第十五話 ヴァレリア=ルーセント
「単刀直入に言おう、ヴァレリア嬢、カインと結婚しないか?」
「ふえっ!? な、ななな、いきなり何を言っているんだあああ!?」
「ええっ!?」
ヴァレリアだけじゃなく、カインまで声を合わせて驚く。イヴァリスから名案があるとは聞いていたが、内容を確認しておくべきだったと後悔する。
「なぜ驚く? 婚約者の私が言うのもなんだが……カインは世界一良い男だぞ」
「え!? あの……これどういう状況?」
自分の婚約者をすすめておきながら頬を染めて惚気てくる王女にヴァレリアは全くついていけていない。
でも――――ちらりと横目で見るカインは王女の言う通りめちゃめちゃ良い男だ。むろんヴァレリアも異論は無い。同じ親国王派の貴族同士であるし、そういえばやたら父親がカインを推していたことを思い出す。
(あ……そういえば学院で会ったら礼を伝えて欲しいって言われてたの忘れてた)
事情は詳しく聞いていないが、命を救われたとかなんとか……。ヤバい……今更言い出しにくいけど恩知らずとか思われてないかな? いやいや、それより今は結婚の話だった!!
ヴァレリアはなんとか冷静になろうと必死に思考を落ち着かせる。
(あれ? もしかして――――この縁談、最高では?)
学院どころか王国で最も人気があるとさえ言われているカイン=ソルフェリスとの結婚など考えたこともなかったし今だって騙されているとしか思えないが、いずれ誰かと結婚しなければならないのであれば、これ以上の相手はいない。
わからないのは選ばれた理由だが――――ヴァレリアはすでに察しを付けていた。
「あ、あの……カインさまはそんなに私が欲しいんですか?」
薄々気付いてはいた。この完璧なボディの魅力に抗える者など居ないのだと。女性に興味などありません、みたいな顔をしているが、以前会った時に一目惚れした可能性が高い。
「え? ああ、そうだな、是非とも欲しいと思っている。他の誰にも渡したくない」
ずぎゅーん!! ヴァレリアはハートを撃ち抜かれた。絶世の美少年に少し恥じらった様子でそんなことを言われたら赤面する以外出来ることなどあろうか?
「しょ、将来の正妻の前で他の女性を口説くとか……カインさまってすごいですね」
「ありがとう」
「褒めてないですからねっ!?」
ようやく少し状況に慣れて来たのか、ヴァレリアはいつもの様子を取り戻す。
「はあ……お話はわかりましたけど、もし断ったらどうなるんですか?」
カイン推しの子爵がソルフェリス家からの縁談を断ることはあり得ないが、だからといってヴァレリアにも自由意志というものがある。もっともすでにカインの事が気になって隙あらばチラチラ見ている時点で断るつもりなど無いのだが。
「帝国の変態貴族に嫁いで――――魔法と魔力を封じられ――――最後は悲惨な死を遂げるな」
「ひえええ!? し、死ぬんですか私、しかもなんでそんなに具体的なんですか!!」
「まあ、信じられないのも無理はないが、まもなく帝国から断りにくい形で政略結婚の打診が来るだろう。悲惨な未来から逃れるための時間はあまり残されていないぞ?」
第一王女であるイヴァリスの言葉は真に迫っており圧倒的な説得力がある。とても嘘や冗談を言っているようには聞こえない。もしや何かの情報を掴んでいるのだろうか?
「わ、わかりました!! 私、カインさまのお嫁さんになります!!」
「ヴァレリア!! 突然連れていかれたけど一体何があったの?」
ヴァレリアが王族専用ラウンジから戻ってくると、心配した友人たちが駆け寄ってくる。
「え? えっとね、なんかカインさまってば私のことが好きで好きで誰にも渡したくないんだって!! あんまり欲しがるものだからね、仕方なく婚約者になってあげたの、ぐふふ」
普段以上に気持ち悪いヴァレリアに友人たちは戦慄する。
「え……? こんなのが良いなんてカインさますげえな……!!」
「っていうか王女さまが婚約者じゃなかったっけ?」
「ふふ、その王女さまからも欲しがられちゃってね」
「……王女殿下ってもしかしてそっちも行ける人なんじゃ……!?」
ヴァレリアのせいで不名誉な風評被害が広がりかねない状況だが、普段の言動から話半分にも聞いてもらえないのでその心配は無かった。
「紹介するよリリアン、エリオット、新しい婚約者のヴァレリア=ルーセントだ」
「ヴァレリア=ルーセントです、よろしく!!」
「カイン……? いや、さすがにペース早すぎない!?」
さすがのエリオットも、これにはジト目にならざるを得ない。親友がおかしくなってしまったのかと本気で心配する事態である。
だが――――
「わあい!! またお姉さまが増えた、ヴァレリア姉さまお人形さんみたいでとっても可愛い!!」
「ふわあ、リリアンさま可愛すぎる!! 私も妹欲しかったんですよ~!!」
カインはジト目のエリオットから目を逸らしつつ、リリアンが喜んでいる様子に癒される。
「本当にこれで良かったのかイヴァリス?」
「当たり前だ、これで将来的に強力な魔法士部隊が作れるぞ!!」
王国は剣士によって創られた国ということもあり、騎士団において魔法士が効果的に活用されているとは言い難い。ソルフェリス家においても魔法士部隊は人員も練度も足りておらず、今後強化してゆく課題の一つであったのは間違いない。
「まあ……ヴァレリアを守ることが出来るなら良いか」
帝国の手から守るなら側に居た方がいい。
それに――――
カインは帝国との戦いを思い出していた。
最期、カスパーをあと一歩で殺せなかったのは帝国軍の魔法士部隊が有能だったからだ。剣だけでは足りない、魔法士は強力な剣士に守られてこそ、その力を最大限発揮することが出来る。剣士もまた、魔法士のサポートを受けることで限界以上の力を出せるのだ。
「イヴァリス、やることが山積みだな」
「ああ、抜本的な魔法士改革が必要だ」
ワラキアのような魔法大国にはなれないかもしれないが、今やれることはいくらでもある。
ヴァレリアという才能を得た今、カインとイヴァリスは魔法の力に新たな可能性を見出すのであった。




