第二十八話 勝負の行方と溶岩肉のロースト
「いざ尋常に勝負!!」
手合わせが始まるやいなや、カグヤは迷いなく動いた。まるで影のように滑らかに移動しながら不可視の一撃を繰り出す。
一閃――――
周囲の人間には目で追うことの出来ない速さ、剣閃が見えた時にはすでに死んでいる神速の斬撃だ。
しかし――――カインは最小限の動きだけで紙一重で避けてみせる。
「拙者の刃が見えるとは…やるでござるな」
カグヤが低く呟く。だが、本気になった彼女はさらに速度を上げる。
カグヤの連撃は速いだけではない、フェイント、突き、などあらゆる変化を付けた攻撃バリエーションがとんでもない高速で繰り出されるのだ。しかもその一撃すべてに即死級の威力がある。
強い――――カインは冷静に捌きながら驚嘆する。カグヤの剣術は、どこか師である剣聖クライヴに通づるものがあり、その経験がなければここまで対応出来なかったと冷や汗を流す。
一方でカグヤもまたカインの強さに驚いていた。
もちろんカインが強いことはわかっていた。だからこそ我慢出来ずに勝負を仕掛けたのだから。
だが――――カグヤにとってここまで自身の攻撃が通じないのは初めての経験、戸惑いと恐怖、だが――――それ以上に興奮と喜びが心と身体を支配してゆく。全力を出しても倒れない相手――――それこそがずっと探し求めてきたものだったから。
「その技量には感嘆するが、受けてばかりでは勝てぬぞ」
一見カグヤが押しているようだが――――彼女は気付いていた、
カインは慣れてきていると。
「こちらからも行くぞ――――」
ガキィイイイン
カグヤは反撃に転じたカインの斬撃を受け流すが、その威力に表情を歪める。
「……重い、でござるな…」
一瞬の交差――カグヤの刀がカインの剣と衝突するたびに衝撃が走る。
カグヤは打ち合いながら気付けば笑っていた。カインの持つ剣はただの剣ではない――――金属製の鎧ですら熱したバターのように両断する『ヨイヤミ』と打ち合って無事だった剣など存在しない。全力をぶつけ合えるということが嬉しくてたまらないのだ。
風が止んだ。
カグヤは低く息を吐き、ゆっくりと刀を構え直した。ただ鋭い視線と、確かな覚悟だけがそこにあった。
「拙者の奥義――――ゲッエイソウジン、受けてみるがよい」
次の瞬間、彼女の姿が影と化した。
その動きはまるで夜の霧。影のように流れ、音を持たぬ刃が闇に溶ける。そして――――
「終わりでござる」
空気すら裂く沈黙の刃、まるで月光の幻影のように揺らめく軌跡が、寸分の狂いなくカインの喉元を狙う。しかし、その瞬間――――
金属が弾ける音が響いた。
カインはその場から一歩も動かず、ただ剣を振るった。ソルフェリスの炎が刃先に纏わり、カグヤの刀を絡め取るように弾き飛ばした。
漆黒の刃が弧を描いて地面に突き刺さる。
静寂が場を支配する。
カグヤはしばし無言だった。そして、ゆっくりと息を吐くと、ふっと笑った。
「拙者の負けでござる、だが、こんなに胸が躍った勝負は初めてだ」
カインはゆっくりと剣を下ろし、穏やかな笑みを浮かべる。
「カグヤは本当に強かった。そして俺も楽しかったよ」
冷たい風が吹き抜け、戦いの余韻をかき消していく。
「ここがストーンヘルム自慢の地下街でござるよ」
カグヤの案内で地下街に足を踏み入れた瞬間、一行は熱気と賑やかな喧騒に包まれる。 頭上には鉄製のランタンが揺れ、岩壁には店の看板がびっしりと並んでいる。
「拙者の庭でござる!」
とカグヤが満面の笑みで両手を広げ、一行を先導する。
傭兵たちは傷だらけの拳をぶつけ合いながら豪快に酒を飲み、鍛冶職人が鋼を打ち鳴らす音が岩壁に反響し、火花が散る。 剣士が武器を見極めながら商人と値引き交渉を始める。人族、ドワーフ族、エルフ族、獣人族などそれぞれの文化が混ざり合い、混沌の中に活気が満ちている。まるで街全体が巨大な生き物のように。
「長旅でお腹が空いているであろう?」
カグヤが真っ直ぐ向かったのは、巨大な鉄板の上で肉を焼く屋台。 炭と火山岩を使ってじっくり焼かれた分厚い肉は、傭兵たちの定番の力飯「溶岩肉のロースト」だ。
「これを食わねばストーンヘルムに来た意味が無いでござる!」
とカグヤが得意げに告げる。
「たしかに旨そうだな」
カインが一口かじると、外はカリッと香ばしく、中から肉汁が溢れる。
「……これは美味いな」
思わず零れる呟きに――――
「私にも!!」
「私もひとつ頼む!!」
仲間たちもたまらず注文し始める。あまり肉を食べないエルフ族の王女セレナを除いて。
「セレナ王女は食べないのでござるか?」
「私は結構です。小食ですから食べ切れませんし」
エルフに代表される長命種は代謝の違いからか総じて小食である。
「だったら、俺の一口食べて良いぞ」
「え!? カインさまの食べかけ……ですか?」
「あ、すまない、そんなの嫌だったな」
「い、いえ……決してそんなことは。そ、それなら一口だけいただきます」
セレナは顔を赤くしながら差し出された肉を口にする。
「熱っ!」
と顔をしかめるセレナに仲間たちはもちろん、周囲の傭兵たちも笑い転げるのであった。




