第三話 聖剣と剣聖
「父上、母上、その件ですが取りやめていただけないでしょうか?」
真剣な息子の様子に両親は何かあったのかと互いに顔を見合わせる。普段、素直で自分の意見を主張することがないカインのこと、よほどの事情があるのだろうと察したのだ。
「ふむ、何か理由があるのか?」
「はい……実は神託を得ました」
「な、なんだとっ!? それは本当かカイン!!」
ベイル伯爵は思わず立ち上がるほど驚いた様子で息子に問い返す。
「はい、女神さまは――――私に聖剣ソルフェリスを抜けと――――そう告げられました」
普通なら子どもの戯言だと相手にされないところだが、ソルフェリス家においてはそうではない。伝説の初代国王が、建国の際女神から賜った神器の一つ聖剣『ソルフェリス』は歴史上女神の神託を啓示することが何度もあったからだ。
「聖剣ソルフェリス……そうか……わかった、すぐに準備させよう。ヴィクター、悪いが本日の予定はキャンセルだ」
「は、かしこまりました旦那さま」
『聖剣ソルフェリス』は女神の祝福を受けた神器、王国に危機が訪れる時、選ばれし者のみが鞘から抜くことが出来るとされている。カインの父ベイルはもちろん、ここ数百年剣を抜いた者はいない。もしカインが抜くことが出来れば、それは――――歴史に残る偉業であるとともに王国に危機が迫っているという証でもある。のんきにパーティーに参加している場合ではないのだ。
そして――――カインの言葉は両親を引き留めるための嘘というわけではない。回帰前、両親を失ったカインに神託が降りたのは事実であり、実際に抜くことが出来たのだから。
「予定が狂った……すぐに知らせないと」
神託の報せで屋敷は大騒ぎとなり、その喧騒に紛れて、一つの影が静かに抜け出していく。
「どこへ行くつもりだハンス?」
後ろから声を掛けられてビクッと振り返ったのは馬車担当の使用人ハンスだった。
「か、カインさま!? どこって……ちょっと街へ買い出しに」
「その割にはずいぶん慌てて飛び出したみたいだが?」
「その……突然急用を言いつけられまして……」
急がないと怒られます、とその場を離れようとするハンスにカインは冷たく言い放つ。
「お前の飼い主はヴァレンティス家か?」
「っ!? ど、どう云う意味かわかりかねます」
ハンスの顔色が変わった瞬間、カインの鋭い視線が彼を捉えた。
「しらを切るつもりなら好きにしろ、後でたっぷり尋問してやるからな」
「……馬鹿なガキだ、何も知らなければもう少し長生き出来たものを――――」
誤魔化しきれないとみるやハンスの表情が冷たいものに変わり、懐から短剣を抜くと同時にカインに向かって襲い掛かる。
だが――――
「ぎゃああああ!!!」
次の瞬間、ハンスの手は短剣ごとボトリと地面に落ちる。
「ふん、身体は小さくなったが技と経験を失ったわけじゃない。貴様ごときに遅れは取らない」
「……カインお坊ちゃま、これは一体……?」
執事のヴィクターは突然血だらけで現れたカインとハンスに驚く。
「神託だ、ハンスが敵のスパイだと教えてくれた。おそらくヴァレンティス家の息がかかっている。悪いがこいつの止血と尋問を頼む。父上には私から報告しておくから」
「かしこまりました、お任せください。それよりもカインお坊ちゃま、傷の手当を」
「必要ない、ただの返り血だ」
「おお!! 見事だカイン!!」
数百年抜かれることのなかった、つまり回帰前のカインを除いては誰も見たことのない聖剣ソルフェリスの真の姿に屋敷中が興奮に包まれる。ソルフェリス家の者たちが見守る中、カインは見事聖剣を抜くことに成功したのだ。
(ふう……何とか上手く行ったな)
いくら回帰前に抜いたとはいえ、今回も抜けるかどうかは賭けであったため、カインは内心安堵の息を漏らす。
現当主も抜くことが出来なかった聖剣ソルフェリスをカインが神託通り抜いたことで屋敷は大騒ぎとなる。通例であれば聖剣を抜いたカインが当主となるべきなのだが、彼はまだ十歳の子どもだ。話し合いの結果、家督を譲るのはカインが成人する十六歳とすること、そして――――聖剣のことはそれまで極秘事項とすることが決定した。
