第三十四話 転移ゲート
「ふう……いよいよ明日は転移ゲートのある街に到着するのか」
ワラキア五大都市の一つ、キールには転移ゲートが設置されている。五大都市と公都ノクティアは双方向で転移可能で、緊急時には軍を瞬時に転送できる。ワラキアが強国といわれる所以だ。
カインは割り当てられた部屋に入る。小さな町なのだが宿は驚くほど豪華だ。王国では珍しい魔道具が当たり前のように完備されていて、室温が快適に維持されている。辺境の小さな町の宿ですらこれだ、公都ノクティアはどれほどなのかと想像してしまう。
「でも来て良かったな……母上も今のところ歓迎されているみたいだし」
母がワラキア公の姉だということもあってか、まるで国賓クラスの待遇を受けている。姉妹とはいえ、魔法騎士団と団長が護衛、先導することなど通常ならあり得ない。サリアは駆け落ち同然で国を出たと言っていたので、どんな反応が待っているか身構えていた部分もあったが、良い意味で肩透かしである。
「そういえば、部屋に風呂が付いているって言ってたな」
汗を流そうと考えたカインだったが、部屋をノックする音が聞こえた。
「カイン、入っていいですか?」
「リリアさん? あ、はい、どうぞ」
こんな夜分にどうしたんだろうと不思議に思いながらカインはリリアを招き入れた。
「……あの、リリアさん」
「なんですかカイン」
熱っぽい視線で見つめてくるリリアから視線を逸らしつつ、カインはどうしても気になることを尋ねた。
「なんでメイドの恰好なんてしているんですか?」
リリアはフリルとリボンが特徴のワラキアスタイルのメイド服姿であった。普段のローブ姿と違って、スタイルの良さがこれでもかと強調されている。別に露出が多いわけではないのだが、凛々しい騎士団長とのギャップもあって、カインはなんというか目のやり場に困っていた。
「ふふ、旦那さまのお世話をするためですよカイン」
母サリアが言った通り、リリアはカインを逃がすつもりはないらしい。今考えればカインだけ一人部屋というのも違和感があった。おそらくリリアの手回しだろう。
「えっと……ちなみにお世話って……何をするつもりなんでしょう?」
聞いたところで結果は変わらないのだろうが、カインにも心の準備というものがある。
「お風呂で背中を流して、着替え、それから添い寝ですよ」
「俺、未成年ですからね?」
「ふふ、わかってますよ。後二年くらい待てます」
どうやら最低限の自制心はあるようだとカインは安心する。混浴や添い寝ならイヴァリスで経験済みだからなんとか耐えられるはずだ。
そう思っていたのだが――――
カインは大人の色気を甘く見ていた。
正確にはリリアの色気を、だが。
「ね、眠れない……」
幸せそうに熟睡するリリアの隣で一晩中悶々とする羽目になるカインであった。
「あれがワラキア五大都市の一つキールですよ」
まだかなり距離があるにもかかわらず、その巨大な外壁がはっきりと見える。いかに巨大な街なのかわかるというものだ。
「あれがキール……本当に大きいな」
面積や人口規模としては王国の王都に近いと聞いていたが、こうしてみると誇張でも何でもないことがわかる。こんな都市が公都ノクティア以外に五つもあるのだからさすが大国だと感嘆する。そして――――帝国は大国ワラキアのさらに二倍以上の国力があるのだ。あらためてその巨大さを実感して気持ちが引き締まる。
「ところで――――本当に大丈夫なんですか?」
「ふふ、ヴェルナイトのことなら心配いらないですよ、ほら、大人しいものでしょう? この子は実力を認めた者しか乗せないんです。落ちないようにしっかりと掴まっていてくださいね」
カインはリリアと共にヴェルナイトに騎乗していた。色んな意味であり得ない光景に、魔法騎士団の騎士たちは驚きと困惑の表情を浮かべている。
「あ、いや……それもなんですけど、俺が同乗しても良いんですか?」
ワラキアの象徴である魔法騎士団の団長ともなれば英雄クラスの注目と賞賛を一身に受ける存在だ。そんな彼女の後ろにしがみついている赤髪の少年剣士、どう考えても目立つ。リリアが独身であることを考えれば当然噂になるはず。
「良いに決まっているでしょう? カインは私のものだと王国民に知らしめているのですから!!」
「な、なるほど……」
カインは生まれて初めて自分がか弱い女の子になった気分になる――――いや、それどころか、お姫様が騎士に守られているような気さえしてきた。リリアの堂々たる騎乗姿に対し、後ろでしがみつく自分――――完全にお姫様扱いされている!?
