第十一話 それが俺の道標
「さて、改めて説明してもらおう」
そこは剣聖ランドルフが活用している執務室。
高そうな机や椅子などの調度品が設けられ、無駄がなくそれでいて気品を感じる部屋であった。
俺と剣聖ランドルフは机を挟んで向かい合い、レクシアは後ろで控えていた。
「エレノアから君の特異体質は聞いている。魔力を持たぬ体質、らしいな」
「そうですね。この身体は闘気を操る事に長けてるようでして……。その弊害として魔力操作は一切できません」
「ふむ、一般生活魔術すら行使できんのか?」
「ええ、一切できません。もっとも、そこまで不便にも感じませんが」
「では何故魔術師を目指す?」
魔力を持たぬ者が魔術を求める理由が無い。
至極当然の反応である。
「確かに、魔力を扱えもしない魔術師はいない」
「そこは理解しているのね。あまりに突飛な事を言うから、心配していたわ」
レクシアは肩をすくめる。
その反応も相まって一層ランドルフの顔付きは険しくなる。
「理解できん。聞けば剣士としての素質は十二分にあると報告を受けている。
聖剣の担い手として最強の剣士を名乗れば良かろう」
「聖剣を手にしただけで最強となるかはわかりませんが——」
「わかっとらん!」
ズダンッ、と机が叩きつけられる。
高そうな机からはミシリと悲鳴が上がった。
「その剣は最強たる所以があるのだ、わかるか?」
「壊れない剣だと聞いてます」
「ふふ、なんなら壊してみる?」
「——俺の〝魔術〟、試してみますか?」
茶化すように笑うレクシアに俺は抗議の眼差しを向ける。
見かねたランドルフは咳払いをすると、一呼吸置いてから続けた。
「つまりだな、貴様は世界を滅亡の危機にまで追いやったあの暗黒龍の力を行使できるようになったという事だ」
「……剣の話ですよね?」
聖剣を振ると何かが飛び出すのか?
疑問顔の俺に応えるように、レクシアの細い指先が机に置かれた聖剣を指し示す。
「暗黒龍の呪血で白銀の剣が漆黒の剣に変わった事は知っているかしら」
「ええ、勿論」
幼い頃、耳にした英雄譚もそうだった。
「〝漆黒の聖剣〟は担い手の意思で鞘から抜き放たれた時、かつての輝きを取り戻すの」
「……輝く白銀の聖剣に戻ると、強度が下がるとか?」
「壊れるかどうかの話はしておらん!
漆黒の呪血がどこに向かうのか、と言う
話だ」
どこって、まさか——。
「担い手にその血が宿り、その身に暗黒龍の力を宿す。それはさながら悪魔と取り引きをするようなものね」
悪魔……取引……。
「——対価がいるって事ですか?」
「代償よ。その刀身を鞘から抜き放たれた瞬間、貴方の魂を暗黒龍が喰らい始める」
代わりに絶大な力を得る。
それが世界を斬り裂く聖剣アルカリオンの真実だそうだ。
「魂が喰らい尽くされる前に刀身をさやに収める事ね。それが出来なければ——」
——自我の全てを飲み込まれる。
その言葉を告げるレクシアの瞳と顔付きには哀しみの色が映ったように見えた。
しかし瞬き一つで消えてしまう。
代わりに残ったのは、氷より冷たい視線だった。
「ともかく、軽々に剣は抜かない事ね。私は貴方を常に見守っているから」
既に彼女の瞳に冷たさは無く、穏やかな色を取り戻していた。
しかし、あの冷たい視線は俺の背筋を凍り付かせるには十分であった。
「……聖剣の危険性は理解しました」
俺はレクシアを強く見つめて頷くと、再びランドルフに視線を向ける。
そこには静かな炎が灯っていた。
「騎士と剣士の頂点たる剣聖の貴方に問います」
それは訓練生が剣聖にするにはあまりに挑戦的な態度であった。
しかし、その声色に迷いはない。
「貴方にとって、剣とはなんですか?」
剣聖ランドルフは腕を組んで答えを告げる。
「剣とは即ち人々を守り、己を律するものだ。武勇を掲げて刃を振り回す者は騎士にあらず。人々を、国を背負い、己の信念の下に刃を振るう。それこそが騎士の本懐であり、剣の在り方だ」
ユウリは目を閉じて大きく頷く。
なるほど、それが剣の頂に立つ者の答えか。
それを真っ直ぐに受けて尚、ユウリは怯まない。
「しかし、剣の本質は〝戦い〟にある」
その宣言にその場の空気が張り詰める。
しかし、ユウリの瞳はどこまでも青く澄んでいた。
「魔術の本質は〝不可能を可能にする〟事にある。そこには人々の夢や希望が込められている。空を飛びたい、火を出したい、誰かを癒したい——そんな願いが込められている」
ユウリは聖剣を掴み、この世界でも指折りの覇者を前で堂々と告げる。
「俺は剣で多くを奪ってきました。それは消せない過去でしょう。だから魔術に魅せられた」
〝不可能〟を〝可能〟にする為に——。
「俺にとって〝魔術〟とは、〝生きる道標〟そのものです」
その言葉が執務室に落ち、しばし誰も口を開かなかった。