第二十九話 地下街巡り
「酷い目に遭いました……まあ……美味しかったですけれど」
エルフは超が付く猫舌である。サリアの治癒魔法のおかげで火傷にはならなかったが、やはりお肉は危険ですね、とぷんぷん怒っている。
「カグヤ、口直しに甘いものでも食べたいのですが?」
「甘いもの……承知したでござる」
地下市場のすぐそばにある菓子屋の名物「ダイヤモンドパイ」。 砕いた鉱石を模した飴細工が美しく光を反射し、屋台のランプの炎に照らされて輝く。その美しさに通りすがりの客が思わず足を止め、職人が得意げにパイを並べる。
「さっきの詫びだ、セレナ」
火傷させそうになったお詫びにセレナにパイを手渡すカイン。
「あ、ありがとうございます」
セレナは頬を染めパイを受け取ろうとするが――――まだ温かいパイを見てビクリと震える。
「あ……ごめんなセレナ、今フーフーしてやるから待ってろ」
「えっ!? あ……そんな……!!」
カインは、いつもリリアンにやっているようにパイをフーフーして冷ますのだが、セレナはそんなカインの姿を直視出来ずに視線を泳がせる。手の中のパイは温かいが、それ以上に心臓が跳ねるように熱くなるのを感じていた。
「カイン、拙者もフーフーして欲しいでござる」
カグヤがじっと見つめてくる。
「カグヤ、お前は領主なんだし、年上なんだぞ?」
「そんなことはどうでもいい。食べさせてもらったパイの方が旨いのでござるよ」
仕方がないな、とカグヤにフーフーして食べさせていると、他の仲間たちが恨めしそうに見つめてくる。
「うう……私もやって欲しかったのに」
「もう全部食べてしまった……」
「食欲に負けて勝負にも負けた」
落ち込む彼女たちを見て、カグヤが良いことを思い付いたと腕を組む。
「そういえば、あの店、腕自慢の店主と腕相撲して勝てばパイをもう一切れタダでもらえるぞ」
「よし、勝負してくる!!」
「私も!!」
イヴァリスとアストラは勝負するつもりらしい。
カインはチラッと店主を見る。カインの胴回りくらいありそうな上腕筋、剣ならともかく単純な力比べではさすがに彼女たちに分が悪い。怪我も心配だし力に自信がないリリアンやイザベルたちが少し可哀想な気がする。
「店主、どうだ? この男、カインが買ったらこの子たち全員にパイをサービスするというのは」
そんなカインの考えを知ってか、カグヤが店主に勝負を持ちかける。
「これは戦姫さま、良いですよ、もしその坊主が俺に勝てたらお仲間全員分パイをサービスしてやりましょう。ただし、俺が勝ったら、全員分買ってくださいね、特別に半額にしておきます」
店主が快く勝負を了承する。さすがに子ども相手にせこい真似は出来ないというアピールだが、勝っても負けても宣伝になるという計算もある。どちらに転んでも損はないのだ。
逆にカインの方は、負けても特にペナルティがあるわけではないが――――どんな勝負でもやはり負けるのは悔しいわけで……正直、あまり乗り気ではないが――――
「カイン、パイ食べたい!!」
「うむ、応援しているぞ!!」
「カインさま頑張れ~!!」
面白いことが始まりそうだと観客が集まりはじめ、傭兵たちが賭けを始める。こうなると今更断りづらい雰囲気になってくる。
「ならば勝負だ!!」
なかばヤケクソだと腕まくりするカインに、地下街は割れんばかりにどっと盛り上がる。
「いててて、あの店主子ども相手に本気出しやがった……」
「ふふ、子どもに負けそうになったから焦ったのね、ほら、もう大丈夫よ」
サリアの治癒魔法で腕の痛みはすっかり無くなった。結局勝負には負けるし、全員にパイを食べさせる羽目になったカイン。だが――――仲間たちは楽しそうだったし、皆パイを頬張りながら幸せそうだ。僅差の大勝負に観客も大いに盛り上がった。