しかし――――カインの想いとは裏腹に、母サリアは息子にリリアンのドレスを着せるべきだったと後悔し、婚約者たちはそんな可愛らしい姿を妄想して瞳を輝かせていたのだが。
「嘘でしょ……街全体に魔法結界が展開されてる……!!」
いち早く気付いたヴァレリアが信じられないと唖然としている。
キールの外壁には魔力の波動が流れ、時折幻想的な光が揺らめく。都市の中心には高くそびえる塔があり、そこから膨大な魔法の流れが空へと舞い上がり循環しているように見える——ここはまさに魔導王国ワラキアの誇る五大都市なのだと実感させられる。
「キールには転移ゲートがあるので都市全体に結界が張られています。そして、それを守護するキール魔法師団と人材を育成するアカデミーがあるのですよ」
誇らしげに語るリリアの説明に、真剣な表情で耳を傾けるカインとその仲間たち。
特に各国の王族や代表は、ワラキアに入ってから数日、その生活レベルと国家としての完成度を体感して刺激を受けていた。自国に居る時は気付かなかった改善点、不満点などがどんどん出てくる。
「本当はゆっくりキールの観光をしてもらいたいところですが……公都で皆が首を長くして待ってますからね。到着と同時に転移ゲートに入ります」
元々今回の訪問の目的は病気の父の見舞いであり同盟を結ぶことだ。それに魔法騎士団と団長があまり長期間帝国との戦線から離れているのも万一のことを考えれば良いことではない。
「これが転移ゲート……」
ゲートという名前ではあるが、実際には大きな魔法陣だ。
「一度に五百人輸送可能なんですよ」
魔法陣を大きくすればもっと大人数を運ぶことも出来るらしいが、魔力コストと安定性のバランスを考えるとこれがベストらしい。
「すごいですね……悪用されたりはしないのですか?」
「ここだけの話、転移ゲートは登録した人間以外使えないのよ。だから仮に帝国軍が使おうとしてもすぐには使えないのです」
リリアによれば、登録する権限は一部の公族だけが持っていて、万一捕らえられたとしても魔力をゲートに流せばその権限を破棄することが出来るため、自ら裏切って協力しない限り安心らしい。
「皆さんはこれから登録しますのでご協力くださいね」
ワラキアにおいて国外の人間に登録許可が下りるのは極めて稀で異例のことだ。いかに今回の訪問をワラキア側が重く受け止めているのかこれだけでもわかる。
三十分ほどで全員の登録が完了し、ゲートの上に立つ。魔力が流されると魔法陣が起動、魔法陣が淡く脈打つように光り始めた。その輝きは徐々に広がり、馬車ごと淡い光の波動に包み込まれてゆく——まるで世界そのものが震え、時間の境界線が揺らぐように――――
しかし、それはほんの刹那、次の瞬間、何事も無かったかのように魔法陣の光が消えた。
想像していた浮遊感などは一切なく、本当に移動したのか実感がまるでない。それでも転移したと思えるのは魔力の余韻が空間に漂っており魔法陣の周りの景色が明らかに変わっていたからだ。
「皆さまようこそ公都ノクティアへ。そして――――故郷へお帰りなさい姉上」




