第十三話 謁見と穏やかな日々
その日、カインは王宮に呼ばれていた。
毒の影響が無くなり、短時間であれば謁見も可能なほど回復した国王がイヴァリスを通じて非公式に会いたいと言ってきたのだ。
むろんカインに異存はない。
「カイン=ソルフェリスでございます。本日はこのような場を設けてくださり光栄至極でございます」
「余がアレクシス=ヴァラステリアである、今日は国王としてではなくイヴァリスの父としてここにいる、楽にしてくれ」
部屋にいるのは国王とカイン、そしてイヴァリスの三人のみ。護衛すら置いていないが、王国最強の一角がここには二人も揃っているのだ、これ以上安全な場所というのも滅多にない。
「まずは余の命を救ってもらった礼を言わせてもらおう、本当にありがとうカイン」
アレクシスが頭を下げる、公式の場ではあり得ないが、ここには家族しかいないのだ。
「私はたいしたことをしていません、イザベルとイヴァリスの活躍あってのことです」
謙遜ではなく本音だ、この件でカインは戦っていない。実際のところ資金面や人員の派遣など、彼がいなければどうにもならなかったのだが、剣士であるカインにとっては何もしていないのと同じである。
「謙遜する必要は無い、お前がイザベルを使って調査してくれなければすべてが手遅れになるところだったのだからな。それに――――部下の手柄は上司であるカインのものだ」
イヴァリスから経緯を聞いているアレクシスはカインへの賞賛を惜しまない。
「ふふ、それから父としても礼を言わねばならないな、カインのおかげで毎日のようにイヴァリスから惚気話を聞かされておる」
「ち、父上っ!? の、惚気話など!!」
国王としてではなく、一人の父親としての顔で笑うアレクシスの姿を見て、カインもすっかり緊張がほぐれる。
「ところで毒殺事件の背後についてイヴァリスから報告があると聞いているが?」
「はい、父上、先日捕らえた給仕長のハンソクですが、ヴァレンティス伯爵家の推薦で王宮へ入っておりました」
王宮勤めには厳しい身元調査があり、必ず保証人が必要になる。ハンソクの場合、ヴァレンティス伯爵家で十年務めた実績と推薦があって王宮入りすることが出来たのだ。
「ぐぬぬ……ヴァレンティス伯爵家にはしかるべき責任を取らせなければならんな」
保証人となった以上、その者が犯した罪は推薦人であるヴァレンティス伯爵家も問われることになる。推薦によって得られるものは大きいが、その分責任が付いて回るのは当然のこと。
「陛下、ヴァレンティス伯爵家当主カスパーですが、その件以外にもソルフェリス家に対する暗殺未遂を主導した疑いがあります。それ以外にも帝国と繋がっていると思われる証拠もいくつかございます」
「なんだとっ!? おのれ裏切り者め……即刻捕らえて――――」
今回の事件は王族殺しの重罪だ。諸事情から毒のことも犯人のことも公に出来ないため、その件で捕らえることは出来ないが、子どもたちを殺され自身も殺されかかった王の怒りは凄まじい。いずれ関わった者すべてを処罰するため水面下では捜査が続いている。だが――――帝国と繋がっているとなれば問答無用で死罪である。アレクシスの抑えていた怒りが爆発する。
「父上、お怒りはわかりますがここはしばらく泳がせたほうがよろしいかと」
「今、ヴァレンティス伯爵を廃したところで帝国は別の手を使ってくるでしょう。であれば奴の動きを監視して一網打尽にすべきかと。幸い今のところ派手な動きは控えているようで、おそらくは王国内における影響力を高めている段階だと思われます」
一度は怒りを爆発させたアレクシスだったが、イヴァリスとカインの意見を聞いて、冷静さを取り戻す。
「ふむ、たしかにそうだな……口惜しいが帝国が背後にいる以上その方が良いかもしれん」
賢王と呼ばれるだけあって、アレクシスは賢明であった。目先の感情に流されず王国の利益を最優先に考えることのできる為政者だったのだ。
「カイン、今後も王国のために力を貸してくれ」
「もちろんです陛下、このカイン喜んで王国の剣となりましょう」
「イヴァリス、良い者を選んだな」
「当然です!! カインは世界一の男ですから」
カインとイヴァリスが退出した部屋で、アレクシスはひとり呟く。
「聖剣ソルフェリスとムーンステリアか……これはイヴァリスを女王とすべきなのかもしれんな……」
数百年ぶりに聖剣ソルフェリスを抜いたカイン、そして同じくムーンステリアを抜いたイヴァリス。この事実が示すのは王国の危機が迫っているということ。
そして――――王国存亡の鍵はその二人が握っている。
「だが――――あの二人はまだ十四歳、国の運命を背負うにはあまりにも幼い」
アレクシスは、二人が健やかに成長出来るよう女神に祈る。
そして命を懸けてでも王国を守らなければと決意を固めるのであった。
「イヴァリス姉さま、イザベル姉さま!! 早くしないと無くなってしまう」
「ハハハ、そんな慌てなくてもケーキは逃げないぞリリアン」
「噂のスイーツ楽しみですねえ」
リリアンは相変わらず人見知りではあったが、イヴァリスとイザベルにはすぐに懐いた。二人の姉が出来たことが嬉しくてたまらないようで、今日も新しくできたスイーツ店に行くため街へ繰り出している。
こんなことは回帰前のリリアンには考えられないことだった。
「リリアンも楽しそうで良かった」
「そうだね」
はしゃぐリリアンたちを少し遅れて後ろから眺めるカインとエリオット、二人もまた嬉しそうに笑う。
カインは思っていた、出来ることなら――――こんな日々がずっと続けば良いと。
「それにしても驚いたよ、まさかイヴァリスがいるのにもう二人目の婚約者を作るなんて!! 全然興味ないみたいな顔してやるもんだねカイン」
噂のスイーツを頬張りながら、エリオットはニヤニヤとカインを揶揄う。その表情はこれ以上ないほど楽しそうで――――いや、完全に楽しんでいた。
カインはそんな親友を苦々しく思うが、下手に反論すれば、必然的にイヴァリスとイザベルのせいだと言っているのと同義になってしまう。そんなことは絶対に出来ない、だからカインは黙って受け入れるしかない。
「ああ、二人とも俺にはもったいないくらいの女性だよ」
「ふふ、照れるではないかカイン」
「カインさま……嬉しいです」
頬を染めて照れる二人を見てリリアンはエリオットを見つめる。
「ねえエリオットは増やさないの?」
「えっ!?」
期待の眼差しで見つめられてエリオットは返答に窮する。
散々揶揄った罰だ、カインは内心笑っていたが――――
「リリアン、エリオットはモテないからな、カインに頼むと良い」
イヴァリスの発言に今度はカインの笑顔が消える。
エリオットの名誉のために言っておくならば、彼は大変モテる。公爵家の嫡男で、容姿端麗明るく社交的で女性にも優しい。側室を募集すれば希望者が列をなすだろう。
だが――――イヴァリスからすればエリオットなど軽薄な軟弱者にしか見えない。彼女にとってそもそも男の範疇に入っていないのだ。
「そっか、じゃあカインよろしく」
リリアンはねだるようにカインに抱きついた。
(ふう……ありがとうイヴァリス)
酷い扱いをされたエリオットだが、イヴァリスのおかげで窮地を脱したことに感謝する。
「任せておけリリアン」
「ありがとう、カイン大好き」
何がよろしくなのかわかっていないが、カインにリリアンの頼みに応えないという選択肢は存在しないのだった。




