第三十一話 魔法騎士団長リリア
「閣下、国境より伝令、サリアさま御一行が到着されたとのことです」
「おお、来たか!! それで公都へはいつ到着するのだ?」
連日の会議で疲労の色が明らかなワラキア公レオニウス――――だったが、報告を聞いて思わず立ち上がる。
「はっ、現在魔法騎士団とともに公都へ向かっており到着は三日後を予定しております」
通常の馬車であれば国境から公都までは二週間以上かかるが、転移ゲートを使えば一瞬で公都へ到着する。三日というのは国境から転移ゲートのある街までの所要時間だ。
「近頃暗いニュースばかりだったからな……帝国の圧力、長引く戦争、そして聖女の未来——それらが重くのしかかる日々に、姉上の帰還はまるで一筋の光だ。盛大な歓迎は難しいが、せめてこの国が姉上を誇りに思っていることを伝えねばならない。可能な限りの準備を進めてくれ、何と言っても――――姉上が他国へ嫁いでから初めての里帰りなのだから」
「ははっ!!」
「それにしてもお元気そうで良かった……もう姉上とは会えないと覚悟していたのですよ」
サリアと同じ赤毛の美女はワラキアが誇る魔法騎士団団長リリア。現ワラキア公の妹で、サリアの腹違いの妹でもある。同じ赤毛で姉妹なのにあまり似ていないと感じるのは、その凛々しい姿から受ける印象だろうか、おっとりとした柔らかい雰囲気のサリアとは正反対である。
「手紙ではやりとりしていたじゃないの。でも私も会えて嬉しいわリリア」
サリアがワラキアを出たのは、カインとリリアンが生まれる前、当時まだ六歳だったリリアは離れるのが嫌で泣きじゃくった。
サリアは幼いリリアの涙を思い出しながら、十五年ぶりの温もりを感じていた。かつて小さな手で必死に袖を掴んで離れようとしなかった妹が、今は堂々たる騎士団長としてここにいる。時の流れを感じながら、それでも変わらぬ絆に心が震える。姉妹は再会を喜び、互いの存在を確かめ合うようにしっかりと抱き合い涙した。その美しい光景に仲間たちも思わず涙ぐむが――――
「……なんでカグヤまで泣いてるんだ?」
赤の他人とは言わないが、会ったばかりでたいして事情も知らない相手なのにとカインは思わずツッコミを入れてしまう。
「拙者は案外涙もろいのでござるよ」
「そうなのか意外だな」
剣を持つと暗殺者も裸足で逃げ出す殺気を放つのに――――と内心思ってしまうが口には出さない。
それにしても――――とカインは感慨にふける。
回帰しなければサリアはとっくに死んでいた。こうして家族と再会することもなかったのだ。
さらに言えば――――ここにいる皆と出会うことも、こうして旅をすることもなかった。
カインの知る限りワラキアの聖女は帝国との戦いのさなか命を落とした。そして――――それによってワラキアの旗色が徐々に悪くなっていったのだ。
聞いた限りでは聖女はまだ死んでいないようではある。
もしかしたら魔族に攫われそうになったセレナ王女と何か関係しているのかもしれないとカインは考えていた。そして――――なぜ魔族が帝国にいるのか、帝国の目的も謎のまま。もっと出来ることはないのか、何か見落としはないのか不安も焦りも尽きることはない。
だが――――
「なんとかなるさ、そうだろカイン」
「ああ、そうだな」
イヴァリスが言うと本当に大丈夫だと思える。わからないことだらけだが、やるべきことは変わらない。信じて進むしかないのだから。
「それにしてもカインとリリアンは本当に可愛いですね!!」
カインとリリアンはリリアに抱きしめられて頬ずり攻撃を受けている。特にカインはリリアの胸の谷間に顔が埋まっている状態で真っ赤である。
「あ、あの……リリアさん、ちょっとくっ付きすぎでは?」
「んん? あら、恥ずかしがっちゃって可愛いですね。ふふ……そうだ姉上、カインを私に下さい」
リリアの爆弾発言に女性陣がビクリと反応する。
「あらあらリリア? それは一体どういう意味かしら~?」
「もちろんお婿さんに決まってるじゃないですか!! 私ももう二十一歳ですし、姉上だって早く良い人見つけなさいって言ってたじゃないですか!」
取られまいと互いにカインの腕を掴むサリアとリリアが笑顔で睨み合う。リリアンは瞳を輝かせ、イヴァリスとアストラは腕を組んで意味深な笑みを浮かべる。ヴァレリアとイザベルはまたかとため息をつき、セレナは展開についてゆけず困惑の表情を浮かべる。カグヤはといえば——まるで戦場のような緊迫感を楽しむかのように見物していた。
「カインはまだ十四歳よ、婚約者だっているし、それに貴女は騎士団長なんだから滅多に公国から出られないわよね? 貴女ならいくらでも相手は選びたい放題なんだから別にカインじゃなくても――――」
「お言葉ですが姉上、カインよりも良い男がその辺にいるとでもお思いですか?」
「う……それは……いないわね」
正面から事実を突きつけられて早くも旗色が悪いサリア。
「私の条件はたった一つ、私より強い殿方であれば身分も年齢も気にしないと公言しているにもかかわらず……寄ってくるのは弱い男ばかり。やはり王族で魔法騎士団長というのが敬遠されている理由なんでしょうか?」
いや、ワラキア最強の魔法騎士団長よりも強い男なんてそうそういるわけないだろっ!? 皆、内心ツッコミを入れる。道理でこの歳まで独り身なわけである。
「リリア……悪いことは言わないから妥協しなさい」
「お言葉ですが姉上、妥協するくらいなら生涯独り身で構いません!!」
「はあ……相変わらず頑固ね」
「国中の反対を押し切って王国へ嫁いだ姉上ほどではありませんが?」
それを言われるとサリアもサッと目を逸らす。
「というわけですから――――カイン、私と手合わせしてくださいね」
にっこりと微笑んでいるが、有無を言わせぬ無言の圧が凄い。それに加えて、リリアはワラキア王族の証である赤毛が美しい美女である。リリアンの中身がイヴァリスになったらこんな感じになるだろうなと想像できるわけで――――ようするにカインは本能的にリリアになんとなく弱いのだ。
まあ……結婚はともかくカインとしてもワラキア最強と言われる騎士との手合わせ出来るのは貴重な経験、ここまで来て断る気はさらさらない。
「わかりました、是非ともお願いします」




