第十四話 魔法の天才
毒殺事件以降、特に大きな事件や問題もなくカインたちは比較的平和な学院生活を送っていた。
体調がすっかり回復した国王も、精力的に陣頭指揮を執って動いているし、ソルフェリス家を筆頭にした親国王派の貴族たちも交流を深め連携強化に励んでいる。こうなってくると学生であり未成年であるカインたちに出来ることはあまりない。
もちろんその間何もしないわけではない、学生だからこそ出来ることもたくさんあるのだ。
たとえば――――人脈作り。
学院に通う学生たちは皆、将来国を支えることになるエリート候補だ。王国を守り強固なものとするためには有能な人材と信頼関係を築く必要がある。直接の利害関係が発生しない学生の間だからこそ出来ることなのだ。
もちろん味方は多い方が良いが、信頼に足る人物かどうか判断するのは非常に難しい。そういう意味で未来を知るカインとイヴァリスは信頼できる人材と積極的に交流し交友を深めていた。
それ以外にも勉強会や研究会を主宰したり、定期的にパーティを行なったり忙しい。やはり数は力、味方でなくとも敵でなければそれでいい、大抵の人間は多数派に所属することで安心するものだ。いまだ多くの貴族は危機感が足りない。今は国内で派閥争いをしている暇も余裕もないのだ。一人でも多く志を同じくする同志を増やす、そのために出来ることはすべてやる。結果、カインとイヴァリスのグループは入学半年を過ぎた時点で早くも学内最大派閥の一つになっていた。メンバーの大半は新入生だが、最近では上級生の参加も目立つようになってきている。
「なあイヴァリス、ちょっと二人で話したいんだが」
「うむ、良いだろう。いつもの場所へ行こうか」
二人が向かったのは王族専用ラウンジ。回帰絡みの話をするときにはこの場所を使っている。
「最近忙しかったからな、こうして二人きりになるのは久しぶりな気がするよ」
「そうだな」
「だからな、私もお前とイチャイチャしたかったのだ」
「ちょ、イヴァリス!?」
熱っぽい視線でカインに覆いかぶさるイヴァリス。
「なんだ……嫌……なのか?」
普段強気で自信満々なイヴァリスに不安そうな表情をされてしまえばカインに選択肢などない。
「少しだけだぞ」
「わかってる」
カイン成分が足りないイヴァリスは、ここぞとばかりに甘えるのであった。
「本題に入るぞ、イヴァリスも帝国のやり方は知っていると思うが、暗殺や非合法な手段以外でも王国の力を削ごうとしている。すべてを防ぐのは難しいがなるべく有能な人材は守りたいと思っている」
「なるほど……表向き合法的な手段――――たとえば政略結婚、とかだな」
王国と帝国は仮想敵国同士ではあるが長い国境線を有しているため国交を断絶するのは現実的ではない。交易も行っているし、人々の往来も盛んだ。貴族家同士での婚姻関係も多くは無いが珍しいというほどではない。
「ああ、その通りだ。その政略結婚絡みで、ひとり是非阻止したい人物がいる」
「誰だ?」
「ヴァレリア=ルーセントだ。秀でた魔法の才能があったが、政略結婚で帝国へ嫁ぐことになった。彼女の末路がどうなったか知っているだろう?」
「ああ……そうだったな」
イヴァリスは悲痛な表情で頷く。
ヴァレリア=ルーセント。帝国国境線一帯に領地を持つルーセント子爵家の令嬢だ。
「回帰前の世界では父であるルーセント子爵が亡くなり、まだ成人前の弟が当主として成長するまでの時間稼ぎとして帝国へ嫁いだ。だが、今回は俺が暗殺部隊を殲滅したためルーセント子爵は健在だ。状況は異なるが帝国のことだ、手段を選ばずヴァレリア=ルーセントを潰しにかかるだろう」
「なるほど……ルーセント子爵家はソルフェリス家とともに親国王派の一角、さらに魔塔への影響力も大きい、たしかに保護する必要はありそうだ。よし、私に策アリだ、ここは任せておけカイン」
イヴァリスが歳のわりに豊満な胸を叩く。彼女がこういう時はなぜか安心できないカインだったが、彼とて妙案があるわけでもなかったので、大人しくイヴァリスに任せることにするのだった。
