第二十二話 秘密の里帰り
「子どもたちと旅行なんて嬉しいわ」
サリア=ソルフェリスは移動する馬車の中で楽しそうに笑う。
今回の旅行、表向きはカインたちの母サリアがワラキアで病に倒れた父親の見舞いということになっている。表向きとは言ったが、サリアの父が病で倒れたのは事実である。とはいえ、命の心配があるというわけではなく、すでに快方に向かっていると聞いているし、同盟のことがなければ戻る機会も無かったわけで、サリアとしては子どもたちと里帰り出来る喜びの方が勝っている状況だ。
ソルフェリス家とは関係ない、あくまで個人的な帰省ということになるので、護衛は冒険者に変装した騎士四名と侍女のクララ、そして子どもたちというメンバーだ。
サリアに同行するのは、カイン、リリアンの双子と、イヴァリス、ヴァレリア、アストラ、イザベルの婚約者たち。
傍目から見れば女子どものグループにしか映らないが、彼らの実力を知るものからすれば恐ろしいほどの精鋭揃いだ。大規模な盗賊団に襲われても問題なく蹴散らせるだろう。
「それにしても――――いつの間にかこんなに子どもが増えちゃって……カインったらやるじゃない」
「綺麗な姉さまが四人……もっと増やしてもいいんだよカイン」
カインは針の筵状態だが、なぜか母と妹の評価は高い。
「リリアン、コレクションじゃないんだぞ? これ以上増やすつもりはない」
すでに手に負えないレベルになっているのに、とカインは妹に釘を刺すが――――
「ハハハ、何を言っているんだカイン、お前にはまだまだ頑張ってもらわないと!!」
イヴァリスは増やす気満々である。
「イヴァリスちゃんの言う通りよカイン、ワラキアにお嫁さん候補いるんだからね」
「え……?」
どうやらカインに逃げ場はなかったらしい。
「ところで母上、ワラキアにはどうやって行くんだ?」
頭を抱えるカイン慰めながら質問したのはサルヴァリアの王女アストラだ。まだ結婚していないのだが、もうすっかりサリアに懐いている。その凄まじい適応力には他の婚約者たちも一目置かざるを得ない。
「帝国領内を突っ切るのが一番早いんだけど……安全を考慮して今回は迂回ルートの自由都市連邦を通過するつもりよ」
自由都市連邦は亜人種との緩衝地帯としてどこにも属さない中立都市群のことだ。大陸北部に広がる大森林の南端に位置し、王国、帝国、ワラキアの北端と接している。
「おお!! 実は一度行ってみたかったんだ。エルフとかドワーフ族がいると聞いている」
自由都市連邦と聞いてアストラは大興奮だ。この大陸には人族だけでなく、エルフやドワーフ族など多様な亜人種が存在する。王国にも若干数居るが、ほとんどの亜人種は独自の文化と生活圏を守っており、滅多に人里へ現れることは無い。例外は自由都市連邦で、これらの都市は人族と亜人種の窓口的な役割も果たしているのだ。
「亜人種は人族よりも魔法親和性が高いからね、興味深いわ」
「自由都市連邦には王国では手に入らない薬草などが流通しているので楽しみ」
ヴァレリアとイザベルも今からワクワクしている様子だが、他のメンバーも国外に出ること自体に興奮している。この大陸で国境を越えるというのは一般的ではない、商人ゃ冒険者、傭兵、いずれも命がけである。貴族が国境を越える場合、それは女性にとっては婚姻を意味する。
カインとイヴァリスは回帰前、任務で国境を越えたことはあるのだが、街へ行くのは初めての経験、同盟締結という任務の重要性は理解しつつも、彼らもまたこの旅行を心から楽しんでいた。
王国から自由都市連邦への道中は街道が整備されていることもあって順調そのものであった。
途中までは――――
「男は全員始末しろ!」
盗賊のリーダーが叫ぶ。質素に見せてはいるが明らかに質のいい馬車、男の経験上、このタイプの馬車には間違いなく女が乗っている。しかもサイズを考えれば一人や二人ではないだろう。
「リーダー、こっちに来て正解でしたね」
「ハハ、連中もまさかこんな治安の良い場所に盗賊が出るなんて思ってもいなかっただろうな。護衛はたったの四人、野郎ども、馬車には手を出すなよ、女どもは高値で売り飛ばすんだからな!」
現在カイン一行は三十人ほどの盗賊団に囲まれていた。
「か、カインさま、武器を持った連中が大勢……大丈夫なのでしょうか?」
クララもソルフェリス家のメイドとして最低限の自衛は出来るがそれだけだ。得意の生活魔法では戦えないし、そもそも戦闘要員ではない。こんな状況も初めてだろうし怯えるのも無理はなかった。
「大丈夫だクララ、護衛の騎士たちはとても強いから。怖いなら俺のそばへおいで」
震えるクララを抱きしめるカイン。
「カイン、私も怖い!!」
絶対に嘘だろうと思いつつもイヴァリスを受け止めるカイン。
「私も海賊は得意だが、盗賊は怖いぞ」
「ちょ、私だって魔法しか使えないんだから怖いわよ」
「何言ってるんですか、私なんて薬しか使えないんですよ!?」
負けじと婚約者たちが争い始める。
「あらあら、カインったら大人気ね、私も守ってもらわないと」
「カイン、私も~!!」
外の出て戦った方が楽だったな、カインはもみくちゃになりながら女性陣のおもちゃになるのであった。
「サリアさま、盗賊団は殲滅しましたのでご安心ください」
「ご苦労さまでした」
ソルフェリス家の騎士は全員、剣聖クライヴの地獄の特訓に耐えた精鋭揃い。四人どころか一人でも盗賊三十人程度難なく倒せる実力はある。
「それにしても、こんなところに盗賊が出るなんて……治安が悪化しているのでしょうか?」
サリアは心配そうに視線を落とす。盗賊が脅威というわけでなく、出没した場所が問題なのだ。
「先ほどの盗賊、帝国訛りがありました。おそらく帝国領から移動してきたのでしょう。盗賊に扮した間者の可能性は無さそうでした」
今回の出発を知る者はごくわずか、行先まで知っている者は両手で足りるほどしかいない。たとえ偶然だったとしても帝国側に正体を知られることは避けなければならない。サリアはとりあえず胸を撫で下ろす。
「やはり帝国も、長年に渡る戦争のしわ寄せが民の生活にのしかかっているのでしょうね」
絶え間ない拡大路線も上手く行っているうちは良いが、戦線が膠着状態になるとガス抜きが難しくなってくる。ただでさえ働き盛りが徴兵によって奪われ生産力が落ちているのだ。高い税金を払えずに国外に逃げ出し盗賊になる者がいてもおかしくはない。同情はするが、だからといってその行為が許されるわけでもなく、盗賊は即討伐対象となるしかない。
「帝国の拡大路線はもはや狂気染みている、このまま進めば、国境の外には敵しかいなくなるだろうが――――大陸を統一するまでは止まるつもりはないのだろうな」
イヴァリスは生粋の戦士ではあるが、殺し合いが好きなわけではない。人口も多く位置的にも大陸の交易の中心である帝国が平和的な方針を打ち出してくれればどれほど世界は発展することだろうと常に思っている。しかし残念ながら現実は真逆の方向へと舵を振り切ってしまっている。
「もうすぐアンブラヴェールへ到着します」
盗賊の襲撃は予想外だったが、それ以降は特に波乱もなく順調に国境を越え、自由都市連邦へと足を踏み入れた。
一行がまず目指すのは、自由都市連邦内最初の目的地である都市『アンブラヴェール』である。