というのも、ハンスが間者であった事実を当主ベイルが重く受け止めたからだ。反国王派がどの程度の王国に蔓延っているのかわからない以上、カインのことを公表すれば家族が危険に晒されるのは必定、王国の危機が反国王派の手によるものなのであれば、国王派は結束し慎重に対処しなければならない。
その第一歩として、ベイルはすべての使用人や兵士たちに対し厳しい身元調査を始めた。一部の者を除いては当分の間屋敷から出ることを禁じる徹底ぶりである。
「父上、腕の立つ騎士を何人か、それと馬車をお借り出来ませんか?」
「構わないが何処かへ行くのか?」
「はい、ちょっと街へ」
「わかった。ハンスの件があったばかりだ、警戒するにこしたことはないだろう」
ベイルは騎士隊長のザイン以下十名にカインの護衛を命じる。
「カインさま、ここは酒場ですよ? まさか用事があるってここですか!?」
「ああ、ここで合ってる」
カインがやってきたのは、王都の中でも治安が悪く闇街と呼ばれるエリアだった。少なくとも貴族の子弟に関わりがある場所ではない。
「合ってるって……ここは王都でも荒くれ者が多いと有名な店ですよ? 危険です」
騎士隊長のザインが止めるのも当然だ。未成年が酒場に入るのも問題だがこの場所は危険すぎる。
「大丈夫だ。ちょっと行ってくるからザインたちはここで待っていてくれ」
「いやいや、それは駄目でしょう、何のために我々がいるとお思いですか!!」
カインとしては騒ぎにしたくないのだが、ザインの言い分も理解出来る。
「うーん、仕方ない、それならザインだけ付いて来てくれ、ただし一切余計な口出しをするな、他の皆は馬車で待機」
ザインを伴い店の中へ入ると、店内にいた客の視線が一斉に集まる。明らかに貴族の子どもとわかるカインと周囲ににらみを利かせる騎士の組み合わせだ――――明らかに場違い、目立って当然。だが――――訳ありの人間が集まる闇街では詮索しないのが暗黙のマナー、視線を送るがちょっかいを出してくる人間は幸いいなかった。
「お、居たぞ」
「誰かお知り合いでもいらっしゃるのですか?」
「まあ……そんなところだ」
カインは言葉を濁しながら、店の隅で独り酒も飲まずに座っている男へ近づいてゆく。ザインはいつでも主の前に飛び出せるように集中したまま続いてゆく。
「……なんだ坊主、俺に何か用か?」
猛禽類のような鋭く獰猛な目、浅黒い肌はこの辺りではあまり見かけない東方出身者の特徴だ。顔には大きな傷跡があり、露出している腕にも似たような古傷がある。見た目からは年齢がわかりずらいが、黒髪に白髪が混じっていることから老齢に差し掛かっているのかもしれない。
「ああ、アンタに仕事を二つ依頼したい」
「他をあたってくれ……悪いが俺はこの店で用心棒をしているんだ」
「今の給料の三倍……いや十倍出そう」
「……本気か? まあ……金は嫌いじゃないが貴族の道楽に付き合う趣味はないんでね――――これ以上邪魔をするなら――――こっちも手荒な真似はしたくないんだ、わかったらさっさと出て行ってくれ」
話は終わりだ、と拒絶の視線を向ける。だが――――カインはその猛獣のような圧を正面から受け止めはっきり告げた。
「俺がアンタに仕事を依頼するのは道楽なんかじゃない、大切な人たちを守るため、そして――――この王国を救うためだ!!」
カインの言葉に、男はしばし沈黙した後、大笑いし始める。
「ハハハハハ、そうか……大切な人たちを守るため、か。道楽だなんて言って悪かったな。だが――――それにしても王国を救うとは大きく出やがったな!! ククク――――気に入った!! 条件次第で受けてやってもいいが……依頼が二つなら二十倍は貰わないと割に合わな――――」
「二十倍で良い。私はカインだ、よろしく頼む――――『剣聖』クライヴ」