光を受けて青白く輝く銀色の髪は緩いウエーブがかかっており、揺れるたびに腰まであるロングヘアから魔力が光の粉のようにキラキラと舞う。落ち着いた灰青の瞳は常に手に持った魔導書へ向けられており、魔法専攻であることを表す緋色のケープが風になびいている。
学院には国内の有名人が多く在籍するが、ヴァレリア・ルーセントもその一人。無詠唱魔法を操り、10歳の時に史上最年少で魔法士の資格を得た天才だ。学院卒業後は魔塔で研究の道を進むのか、それとも宮廷魔導士を目指すのか、いずれにしても魔法士としての未来は明るいものだと思われていた。
「ねえヴァレリアは結婚とか考えてないの?」
貴族家の子女はたいてい成人する十六歳で結婚することが多い、それゆえ女学生の話題は交際を飛び越えて結婚の話になるのが普通だ。
「そうね、天才魔導士でこの完成されたスレンダーな身体、欲しがる殿方は星の数ほどいるでしょうけど、私はあまり興味ないのよね」
「……ヴァレリアって黙っていれば神秘的な美少女なのに――――喋ると雰囲気台無しだよね!?」
「ふふ、神秘的な美少女ですか……本当の事だからって照れちゃいますよ?」
「都合のいい所だけしか聞いてないだろお前」
わりと独特、というかやや残念な感じのヴァレリアにため息をつく友人たち。そこへ人の波を割って現れたのは学院で一番有名なカップルであった。
「うそ……カインさまとイヴァリスさま!? わあ……本物だ」
「え、え……? 私たちの方見てる? えっ、こっち来るんだけど!? ど、どうする?」
まっすぐに歩いてくるカインとイヴァリスに慌てる友人たち。ヴァレリアは一瞬視線を向けるが、すぐに興味を失って魔導書へ目を向ける。
「カイン=ソルフェリスだ。ヴァレリア=ルーセント、ちょっと話がしたいんだが時間もらえないか?」
が、さすがに指名されてしまえば答えないわけにはいかない。同じ学生だが、この二人だけは別格である。
「ええ、少しだけなら」
「ああ、それほど時間はとらせない。私はイヴァリス=ヴァラステリアだ、よろしくヴァレリア」
にっこりと微笑む二人に、なぜか身の危険を感じるヴァレリアであった。
「それで――――こんなところに連れ込んで一体何をしようというのです? はっ!? まさか――――私の身体が目当て――――」
ぺったんこの胸を押さえて後ずさるヴァレリア。見た目だけは儚げな憂いを秘めた神秘的な美少女なので、これまで何度も誘拐されかけたことがある。魔法のおかげでその試みが成功したことは無いけれど。
「なあカイン、本当に天才なのか? 何かの間違いでは?」
「そう言うな、魔法の才能だけは凄いんだぞ」
「……なんか失礼なこと言われている気がする」
ヴァレリアはちょっと残念なところがあるが、その才能と実力は本物だ。有名人の二人が何かをしてくるとは思ってはいないが、油断なく実力を推し量る。
(……二人とも化け物だ)
ヴァレリアほどの天才ともなれば、魔法という形にとらわれず、魔力を自在にコントロールすることである程度の力量を把握することが出来る。だが――――彼女には二人の力量を把握することが出来なかった。それはつまり――――相手がそのつもりならヴァレリアに出来ることはないということになる。少なくともこの距離では魔法を発動する間も無く斬られて終わりだ。
(やっぱり噂だけじゃわからないってことか……一体私に何の話をするつもり?)
ルーセント子爵家はソルフェリス家とは同じ派閥に属する間柄、カインとは子どもの頃何度かパーティで会ったこともある。王家との関係も悪くないはずだが、貴族の間に絶対の味方も敵もいない。警戒は怠るべきじゃない。
ヴァレリアは何があっても対処出来るように最大限に集中するが――――
「単刀直入に言おう、ヴァレリア嬢、カインと結婚しないか?」
そんな彼女の意識を吹き飛ばす特大の爆弾が――――投下された。




