第三十九話 それぞれの死闘
リリアの本領は一対一ではなく広範囲殲滅魔法だ。密集した部隊は格好の的となる。一瞬にして数百の敵兵が灰と化す。
「うわあ……リリアさまエグイわあ……」
ヴァレリアは容赦ない攻撃にドン引きである。彼女にも似たようなことは出来るが、あっという間に魔力が枯渇する。魔力増幅兼貯蔵タンクであるヴェルナイトがいるから出来る荒業である。
「カインとイヴァリスは無事ですか?」
ヴェルナイトが地上に降り立つ。リリアは二人の姿が見えないことに気付いて周囲を見渡す。
「カインさまとイヴァリスさまでしたら本隊に突っ込んで行かれました」
「そうですか……まあ……あの二人なら大丈夫だと思いますが」
心配でないと言えば嘘になるが、追いかける余裕は無い。ここで食い止めなければ数で勝る帝国軍が勢いを取り戻してしまう。
「もうひと暴れ出来ますね?」
「はあ……やりますよ、やれば良いんでしょ」
「まだまだ暴れたりんな!!」
「強い奴はどこにいる?」
最強の四人娘の第二幕が始まる。
「かはっ……!?」
激しく吐血するルミナス。その細い体が震え、唇から赤い血が滴る。その血は異様に濃く、まるで命そのものがゆっくりと流れ出ているかのようだった。彼女の瞳はかすかに揺れ、視線が合うたびにその光が失われていくように思えた。
「どうなっているの……なぜ突然症状が悪化して……」
イザベルの手が震え、彼女の心臓が鼓動を速める。どうすればいい? このままでは——彼女は死んでしまう。懸命に処置を続けるが、時間を追うごとにルミナスの状態が悪化してゆく、このままでは持たない。刻一刻と迫る命のリミット――――知識と経験を総動員するが為すすべが無い。出来ることはすべてやっている。
駄目だ……この人を絶対に死なせちゃいけない、聖女だからじゃない、そんなんじゃない、ただ助けたいのだ。だって――――せっかく希望を見出したのに、初めて見せた年相応の少女らしい表情が忘れられない、愛しい人にもう一度会わせてあげたい。イザベルは両手で思い切り頬を叩いた。
諦めて――――たまるか!!!
「ルミナスさま、これを飲んでください」
「……こ、これは……?」
「……仮死状態にする薬です。魔力の流れすら止めますので時間稼ぎにはなります」
ルミナスはじっとイザベルを見つめた後、ニコリと微笑む。
「わかりました。貴女が諦めていないのでしたら私も諦めません……最後まで抗って……みせます」
最後まで諦めない、そう約束したから。
イザベルとルミナスは最後の賭けに出た。
「カイン、あそこだ!!」
「大将らしい奴がいるな、行くぞ」
「敵だ!! 参謀をお守りしろ!!」
「馬鹿め、精鋭揃いの本隊に奇襲とは命知らず共!!」
さすが精鋭揃い、あっという間に行く手が塞がれ、囲まれてしまう。
「魔将軍もいるな……カイン、ここは私に任せろ」
「無茶だイヴァリス、いくらお前でも――――いや、頼んだ」
「ああ、任された」
どう考えても危険だ、いかなイヴァリスでもこれだけの強者に囲まれては無事では済まない。だが――――任せろと言った。カインは知っている、彼女は絶対に嘘をつかない。その彼女が任せろと言ったのであればそれが正しい。背中合わせで戦ってきたからわかる。積み重ねた歴史が、紡いだ信頼が、進めと背中を押す。
「うおおおおおお!!!」
振り向くな――――やるべきことをなせ――――カインは強引に包囲網を突き破る。
「敵将覚悟!!!」
「チッ、ネズミがここまで辿り着くとは――――だが――――終わりだ小僧」
参謀グレゴリウスはその智謀から文官だと勘違いされているが、帝国屈指の剣士でもある。
そして――――誰よりも強力な魔将軍だ。
燃え盛る戦場の中心――――そこには、まるで大地が裂けるかのような 剣気の嵐 が吹き荒れていた。
カインのソルフェリスが閃き、グレゴリウスの黒き剣がそれに応じる。鋼が交錯するたびに雷鳴のごとき轟音が響き、衝撃波が大地を裂いた。戦場の空気はひび割れ、地面には深く亀裂が走る。剣の軌跡が閃光となり、視界が一瞬白く染まる――――それは、まるで天地を分かつ神話の一幕のようだった。
「ほう……やるな、貴様の名は?」
「カイン=ソルフェリスだ」
「ソルフェリス? 王国の貴族がなぜここにいる?」
グレゴリウスは冷静な眼差しでカインを見つめながら、再び剣を構えた。
「今から死ぬ人間に答える必要はない」
「は!! 貴様程度が、この私を倒せると思うなよ!!」
グレゴリウスの身体が僅かに滲む。次の瞬間、カインの視界から消えた――――
《瞬閃撃》!
