第三十三話 幸せのカタチ
空中を蹴り追いすがるカインに対して、ヴェルナイトの瞳が微かに光る。《魔力共鳴》が発動し、リリアの視野は広がり、魔力感応と発動速度が桁違いに向上する――――その瞬間から、まるで彼女の周囲の時間だけが加速したかのように、動きが洗練され死角が消える。カインからすれば、まるで後ろにも目が付いているようなものだ。
「くっ、相手はリリアさんだけじゃないってことか」
魔法騎士は人馬一体となってこそ真の力を発揮する。魔法馬は単なる乗り物ではなく、命を預けられる相棒でパートナーなのだと。リリアが魔法に集中出来るようにヴェルナイトが回避に専念して適切に距離を取ってくる、厄介極まりない相手にカインも思わず苦笑いする。
「《灼獄の槍》」
無造作に放たれているが、灼獄の槍は炎属性の高位魔法だ。当たるどころか掠っただけでも大ダメージは避けられない。おまけに――――ヴェルナイトによって威力や精度まで強化されている。元々規格外のリリアが、ヴェルナイトとの相乗効果で手が付けられない悪夢と化しているのだ。
「母上さま、カイン……ピンチなのに笑ってる」
「はあ……完全にお父さまとベイルの血を受け継いでるわね……」
そんなギリギリの緊張感の中、カインは笑みを浮かべている。純粋に楽しいのだ、強くなりすぎた剣士にとって全力で戦える相手というのは言葉では表せないほどの価値がある。
「うむ、わかるぞカイン、私も戦いたいでござる!!」
「そうだカグヤ、後で私と手合わせしないか?」
「ずるいぞイヴァリス、カグヤ、私とやろう!!」
「はは!! 二人まとめてかかってこい!!」
カグヤ、イヴァリス、アストラ、盛り上がる三人の隣で――――イザベルはドン引きである。ヴァレリアは魔法戦に熱狂しているので、冷静なのはセレナ王女くらいのものだ。
「人族は好戦的なのですね」
「……えっと、彼らは例外かと」
なんでもいいから早く終わってくれと祈るイザベルであった。
「素晴らしい……まさか……ここまでとは!!」
ギリギリの攻防の中、笑みを浮かべるカインの姿は、リリアに歓喜と魂が震えるような胸の高鳴りをもたらしていた。
「やっと、やっと見つけました」
ずっと追い求めてきた強者――それが今目の前に立ちはだかっている。
諦めないで良かった――――妥協しないで良かった――――これまでの苦労が報われてゆく感覚に、リリアは酔いしれる。
「カイン、もう逃がしませんからね!!」
頬を染め幸せに満ちたその瞳は潤んで揺れる。死闘の最中とは思えない色気あふれる表情に、カインは不吉なものを感じて後ろへ飛びのく。
「な、なんだ一体……?」
なぜか嫌な汗が止まらないが、何とか気持ちを切り替え勝負に意識を集中する。
私の旦那さまはこの子しかいない――――リリアの瞳は確信に満ちていた。そんな妹の様子を観客席から眺めていたサリアは、やはりそうなったかと呆れる。
「はあ……リリアってば完全に火が点いちゃったわね」
サリアは額を押さえてため息をつく。全然変わってないどころか拗らせている――――「私より強い男がいない」と早々に社交界から逃げ出し、強者を求めて騎士団へと身を投じたリリアである。
「……こっちは行き遅れないか心配していたのに、手紙で送ってくるのはいつも戦いのことばかり」
幼い妹を置いて国を出た立場で――――いや、だからこそ余計に、姉としては妹を心配していた。
だが――――
「こんなに心躍るのは初めて!!」
満面の笑顔が弾ける妹を見て、サリアは額を押さえて苦笑するしかなかった。
「……まあ、楽しそうでなによりね」
可愛い妹が元気でいてくれればそれでいい。好きなことをしているのならもっと良い、でも――――
