第二十三話 アンブラヴェール到着
アンブラヴェールは、自然と共存する都市。霧が立ち込める森林エリアにはエルフ族や森の精霊たちが息づき、木々の間に流れる魔力が淡い光を灯す。人工物の代わりに、自然と魔法が織りなす幻想的な輝きが街を包み込むのだ。一方、都市エリアでは、高くそびえる塔が魔法技術の発展を物語り、多種族の交流が活発に行われている——まるで別世界が共存するような自由都市連邦を象徴する都市だ。
「綺麗な街だけど……別の季節に来たかった」
アストラは年中温暖なサルヴァリア育ち、余りの寒さに先ほどからガタガタ震えている。
「だからもっと厚着しろって言ったのだ」
イヴァリスがやれやれと肩をすくめる。アストラは分厚いマントを羽織ってはいるが、中は薄着のまま、それは寒いだろう。
「俺の上着を貸してやる」
見かねてカインが上着をアストラに着せてやる。カインは炎の魔力を纏うことで寒さを感じない程度に周囲の空気を温めているので極論裸でも問題ないのだ。
「ふふ、カインの匂いがする……!!」
幸せそうなアストラを見て、婚約者たちはその手があったか、と悔しがる。
「カイン、私がくっついてあげる」
上着の無くなったカインにリリアンがくっつく。
「ありがとう、温かいよリリアン」
息をするように甘えるリリアンを見て、イザベルとヴァレリアは勝てないと悟る。だが――――見た目はともかく中身は女子力ゼロのイヴァリスとアストラに負けるのは納得がいかない。
「か、カインさま、お背中寒そうだから温めてあげる!!」
ヴァレリアが背中にぴとっとくっ付くと、
「わ、私も体温高いってよく言われるんです!!」
イザベルも負けじと腕を掴んで身体を押し当てる。
こういう時、イヴァリスはあまり絡んでこない。普段カインと過ごす時間が多いから気を遣っているのか、単にさっぱりとした性格なのか、それとも両方なのかはわからない。
「ふふ、それじゃあ温かいスープでも飲んで温まりましょうか。昔ベイルと一緒に入ったお店がおススメなのよ。まだやっているといいけど」
サリアがこの街に詳しいのは、彼女がワラキアを出た十五年前、ベイルと共にこの街で逗留したことがあるからだ。
サリアの記憶を頼りに一行がやって来たのは、レストラン『新緑亭』
「へえ……真冬だっていうのにここだけ花がたくさん咲いている……これがエルフの魔法か……」
「さすがヴァレリアちゃんね、ここのオーナーさんはエルフなのよ」
アンブラヴェールにおいて、エルフがいるかどうかは家を見ればわかる。エルフが住む家や店は、真冬でも緑にあふれているのだ。
「お待たせしました、当店の名物『エバーグリーンスープ』です。新鮮な森の薬草とキノコを煮込んだスープなんですよ。身体が温まるだけじゃなくて疲労回復効果もありますから旅の疲れにも効果抜群です」
「はふう……美味しくて温まりますねえ」
「おお!! 身体がぽかぽかしてきたぞ!!」
スープだけでなく木の実が入ったグローイングブレッドや、花の蜜で作った花蜜酒などエルフならではの家庭料理に舌鼓を打つ一行。エルフは肉を食べないので肉料理などは無かったが、皆大満足で店を出る。
「さすがエルフ料理は魔力回復効果が凄いね。売っている薬草や魔道具の質も高いし種類も豊富だ」
多くの宿がある都市エリアへ向かう間もヴァレリアはきょろきょろ忙しない。エルフの料理には魔力が含まれているので元気が有り余っているのだ。そして多種族が暮らすこの街では、独自の魔法技術が盛んで、特に生活に密着した魔道具の生産で有名でもある。
「はわわ……サビレ草があんなに安く売ってるなんて……ええっ!?、生マンドレイクとか王国じゃ滅多に手に入らないのに……!!」
「イザベル、行きは荷物になるから、緊急性のない物は帰りに買えば良いさ」
ヴァレリアやイザベルは明らかに後ろ髪が引かれる思いだったが、冬は日が暮れるのが早い、完全に暗くなる前に宿を決める必要がある。仕方なく馬車の窓から恨めしそうに眺めていたのだが――――
「なんだかやけに物々しいな……」
「何かあったのかもしれない」