もちろん魔法を使えば勝てただろうが、そんなズルい真似をしてまで勝ちたくはなかったし、目立ちすぎて帝国の間者に目を付けられるリスクは極力冒したくなかったのだ。
「格好よかったでござるよカイン、今度は拙者が食べさせてやろう」
カグヤは食べかけのパイをカインの口に押し込む。優しい甘さが口の中に広がって、負けて落ち込んでいた気分が軽くなるのを感じる。
「拙者の祖国には、試合に勝って勝負に負けたという言葉があるでござる」
カグヤの楽しそうに笑う姿に、カインも思わず笑ってしまう。
「よく意味はわからないが、パイは美味いな」
ストーンヘルムの地下街の華といえば名物であるストーンエールが飲める酒場だろう。足を踏み入れた瞬間、熱気と笑い声が響き渡る。 傭兵たちが巨大なジョッキを掲げ、戦の話を肴に酔いしれている。
「拙者が最も愛する場所でござる!」
カグヤは嬉々として酒場を練り歩く。 しかしカインは一歩遅れて足を止め、戸惑った顔をする。
「俺、まだ十四歳なんだが……」
中身は成人しているが肉体はまだ未成年。ここは王国ではないが、未成年に酒は飲ませないのは大陸共通の認識だ。
「カイン……お主年下だったのでござるか!?」
「カグヤこそ成人しているのか?」
「拙者は十七歳、立派な大人でござる」
どうやら東方人の見た目は幼く見えるものらしい。リリアンと同じくらいだと思っていたカインは衝撃を受ける。だが――――よく考えれば未成年が領主になれるはずもなく。いや、十七でも十分若すぎるのだが。
カグヤはにやりと笑い、
「ならばおすすめがあるでござるよ」
と何かを注文する。
「戦士の子ども用エールお待ち!!」
ほどなくして店員が木製のジョッキをカイン、リリアン、イヴァリスの前に置く。 ジョッキの中には琥珀色の液体が揺れているが、匂いは甘く、アルコールの気配はない。
「酒ではないが、気分は味わえるでござるよ」
カグヤが胸を張る。
「美味しい!!」
恐る恐る口をつけたリリアンが叫ぶ。
カインも飲んでみるが、想像以上に美味い。 香ばしく、蜂蜜のような甘みが広がり、ほのかにスパイスの香りがする。子ども用にしておくには勿体ないほど本格的なコクがあるのだ。
「こいつは、悪くないな」
カインが呟くと、周囲に居た傭兵たちが「こいつは大物になるぜ!」と笑いながら拍手する。
その横でカグヤは本物のストーンエールを傭兵たちと飲み交わしている。
「拙者、飲んでも決して酔わぬでござる!」
と豪語しながら、次々にジョッキを空にする。
「戦姫殿に飲み負けるな!」
傭兵たちは競うようにジョッキを傾け、次々と喉を鳴らす。カグヤは涼しい顔で飲み続ける一方、テーブルには顔を伏せた屍の山が築かれてゆく——まるで戦場のように。
「これここでしか飲めないのよねえ」
サリアも相当な酒豪で、カグヤに勝るとも劣らないペースでジョッキを空にしてゆく。
「美味い!! イザベル酒作れないの?」
「無茶言わないでヴァレリア、私は薬専門ですよ」
「酒は百薬の長っていうじゃないか!」
「アハハハハ、もっとじゃんじゃん持ってこい!!」
ヴァレリア、イザベル、アストラがそれぞれマイペースで楽しむ中、セレナは「精霊の花蜜酒」をチビチビと楽しんでいる。
「ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
カインはため息をつく。
「次いつ飲めるのか、いや、そもそも生きて帰って来れるのかわからないから刹那的であってもこうして飲むのだろう。私たちは傭兵ではないが、まあ……似たようなものだ」
イヴァリスが珍しく少し感傷的な視線を送る。すべてを失いながら回帰した二人だったが、次死ねばどうなるのかわからない。たとえ再び回帰することが出来たとしても、今というこの瞬間は二度とやってこないのだ。
「それもそうだな」
カインとイヴァリスはジョッキを合わせて旅の無事を祈るのであった。




