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第八話 イザベルの勘違い


「はじめまして、カイン=ソルフェリスだ。貴女がイザベル嬢で間違いないか?」

「は、はい……私がイザベル=リュミエールで間違いないです」


 研究所の応接室――――イザベルは混乱の極みにいた。


 記憶に間違いなければカインはもちろんソルフェリス家と面識は無い。そもそもソルフェリス家は武の名門、リュミエール家とはある意味で一番遠く縁が薄い関係だ。もしかしたらパーティか何かで一緒だった可能性もあるが、せいぜいその程度。実際、カインもはじめましてと言っている以上、面と向かって話すのは初めてで間違いないだろう。


 にもかかわらずカインはリュミエール家ではなくイザベル個人に会いに来ている。これが示す意味は一つしか考えられない。


「失礼ですがどなたかご病気の方がいらっしゃるんですか?」


 武の名門ソルフェリス家であれば優秀な治癒魔法士を多く抱えているはず、であれば彼らには治せない病気の治療依頼だろう。それ以外に考えられない。


 であればチャンスだ。使いの者でなくわざわざ本人が出向いたということはおそらく家族、もしくは相当親しい間柄の人間が病に罹っている可能性が高い。責任は重大だが治療に成功すれば報酬だけでなく今後ソルフェリス家とのパイプが出来るかもしれないのだから。


「いや、そういうわけじゃないんだ」

「へ?」


 イザベルの頭にはてなマークがいくつも浮かぶ。治療依頼でなければ一体――――?

 

「イザベル嬢――――」


 不意に名前を呼ばれて反射的に顔を見てしまう。


(か、かっこいい……)


 大人になりきれていない中性的な面影を残しつつも、すっと通った鼻筋、涼し気な目元に長い睫毛、その深紅の瞳で見つめられると体の芯から体温が上昇してゆく。年下にはまったく興味がなかったイザベルだったが、今この瞬間、そんなことはすっかり頭の中から抜け落ちてしまっていた。 


「イザベル嬢、君が欲しい」

「……はい?」


 あらぬ妄想のせいで幻聴を聞いてしまったのかとイザベルは思わず聞き返してしまう。


「ああ、すまない、言い方が悪かった。俺の家に来て欲しいんだ」

「あの……余計に意味がわからないんですが」


 と言いつつそういうことに疎いイザベルでもカインの言わんとしていることはわかる。


 ようするに妻になって欲しいということだろう。だが――――そんなことはありえないという想いが理解を難しくさせていた。ソルフェリス家にとってイザベルとの婚姻には何のメリットもない、であればカインがイザベルの容姿を気に入ったという可能性だが――――これはもっとあり得ない。そもそも会ったこともないのだから当然だ。


「うーん、やはり俺は駄目だな、皆からはいつも言葉が足りないと言われている」

「えっと……私十六歳なんですけど?」


 王国では年上の女性を妻に迎えるケースはあまり多くない。恐る恐る尋ねるイザベルだったが――――


「年齢など関係ない」


 カインはその懸念をスパッと斬り捨てる。


「そ、そうですか」


 それほど私が欲しいのか。イザベルの心は大きく波打ち鼓動が速くなる、が――――同時に自分のみすぼらしい恰好に気付いて死にたくなる。せめて新しい方の研究着を着て来れば良かった……髪もボサボサだし、化粧もしていない。後悔しても今更ではあるが気になりだすときりがない。


「で、でも……私、薬学の研究以外何も出来ませんよ?」


 イザベルは最後の抵抗を試みる。


 ソルフェリス家ほどの大貴族ともなれば王家も含めたあらゆる貴族と交流しなければならない。イザベルも貴族家子女として最低限の教育は受けているが、社交はもちろん、ダンス、料理、乗馬など得意なものが一つもない。


「俺がイザベル嬢に望むのはそれだけだから気にする必要は無い」


 最高か!! イザベルは心の中でガッツポーズをする。自分を本気で求めてくれてなおかつ研究をして欲しいなんて――――これが夢でなければなんだというのだ?


「わかりました!! 喜んでお受けいたします!」

「そうか、感謝する。ところで給料についてなんだけど――――」

「……え? お給料……?」

 

「ああ、イザベル嬢にはソルフェリス家専属研究員になってもらうつもりなんだ。もちろん、ここよりも良い待遇は約束する。それで――――出来ればもう何人か雇いたいと思っているんだ、良かったら推薦してもらえないか?」


 ああ……なるほどね。ふーん、そう来たか。そりゃそうだよね、会ったこともない私を妻に欲しいなんて、普通に考えたらあり得ないのに……私ったらなんて恥ずかしい勘違いを……!!!


 イザベルは首から耳の先まで真っ赤になるのであった。



 

「いやあ、ありがとうございます!! 私まで推薦していただけるなんて!!」


 晴れてソルフェリス家専属研究員となったメアリーは大喜びである。なにせ給与が三倍になったうえ、天上の御方で憧れの君、カインが研究所にちょこちょこ顔を出すので至近距離でしかも会話まで出来るのだから。


「あはは、私もびっくりしてるわよ、まさか――――カインさまがここまで本気だなんて思ってもみなかったからね」

「ですよね、最新の機器に加えて予算も研究所時代の十倍!! 必要なものがあれば何でも言ってくれなんてどんだけ太っ腹なのかって話ですよ!」


 衛生状態を保つ魔道具に様々な魔術効果が付与されたソルフェリス家の紋章入りのカッコイイ白衣、昼夜関係なく好きなだけ研究できるように快適な仮眠室はもちろん入浴施設まであるのだ。安全と秘密保持のために二十四時間体制で強力な騎士が護衛についており、イザベルたちは研究だけに集中出来る環境が整っている。


「でも、どうしてカインさまはここまで薬学に力を入れているんでしょうね?」

「うーん、流行り病に迅速に対応するための備えだって聞いてるけど……」


 メアリーの疑問にイザベルが答える。


「はえ~、カインさまってカッコ良くて強いだけじゃなくて、そんなことまで考えているんですか?」 

「そうね……あの方が何を考えているのか……私には計り知れないけど、それでも王国のためになるってことだけはわかるわ」

「だったら私たちは出来ることを全力でやるだけですね!!」

「うん、その通りなんだけど……それ私が言いたかったセリフ」 

 


 イザベル・リュミエール、こうして回帰前の世界で流行り病の特効薬を開発した人物は、ソルフェリス家の全面バックアップを受けて一層研究に励むことになるのであった。

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