサは一瞬訝しんだが、キスタはともかくラスペンサーはそういう冗談を言うような人間には見えなかった。じゃぁ本当か、と納得するハルヒサは改めて自分がいる場所が異世界であることを認識した。


 「それよりもお兄さんの市民証について、でしょう?」


 これ以上年齢や自分の話をされるのが嫌だったのか、キスタは唐突に話題を、もとい元々の話を振った。ラスペンサーもこれ以上、キスタの話をするつもりはなかったのか、肩をすくめ市民証について、ハルヒサに伝えた。


 「話がそれましたね。ハルヒサさんの市民証についてですが、ある依頼をこなしていただいたらすぐにでも手配しましょう」


 「ある依頼?それって仕事ってことか?」


 「その通りです。キスタさんのご協力を得ればきっと、簡単ですよ?」


 にっこりと笑顔を浮かべ、ラスペンサーは机の上に一枚の写真をそっと置いた。


 その写真には金髪碧眼の少女が写っていた。耳を見れば一目でエルフとわかった。尖った耳につけた品のいいイアリング、綺麗に着飾ったその姿から彼女が金持ちであることが窺い知れた。


 「この少女の名前はストーリャ・クラッシュ。アスクライド・ファミリアの組長、ベルゴール・クラッシュの孫娘です」


 「ん?なぁ、キスタ。アスクライド・ファミリアってさー」


 「ああ、そうだよ。お兄さんを路地裏で追い回してた奴らだよ?実は一週間くらい前に潰れたんだって」


 「え?」


 今日何度目かの驚きにハルヒサは目を丸くする。キスタに拘置所で出会ったり、キスタ達の正体について知ったりと今日は驚いてばかりだ。


 「その日以降、彼女の姿がありません。ハルヒサさんにはこの少女を探し出し、僕のところまで連れてきて欲しいのです」


 そう言ってラスペンサーは一瞬左手を遊ばせた後、手元のペンを取り、何かメモを書き始めた。それを手渡されたハルヒサは、しかし何が書いてあるのかわからず、首を傾げた。


 「——自分の部下使えばいいじゃん。ラス君、警察長官でしょ?」


 「ぇ?」


 「部下にもとくとく探させてますよ?でもこういうのは人手があったほうがいいでしょ?」


 ラスペンサーが警察長官だと知り驚くハルヒサをよそにキスタはその横を通り過ぎて面倒くさそうに机の上の写真をひったくった。


 「この写真の子を探せばお兄さんに市民証くれるわけ?」


 「手配しましょう」


 「ふーん。ラスちゃんもしばらく見ない間に随分捻くれたね」


 キスタは踵を返し、扉の方へと向かった。その後ろ姿を見送ったハルヒサはそういえば、とラスペンサーにs筆問を投げた。


 「ラスペンサー、さんは何歳なんだ?」

 「何歳に見えますか?」


 直後、藪蛇だと理解した。


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