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連載版 回帰の剣 ~滅びの王国を救うために俺はもう一度やり直す~  作者: ひだまりのねこ


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第三十話 ワラキアの聖女


 レギオン帝国帝都ヴァルミレオン――――


「グレゴリウス、セレナ王女の入手に失敗したと聞いたが?」


 帝国軍参謀グレゴリウス=ヴェルンハルトは皇帝から呼び出しを受けていた。


「はい、魔族が失敗したのは想定外でしたが特に問題はございません。多少手間はかかりますが、作戦自体の遂行は可能です」

「ふむ、ならば良い。今回の作戦はお前に任せているからな。だが――――失敗は許されんぞ?」

「はっ、必ずや吉報をお届けいたします」




 ワラキア公国は、ワラキア公レオニウスが治める歴史ある大国である。


 騎士や貴族を中心とした王国や帝国と違い、ワラキアは魔道をその中心に据えた魔道国家、ワラキア公家は、その類まれな魔道の才を生み出し続ける家系として、権威ではなく実力で頂点に立ち続けている。ゆえに貴族は存在しないが、代わりに魔道の名門家というものが存在する。


 公都ノクティアには七つの星の塔があり、それぞれ火、土、水、風、光、闇、雷の七属性魔法の研究・教育機関を担っている。


 別名『黒曜宮』と呼ばれる公宮を中心に、ノクティアは魔力伝導率に優れた黒曜石をふんだんに使い、闇に輝く都市を形成している。夜になれば街全体が魔力の波動で淡く光を放ち、空には魔道灯が浮かぶ——黒の都は、大陸中の魔法士はもちろん、誰もが一度は訪れたいと願う魔導の聖地なのだ。


 その公都を守る広域結界と守護を担う魔法騎士団はまさに難攻不落であり、帝国の国力をもってしても攻略することが出来ていない。



「――――とまあ、こんなところかしら?」


 馬車の中では、サリアがワラキアについて簡単な説明をしていた。カインやリリアンも家ではワラキアのことを聞いたことがなかったし、全員初訪問だ、魔法士であるヴァレリアと王族であるイヴァリスも知識はあるが、ワラキアは国境を接しておらず、政治体制も異なる遠い異国なのだ。





「あれがワラキアとの国境でござるよ」


 カイン一行は自由都市連邦を抜け、ついにワラキア国境地帯へ到達した。アンブラヴェール領主ランビエールとは自由都市連邦の各代表を説得するためにストーンヘルムで分かれ、代わりにカグヤが自由都市連邦の代表として随行している。


「国境といっても思ったより平和なんだな」

「ワラキアと自由都市連邦は傭兵契約をしているからそこまで検問は厳しくないのよカイン」


 ワラキア出身のサリアが言う通り、国境には検問があるが、戦時中とは思えないほど秩序が保たれていた。もっとも列をなしているのは主に傭兵と思われる戦士たちなので、お世辞にもほのぼのとした光景ではないのだが。


「傭兵にとってワラキアは絶好の稼ぎ場所なのでござるよ。戦って稼いだら休暇してまた稼ぎに行く。自由都市連邦にはそんな連中が山ほどいる」


 カグヤは馬車に揺られながら、ワラキアと自由都市連邦の関係を説明する。


「ワラキアの賃金はそんなに良いのか?」

「それもあるが……怪我を恐れず戦えるのが大きい。普通なら怪我をしたら治るまで稼げなくなるが、ワラキアは魔法で治療してもらえるのでござるよ」


「ほう、それはすごいな、どの国でも傭兵は基本的に自己責任というのが当たり前だと思っていたが……」


 イヴァリスはカグヤの言葉を聞いて驚く。正規兵ならわかるが傭兵まで手厚く治療するなど王国では考えられないことだ。そもそも治癒魔法を使える人間は貴重、そうしたくても手が回らない。魔法大国であるワラキアだからこそ出来る力技ということなのだろう。


「なるほど、さすが魔法大国ワラキアってことだね。そういえば……リリアンさまも、サリアさまも治癒魔法特化型でしたよね。良いなあ……私、あまり得意じゃないんだよね治癒系統……」


