第三十二話 魔剣士 VS 魔法騎士
ワラキア国境から一番近い都市ワーリス。
広々とした訓練場の中央で、カインの前にはリリア、そしてその隣には、漆黒のたてがみを靡かせる魔法馬ヴェルナイトが静かに佇んでいた。銀の瞳が冷静に戦況を見つめ、主であるリリアと完璧に魔力を共鳴させている。
「まったくカインったら騎乗して構わないって……何考えているのかしら? 魔法馬に乗った魔法騎士は三倍強くなるのよ」
サリアは心配そうに見守る。リリアの愛馬ヴェルナイトはルナフェルスという馬に似た魔法生物で、騎乗者の魔法を増幅強化するだけでなく、自身も騎乗者の魔力によって強化されるという相乗効果を持っている。もちろん乗りこなすのは極めて困難で、騎士団でもルナフェルスに乗れるのは片手で数えられる騎士だけだ。
「せっかく魔法騎士と戦えるのだから当然だな、私の番が楽しみだ」
「うむ、万全の相手と戦ってこそだ。待て、次は私だぞイヴァリス!!」
愛剣を抱きしめながら興奮しているイヴァリスとアストラ、少なくとも王女がして良い表情ではない。
「これは興味深いでござるな……拙者も血が滾ってしかたない」
カグヤは、いつでも戦えるようにヨイヤミの手入れを始めた。
「……あれ? おかしいな、ここ戦闘狂しかいないんですけど!!」
助けを求めるようにヴァレリアに話しかけるイザベルだったが――――
「ふふふふ……ヤバい、ルナフェルス初めて本物見た!! 魔法騎士の戦いも楽しみ過ぎる!!」
ヴァレリアもたいがい魔法狂いだった。
「カイン、頑張って!!」
「どうか……双方に怪我などありませんように……」
「はあ……リリアンさま、セレスさまマジで癒されます、マジ天使!!」
普通の女の子は私たちだけですね、などと思っているイザベルだったが――――魔法馬ルナフェルスのたてがみは幻の薬の原料になるから後で分けてもらえないかなあ……などと考えていたりする。
「では、始めましょうか。楽しませてくださいね、カイン」
「よろしくお願いします、リリアさん」
カインは聖剣ソルフェリスを構え、リリアは静かに魔力を収束させている。
魔法騎士といっても、リリアの姿はいわゆる王国騎士のそれではない。甲冑ではなくゆったりとしたローブを纏い、剣ではなく複数の魔石を埋め込んだ杖を手にしている。馬に騎乗する魔法士だから魔法騎士なのだ。もっとも――――騎乗するのは普通の馬ではない。増幅された魔力によって周囲の空気が微細に揺れ始める。カインはソルフェリスを構えながら、微笑みすら浮かべる叔母の姿を慎重に観察する。
強い――――カインは想像以上の強さに驚く。愛馬ヴェルナイトによって増幅された魔力量はヴァレリアを優に凌いでいる。そして幾多の実践を潜り抜けているからこそ身に付いている強者の覇気、対峙しているだけで身を削られそうなほどの圧がある。
(これは……本気を出さないとやられる)
一方でリリアも内心驚いていた。サリアから強いとは聞いていたものの、まさか成人すらしていないカインがここまでだとは思っていなかったのだ。魔法騎士団の精鋭ですら騎乗したリリアの前に立てばその圧に押されるのに、目の前の少年は自然体――――どころか笑みすら浮かべている。
(ふふ、将来性を確認するつもりでしたが……これは嬉しい誤算ですね)
カインが先に動いた。ソルフェリスを振るい、鋭い一閃を放つ。しかし、それを迎え撃つように、リリアは杖を軽く動かした。
「《魔力障壁》」
カインの動きに合わせるように透明な魔力の壁が形成される。
同時にソルフェリスの斬撃が衝突し、一瞬、魔力の煌めきが激しく迸る。だが――――障壁が砕けた。 リリアの瞳が驚きに揺れる。次の瞬間、ヴェルナイトは咄嗟に後方へ跳躍する。