街中に兵士が駆り出されて、総出で何かを叫んでいる。どうみてもただ事ではない。
「そこの馬車、止まれ!!」
「何かあったんですか?」
「誘拐事件だ、申し訳ないが馬車の中を確認させていただく」
「それは大変なことですね、どうぞお調べください」
複数の兵士が馬車の中を調べる。
「ご協力感謝いたします。実はエルフ族の王女が攫われたのです、もし怪しい連中を見かけたら衛兵まで知らせてください」
もはや内密での捜索では限界となり、領主は公開捜査へと踏み切った。視察でこの街に滞在していた王女が、何者かに攫われたというニュースはあっという間に広がり、平和な街は大騒ぎになっていた。
「カイン、どうする?」
「俺たちも探そう、どのみち王女が見つかるまで街を出ることは出来ない」
すでに出入口は完全に封鎖されている。
「ヴァレリア、人探しの魔法とか無いのか?」
「無茶言わないでくださいよ、知り合いなら魔力パターンとかで探せますけど、会ったこともない人をどうやって――――あ、行けるかも……エルフの王女なら多分魔力がずば抜けているはずだし……」
何か思いついたのか、ヴァレリアは目を閉じて集中し始めた。
「……うわ、さすがエルフや精霊族は魔力が多い……これじゃ駄目だ、もっと下限を高く設定して……うーん……駄目かあ」
「ヴァレリア、王女の魔力がなんらかの方法で封じられている可能性は?」
「ああ!! それありそうですね、となるとこの方法じゃ探せない。別の魔法使います」
「別の魔法?」
「エルフの王族クラスの魔力を封じるならその辺の魔道具じゃ無理です。おそらくは古代のアーティファクトクラス……それなら独特の波長を発するので探知できるかもしれません」
ヴァレリアは魔法技術だけでなく魔道具やアーティファクトの知識も並外れている。幼い頃から魔塔に入り浸って書物を読み漁っていたというから驚きである。
「……っ!? 見つけた!! しかも反応が二つ? なるほど、誘拐犯と王女さまってことかな――――」
「でかしたぞヴァレリア! 今、どこにいるんだ?」
「えっと、あれ……? 私たちのいる場所を移動してますね……?」
「なんだとっ!?」
皆が慌てて周囲を見渡すが怪しい連中はいない。
「まさか姿を消す魔法?」
「自分自身はともかく他人まで消すのは私でも無理」
ヴァレリアでも出来ないのならその可能性は低い、となれば――――
「地下だ!!」
カインが叫ぶ、ヴァレリアが捉えている反応はまっすぐ都市の外へ向かっている。このまま行けば探知範囲から出てしまう、時間がない。
「くそ、地下への入り口はどこだ」
「カイン、時間が無い、ぶち抜こう」
イヴァリスが地面を睨みつける。
「それしかないか……アストラ、お前も手伝ってくれ」
「うむ、わかった!!」
カイン、イヴァリス、アストラが地面に向けて剣を振り下ろす。サルヴァリア式重剣術は大地を切り裂く威力重視の剣術だ。アストラの持つ大剣、カインとイヴァリスの持つ聖剣によって威力は何倍にも増幅され――――
ドガアアァァァァン!!
轟音とともに石畳が砕け、土煙が舞い上がる。地面が裂けるように崩れ、黒い空間がぽっかりと口を開いた――――その下には、不気味な闇が広がっている。裂けた地面の奥からは冷たい地下の空気が吹き上がり、その闇が底知れぬ深さであることを感じさせた。
「あらあら……ずいぶん派手にやったわね。説明は私がしておくからカインたちは誘拐犯を追いなさい」
「行ってきます母上!!」
凄まじい衝撃と音に、何事かと衛兵や街の住民たちが集まってくる。
「カインに続け!!」
イヴァリスが叫ぶや否や、カインはヴァレリアを背負ったまま、迷いなく闇へ飛び込んだ。
『ノクタヴィス』
ヴァレリアが暗視魔法を発動すると、闇の中に淡く青白い光が瞬いた。カインは視野の確保と周囲の状況を冷静に見極め、誘拐犯の位置を探りながら疾走を開始する。
「行くぞ」
先頭を走るカインの背後でアストラが油断なく剣を構え、イヴァリスが鋭い目で周囲を確認しつつ追走する。
攫われた王女を救うため、一行は地底に広がる闇の回廊へと身を投じるのであった。