 ヴァレリアの言葉に、リリアンが不思議そうに尋ねる。


「そうなの? でもヴァレリア普通に治癒魔法使ってたじゃない」

「そりゃあ天才だから使えるけど、やっぱり得意不得意はあるよ。性格的な相性もあるから、合わない魔法使うと疲れるんだよね」


 普通なら嫌味になるところだが、ヴァレリアは七属性魔法すべてを使いこなせる天才、事実なので誰もツッコめない。


「そういえばヴァレリアにも使えない魔法ってあるの?」


 イザベルが興味本位で聞く。


「うーん、セレナ王女が使う精霊魔法はたぶんエルフじゃないと使えないから無理かな」

「ああ、たしかに精霊魔法を使うには精霊を認識して対話する必要がありますからエルフ以外には無理でしょうね」


 セレナ王女は、ここに精霊が三体いるんですが見えますか? と皆に尋ねるが、全員首を横に振る。精霊魔法は、精霊の力を借りて行使するもので、己の魔力を媒介しないという意味では狭義の意味では魔法ではないとされている。長所は魔力を気にせず行使出来るということ、短所は精霊の気分次第で結果が左右されてしまうところであるが、エルフでもトップクラスに精霊感応度が高いセレナにはあまり関係のない話である。


「後は……見たこと無いけどワラキアの聖女が使うといわれている神聖魔法も追加で。まあ、あれも魔法っていう名前が付いてるけど、カインさまとイヴァリスさまの聖剣みたいなもので、厳密には魔法じゃないですけどね」


 魔法には適性と努力次第で使える汎用魔法と精霊魔法や神聖魔法のような固有魔法が存在する。いわゆる七属性魔法というのが汎用魔法に該当し、魔法士というのはこれら汎用魔法を使う者の総称だ。汎用魔法は魔塔や学術院で研究されているが、固有魔法は種族、特定の個人だけが使える魔法なのであくまで記録のみ、研究はほとんどされていないのが実情だ。


「母上、聖女って本当に実在するのか?」


 アストラの疑問は皆も同じだったようで一斉にサリアに注目が集まる。少なくともここ百年聖女が表舞台に姿を見せたことはなく、彼女たちにとっては神話や伝説の存在と変わらない。そう思ってしまうのも当然だろう。


「ええ、いるわよ。聖剣の持ち主と同じで常に存在するわけじゃないのだけれど、数年前、現ワラキア公レオニウスの第一公女ルミナスが聖女として覚醒したの。ワラキアが現在も帝国と互角以上に戦えているのは彼女の働きによるところが大きいのよ。私も直接知っているわけではないけれど、聖女の神聖魔法はまるで神の祝福のように兵士たちを包み込み、どれほどの傷も、どれほどの絶望も癒してしまうといわれているの。兵士たちにとっては単なる“聖女”ではなく、“戦場の女神”と呼ぶ者も多いわ」


 サリアはもちろん、ワラキアに聖女の存在を知らない者はいない。


「うむ、聖女殿の神聖魔法は大軍をまとめて治癒することが出来るのでござる。手足が無くなろうが生きてさえいれば元通りになるのだから敵からすれば悪夢、実際、聖女殿が率いた軍勢はいまだ帝国相手に負け知らずなのだからな」

 

 カインたちは想像して苦笑いするしかない。ただでさえワラキア軍は魔法で遠距離から攻撃してくるわけで、戦士や騎士主体の帝国や王国とは相性が良くない、苦労してダメージを与えてもすぐに回復されてしまうのだ。おまけにリスクを取って突撃しなければならないため撤退時に少なくない被害も覚悟しなければならないのだからたまったものではない。ここは味方で良かったと思うべきなのだろう。


「聖女がいるならワラキアも安心ですね」


 聖女の存在は数少ない明るい材料、皆が嬉しそうに笑う中、カインとイヴァリスは複雑な心境でお互い見つめ合っていた。


 回帰前――――まさにこの年、ワラキアの聖女は帝国との戦いの中、亡くなったのだ。

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