「息子と妹が戦っているのは心臓に悪いわね」
サリアは複雑な心境で空を見上げるのだった。
カインは勝負を決めるためリリアの懐へ飛び込む。ソルフェリスが鋭く輝き、魔力を断つ力を纏う。
「来なさいカイン!!!《多重障壁》」
リリアの周囲に魔力の盾が展開される。しかし、カインの剣はそれすら断ち切る。
「っ!? これも斬りますか!!」
彼女は咄嗟に後方へ飛び退きつつ魔法を発動する。
「《重力圧縮》」
空間が歪み、カインの身体が僅かに沈む。それによって、彼の一撃がほんの僅かに遅れた。
リリアが指を鳴らす。
「《魔力爆破》」
事前に仕込んでおいた不可視の魔法爆弾によって衝撃波が発生し、カインは後方へ押し戻される。
「そう簡単に近寄らせてはもらえないか」
カインは距離を取り、息を整えたいところだが、飛んでいるわけではないので足を止めることは出来ない。
「素晴らしい……! カイン、あなたは本物ですね!」
彼女の表情は戦士ではなく、「強者を見つけた喜び」 に満ちていた。
観客席ではサリアが腕を組み、深くため息をつく。
「はぁ……リリア、もう本当にやめなさい、周りの惨状が見えてないのかしら?」
「周り? あ……!」
気付けば訓練場は完全に廃墟と化し、観客席は魔法騎士たちとヴァレリアの必死の防御によってかろうじて原形を留めていた。だが、地面は抉れ、柱は折れ、煙が立ち上る——事情を知らぬ者が見れば、巨大な魔獣が暴れ回った後だと疑うような有様だった。
「……団長、これ街中からクレーム来ますよ、どうするんですか?」
「あ、あはは……どうしよっかライナス?」
副団長のライナスはこれ以上ないほど深いため息をつく。
「少なくとも……手合わせをしている場合じゃないことは確かですね」
「うっ……。か、カイン、悪いけどちょっと手が離せなくなったのでこれで失礼しますね! また夕食の時に会いましょう!!」
「あ、あはは……頑張ってくださいねリリアさん」
ライナスに引きずられてゆくリリアを見送りながらカインも気まずそうに顔を逸らす。ここまでやるつもりは無かったのだが、楽しくなって――――つい。
「ええ!? 終わりなの? 次は私の番だと思ったのに!!」
「くっ、仕方ない、イヴァリス殿、やはり拙者と手合わせするでござる!!」
「ああ、望むところだ!!」
「待て、私も混ぜろ!!」
アストラも加わって手合わせという名の乱闘が始まる。
「はあ……仕方ない、私はこれ以上被害が出ないようにしますか」
ヴァレリアは彼女たちの周囲に広範囲結界を展開する。
「カイン、格好良かった!!」
カインは抱きついてくるリリアンを受け止める。
「まさか人族がここまで凄いとは知りませんでした!!」
セレナ王女も興奮した様子でカインを見上げる。
「いやいや、セレナ王女、カインさまとリリアさまがおかしいだけですからね!!」
こんな化け物を人族の基準と思われたらたまらない。慌ててイザベルが訂正する。数は少ないが、平均的な能力で言えばやはりエルフは人族を圧倒しているのだから。
「はあ……カイン、こうなれば覚悟は決めておきなさい」
「覚悟? 何の話です母上?」
「もう逃げられないってことよ。てっきりわざと負けるつもりなのかと思っていたんだけど?」
「あ……!!」
獲物は絶対に逃がさないというリリアの表情を思い出すカイン。
「え? もしかしてまたお姉さまが増えるの? わーい!!」
無邪気に喜ぶリリアンを見てカインは遠い目をする。
「なあイザベル、俺はどうするべきだと思う?」
「諦めが肝心ですよカインさま。大丈夫です、私がとっておきの秘薬でサポートしますので!!」
なんの秘薬なのか気になるが怖くて聞けないカインであった。