「……魔法障壁を……剣で破壊した!?」
リリアの口から思わず零れる。まさか、強度が増幅されているはずの障壁が耐えきれなかったのか、と。
「ハハッ、嘘でしょ……あの魔法障壁が砕けるとか意味わからない……」
ヴァレリアも思わず変な声が出てしまう。彼女にはわかるのだ、それがどれほど異常なことなのか。
わずかな動揺を見逃すカインではない、一瞬で間合いを詰める。魔法士との戦いにおいて遠距離戦では勝ち目がない、逆に魔法士は剣士の間合いに踏み込ませないことが重要になる。
まさに神速――――だが、ヴェルナイトは瞬時に地を蹴り、リリアを後方へと滑るように移動させる。
「速いですね……ですが……それだけです」
リリアが微笑んだ瞬間、空気が歪む。彼女の周囲に魔法陣が瞬時に展開され、火炎が渦巻いた。
「《灼獄の嵐》」
カインに火炎が迫る。しかし――――
「《断魔剣・神閃》」
カインが聖剣を一閃、炎の壁が切り裂かれて霧散する。
「カインすごい!! ねえアストラ、魔法って剣で斬れるのね」
「ハハハ、まあ普通は無理だな。カインだから出来るだけだ」
断魔剣・神閃は剣聖クライヴの奥義の一つ。魔法が使えない彼が編み出した対魔法士の技だ。
「ふふ……凄いですね」
リリアは呟きながら杖を掲げさらに魔力を高める。
「《魔力圧縮・重力の楔》」
炎の壁を切り裂いて突っ込んできたカインの動きが一瞬鈍る――――が止まらない。
「嘘でしょ……!?」
リリアはまるで宝物を見つけたかのように目を輝かせるがカインが間合いに入ってくる。
「《天空疾走》」
リリアが指を鳴らすと、ヴェルナイトが優雅に前脚を蹴り上げ、空気を滑るように飛翔する。騎士団長の愛馬として鍛え上げられた動きは、まるで舞うように洗練され、芸術そのものだった
「飛んだ!?」
ヴェルナイトが空へと飛び上がり、リリアは上空から魔法攻撃を仕掛ける。
「上空へ逃げられると厄介でござるな……」
カグヤにも遠距離系の技はあるが、あの堅固な魔法障壁を突き破って届かせるほどの威力はない。
「問題ない、我らにはこういう時のための奥義があるからな」
イヴァリスは楽しそうに笑う。
「ふむ、お主らの流派にはそのような遠距離技があるのでござるか?」
「遠距離技ではない、まあ見ればわかる」
リリアは楽しげに魔力を集めながら 《灼獄の槍》 を展開する。
「では、もう少し本気を出しましょうか!」
カインは上空から雨のように降り注ぐ攻撃を避けながらヴェルナイトの軌道を読む。
「……行くぞ」
一陣の風が吹いた――――
「《浮空剣舞・天翔歩》」
カインが地を蹴った瞬間、周囲の大気が渦を巻いた。風の流れを掴み、宙を舞うように跳躍――――だが、それだけではない。次の瞬間、彼は空気を蹴るように加速し、視界の外へと消えた。その想定外の動きに、リリアは目を見張る。
「……空中を、蹴った!?」
ただの跳躍ではない、その証拠にカインは空中で鋭く方向を変えて見せた。
完全に意表を突かれた。地上からの攻撃は想定していた。しかし、まさか カインが空中へと駆け上がってくるとは――――。
カインがリリアへと急接近する。ヴェルナイトが空を駆けながら距離を取ろうとするが―――― カインは空中で軽やかに姿勢を変え、まるで疾風のように軌道を描く。一度蹴り込むたびに加速し、その残像が幾重にも重なって映る。まるで空間そのものを駆けているかのような異次元の動きで追走するのだ。
「どうだカグヤ、これが剣聖の奥義だ!」
イヴァリスは自慢げに胸を張る。
「まさか……空中歩法とは!! さすがカイン、やるでござるな!!」
絶対にこの技を教えてもらおうと密かに瞳を輝かせるカグヤであった。




