第十話 聖剣の担い手、魔術を望む
冷たい柄を握りしめた俺は、その手に確かな剣の重みを感じていた。
それはただ鋼の質量だけではない。この剣が積み重ねてきた歴史そのものを背負ったような、不思議な感覚だった。
「アリアの時といい……不思議な子が選ばれるのは、いつの時代も同じなのね」
遠い思い出を振り返るように、彼女はまぶたを閉じて静かに呟く。
そして緩やかに白く細い手を胸に置き、強い眼差しをもって告げた。
「聖剣の守り手、レクシアが——しかと見届けました」
優雅に傅き、首部を垂れる。
「初代聖剣の担い手との盟約に従い、今この時より、貴方と共に聖剣の行く末を見届けさせて頂きます」
いきなり恭しく宣言され、俺は思わずたじろいだ。
「え、あぁ……はい」
すると彼女は再び立ち上がり、クスリと笑う。
「ふふ、形式的な挨拶ですよ。儀式の終わりを告げるようなもの。そう肩肘張る必要はありません」
……ま、まさかこの人、俺の反応を楽しむためにやったのか?
それとも、形式的に必要なやり取りなのか——。
その素知らぬ顔で浮かべた微笑みからは、何ひとつ読み取れなかった。
「訓練生が聖剣を持つとは、世の中何が起きるかわからんな」
先程までの険しい表情を崩し、ランドルフは満足気に近付いてきた。
「連れてきておいて何だけど、こうもあっさり聖剣を手にされると、少し癪だわ」
ツンとした顔で腕を組むエレノア隊長。素直に賞賛するのは性分に合わないようだ。
「壊れない剣、約束通りもらいます」
「喜んでばかりいられないわよ。担い手としての責任もちゃんと背負いなさい」
責任……?
背筋に重みがのしかかるような響きに、思わず息を呑む。
「ユウリと言ったか、今日から忙しくなるぞ?」
エレノア隊長に続き、剣聖殿も意味深な事を言う。
「どういう事ですか?」
「三代目聖剣の担い手が新たに現れたのだ。早速国内外にも知らせを——」
「いやいや、それはちょっと勘弁してもらって良いですか?」
国中に、いや国外にまで俺の存在を公表するって?
俺は落ち着いて魔術の探求をしたいだけなのに……。
「ランドルフ、彼にそこまでの責務を強いるのは流石に酷というものでしょう」
俺に助け舟を出してくれたのはエルフの美女であり聖剣の守り手、レクシアだ。
「政治的に利用されるのは私も好かないわ。彼の望む道のまま、剣と共に進むべきね」
「あ、ありがとうございます」
頼りになる。
美人な上に出来る人だ、この人は——。
「世の中に巣食う闇は根深いわ。……試しに、世界一周しながら世直しの旅でもしてみる?」
「やりません」
本気なのか、冗談なのか。
この人も世界規模かよ。
結局、俺に味方はいなかった。
「俺は――〝魔術師〟になりたいんです」
その一言に、再び重い沈黙が場を支配した。
エレノアは小さく舌打ちし、「やっぱり魔術馬鹿」と呟く。
ランドルフは理解が追いつかず、ただ目を瞬かせるばかり。
レクシアはため息混じりに「退屈なのはお断り」と苦言を呈した。
……そして当の俺は、やっぱり来なきゃよかった、と心底後悔したのである。
こうして、誰もが望まぬ形で〝選定の儀〟は幕を下ろした。
そして場を改め、別室で今後の話し合いが始まることになる。
端的に言えば、俺の言葉をようやく理解した剣聖殿に、呼び出しを喰らったのだった。