第十二話 誓いと代償
重苦しい沈黙が執務室を支配した。
それを破ったのはランドルフであった。
「青いな」
短いその言葉には見下す色は無い。
その視線はユウリを超えて、かつての自分を見ているよう。
「青臭い若造め、私を前で生意気な事を言う」
その言葉とは裏腹に、彼の厳つい顔付きが幾分和らいでいた。
「かつての担い手は、どちらも平和を強く願ってその剣を手に取った」
次いでレクシアが瞳を閉じて静かに語る。
「英雄になる為でもなく、平和の為でもなく、貴方は信念の為に剣を取るのね?」
再び開かれた瞳は心の奥底まで覗き込むような鋭い視線。
「ええ、その通りです」
ユウリは迷わず肯定する。
するとレクシアは満足気に微笑んだ。
「聖剣が貴方を選んだ理由が、少しはわかった気がするわ」
あなた、とても面白いもの。
クスリと笑い、レクシアは続ける。
「もとより、担い手として聖剣が認めた以上私は何も口を出さないわ」
ただし、とレクシアは細い人差し指を一つ立てる。
「一つ、忘れないで。聖剣の代償を貴方が抱え切らなければ、私は貴方を見限るわ。その意味を、決して軽く考えないようにね——」
それは首筋に死神の鎌を突き立てられたように感じるほどの冷たい声色。
「肝に銘じときます。でも、コイツの使い方は自由にさせてもらうので。主に魔術の為に」
「それだけで済めば良いのだけれどね。それで、ランドルフはまだ納得できない?」
話を振られたランドルフは腕組みをしたまま思案していた。
「聖剣の担い手として、果たすべき役目だけは背負ってもらう」
目を瞑り、剣聖としての答えを示す。
「お前が何を目指し、どんな道を歩もうと、そこだけは果たすと誓えるか?」
「断言はできませんが——」
「断言しろ。誓えるか?」
あやふやは許さない訳だ。
本当に、この人の存在そのものが一振りの剣のように真っ直ぐで、曲がった事が嫌いなんだろう。
「ええ、ここに誓います。でも、俺が魔術師の道を歩む事も譲りません」
「頑固な奴だ。そこは好きにしろ。とは言え、最終的にお前に指示を飛ばすのはヴァルトになる。団長の指示には従うのだぞ」
その人物の名前を聞いて冷や汗が一つ流れるのを感じた。
ヴァルト・ゼイガー聖騎士団長。
俺が世話になった人物でもあり、あの人に逆らえるものなど剣聖たる彼を含めていないのだ。
「話はこれで終わりですか?」
そろそろこの張り詰めた空気も疲れたぞ。
寮に帰って何もかも忘れて魔導書を読み漁りたい気分だ。
「残念だけど、最後に一つ大事な事があるの」
「ま、まだあるんですか?」
「これは直ぐに終わる話。聖剣の邪気について知っておいて欲しいの」
邪気——。
そういえば、〝選定の儀〟の場所は邪気で溢れかえっていたのに、この部屋はそうでもないな。
「聖剣の鞘には女神様の祝福が施されているわ。担い手が剣を手にすると、鞘もまた息吹きを再開する」
邪気が漏れなくなったのもそのおかけだそうだ。
「でも、暗黒龍の邪気が完全に消えた訳じゃないから、〝聖布〟で剣を保護しましょう」
彼女は告げると部屋を後にしようとする。
「い、今から〝聖布〟ってのを取りに行くんですか!?」
「当たり前よ。もうすぐ夕暮れ。遅くなる前に済ませてしまいましょう」
彼女は一言そう告げてスタスタと部屋を後にする。
さっきまでの空気が嘘のように解けていく。
俺は慌てて剣聖に頭を下げ、彼女の後を追った。
あの人、見た目はおっとりとしてるのに、思い立ったら即行動みたいな人だ。
俺は扉から出る前に、一度だけ剣聖へと振り返る。
「〝担い手〟として果たすべき役目があれば、声をかけてください。必ず、力になりますので」
「ふん、素直に聖騎士団員になれば話は早かったがな」
「それはまたの機会にお願いします」
ランドルフはさっさと行け、と手振りする。
そんな剣聖にユウリは深く一礼して、足早にレクシアの後を追いかけた。
とある酒場でふたつの影が並んで座っていた。
「あのガキが聖剣を持つだなんて、あり得ねぇだろ」
歯軋りをして目を血走らせているのは真紅の髪が逆立ちそうな程怒り狂ったガイルだった。
「確かに、私でもお前でもなくあんな駆け出しの新米騎士もどきが聖剣を手にするとは……思ってもみなかった」
普段の温和な雰囲気とは打って変わり、冷たい瞳を鋭くさせてアルシュタインは同意する。
「あんな奴が今後剣聖として俺たちをアゴで使うようになるってか。 冗談じゃねぇッ!」
酒瓶を握り砕き、ガイルは声を荒げる。
「……まだ誰も選ばれなかった、という事であれば私も家名に傷をつける事はなかったんだがね」
「ケッ! テメェの家んとこの名誉なんざ知らねぇがよ。 俺はもっと単純な話をしてんだ。
強ぇ奴が弱ぇ奴を従える。 世の理だろうがッ!」
それが逆転するなんざ、あっちゃならねェ——。
力こそ全て。
力ある者は全てを手にして、力なき者は全てを奪われる。
それがガイルの価値基準。
「あのガキ……必ず目にものを見せてやる」
私怨を隠しもしないガイルをよそに、アルシュタインは冷たい瞳でグラスの氷を見つめていた。
目にものを見せる。
そんな程度で済ませる訳にはいかない。
聖剣の担い手がそもそも存在したければ良い。
私を他所に聖剣を授かった者がいるだなんて話が父上の耳に届きでもしたら……。
「お前はお前で好きにしろ。
私は私で好きにさせてもらう」
そう告げた彼のグラスは凍り付いていた。