刹那、高速移動したグレゴリウスがカインの背後に現れる。その剣は闇の魔力を纏い、重力を歪ませるほどの威力で振り下ろされた。
「《神速の疾走》!」
カインはその斬撃を紙一重で躱し、続けざまにソルフェリスを振るう。衝突――衝撃――弾かれた力が周囲に爆発的な余波を生じさせる。
「クク……やはり速いな。だが――――人の限界を超えた魔族の力を持つ私に勝てるか?」
グレゴリウスの身体から 黒炎が滲み出す。魔族の姫から抽出した力によって圧倒的な速度、パワー、自己修復能力が付与された存在――――それが魔将軍だ。代償として知性は極端に低下するが、彼ほどの達人であれば戦闘において知性はむしろ足枷になる。
「この力こそが帝国の未来だ……死ね!!」
グレゴリウスの剣が魔力を纏いカインを切り裂こうと襲い掛かる。その速度は確かに圧倒的――――だが
「たしかに速いが――――それだけだ」
カインは剣を振るい、グレゴリウスの斬撃をはじき返す。
「なに……!?」
速度もパワーも増したはずの斬撃があっけなく返されて驚くグレゴリウス。
「借り物の力と自ら鍛え上げた力――――どちらが強いと思う?」
《断魔剣・神閃》
「ぐわあっ!?」
ソルフェリスが 魔を討つ光 を放ち、魔剣化したグレゴリウスの剣ごと切り裂いた。
「魔将軍化する前のお前の方がよほど脅威だったぞ」
グレゴリウスの鎧は砕け、腹部に深い傷が刻まれている。血が噴き出し、力なく膝をつく――――明らかに致命傷、しかし――――彼は狂気の笑みを浮かべた。
「ふ、ふふふ、こんなところで死んでたまるか……私は――――世界を支配する男だ!!!!」
彼の手にあるのは―― 呪詛のコア。まるで生き物のように脈動している。
「これで貴様も聖女ルミナスも終わりだ――――私はこの世界の神となる!!」
嫌な予感にカインが飛び掛かるが、一瞬早くコアがグレゴリウスの心臓へと吸い込まれた。
「……チッ!!」
死に体だったはずのグレゴリウスから鋭利な角のようなものが飛び出し、カインはギリギリで回避する。
グレゴリウスと呪詛のコアが同化し、彼の身体が異形へと変貌してゆく。
「グ……ォオオオオ!!」
赤黒く脈打つ肉体、そして歪む顔――――グレゴリウスの身体がビクンと膨れ上がり、骨がメキメキと異様な音を立てて伸びる。皮膚が裂け、内部から黒い瘴気が溢れ出す。その背中からは獣のような牙が突き出し、両腕からは黒い触手が噴き出し、地面に叩きつけるたびに大地が崩れた。その顔はもはや人のものではなく、歪みきった眼が爛々と輝き、口からは闇の瘴気が漏れ出していた――――それは、まるで地獄から這い出た怪物そのものであり、もはやそこにグレゴリウスの面影はなかった。
「これが……呪詛の力か」
吐き気を催すほどの醜悪な姿に、カインは聖剣ソルフェリスを強く握りしめる。対峙しているだけで意識を持って行かれそうな瘴気の嵐に全身から冷や汗が流れ落ちる。
「もはや人ではない……こいつはただの化け物だ。せめて……人の手で葬り去ってやる!!」
カインはなぜ呪法が歴史から消されたのか理解した。これは――――人の手に余るものだ。
「グモォオオオオ!!」
異形化したグレゴリウスが凶悪な爪 を振り上げ、カインへと襲いかかる。もはや剣士としての理性はそこにはなく、ただ破壊衝動に突き動かされるだけの成れの果て。
「……これが神だと? そんなわけあるか!!」
「《断魔剣・神閃》!」
カインの一閃が 空間を裂き、異形の腕を斬り飛ばす。
「グ……ォオ……!!!」
斬り飛ばされた場所から崩壊が始まる。聖剣ソルフェリスが持つ滅魔の力が呪詛の力すら侵食し浄化しているのだ。
「……終わりだ」
カインが全身全霊の力を込めて心臓に聖剣を突き立てると、グレゴリウスの身体に取り込まれた呪詛のコアが砕け散った。
「グ……ォオオオオ!!」
黒い閃光がグレゴリウスの身体から放出され――――異形の断末魔――――の後、静寂が訪れた。




