第十二話 帝国の陰謀
「カインさま、この様子だとどこまで帝国の手が及んでいるのかわかりません、至急調査をした方が良いのでは?」
次から次へと明らかになる帝国の関与、恐ろしいのは回帰前には気付くことすら出来なかったということだ。カインとイヴァリスが回帰したことで辛うじて対処出来ているが、それでも後手に回っている感は否めない。やり口の是非はともかく、王国は――――負けるべくして負けた、ということだろう。
「そうだな……特に帝国のターゲットになりそうな人物周辺は最優先で調査した方が良いだろう。イヴァリス、思ったんだが王国にこれだけ仕掛けているんだ、サルヴァリアやワラキアにも手が及んでいる可能性があるんじゃないか?」
「そうだな……我が国にだけ仕掛けていると考える方が無理がある」
カインの考えにイヴァリスも同意する。
「上手く行けば帝国への不信感を決定的なものにし、同時に恩を売るチャンスになるかもしれない」
帝国と交戦中のワラキアは今更だがサルヴァリアの重い腰を上げさせるきっかけになるかもしれない。何も無ければそれで良いが、仮想同盟国が弱体化してゆくのを黙って見過ごすわけにはいかない。
「わかった、サルヴァリアについては私に任せてくれ。ワラキアはソルフェリス家に任せた方が良さそうだな、国内の有力者に関しては……私とカインで擦り合わせをしたうえで対象を精査しよう」
今の段階で毒に気付いたことを帝国にはまだ知られたくはない。調査は慎重に信用できる範囲に留めざるを得ない。
「――――調査の結果、国内で五件毒薬の使用が確認された。そして――――サルヴァリア王家でも確認されたそうだ」
「ワラキアに関しては王家の守りは万全だったが、いくつかの家門で毒薬の使用が確認されたと報告があった。当然そのことは非公表だが情報提供に対する謝意が届いている」
想像以上に深刻な状況だった。もし今の段階で気付かなければ近いうちに取り返しの付かない事態になっていたかもしれない。
「私の研究が少しはお役に立って良かった……」
イザベルが零した独り言を聞いたイヴァリスは彼女の両肩をガシっと掴む。
「少しどころの騒ぎではないぞ、イザベル嬢はこの大陸の危機を救ったのだ、まさに英雄的な働きだといえる」
「イヴァリスの言う通りだ、俺たちは剣で戦うことは出来てもこういうことにはほとんど無力だからな」
「そ、そんなことは――――」
二人に賞賛されて大いに照れるイザベル。
「そこでだ、イザベル嬢ももう十六歳、兄上の妻として王家に入る気はないか? 私としても信頼できる優秀な人物が王太子妃となってくれた方が心強いんだが」
王家に嫁ぐ基準は最低でも伯爵家以上となっており、子爵令嬢であるイザベルが候補となることは通常であればあり得ない。だが、今回の件でイザベルは国王や王太子からの信頼を得ており、その功績を持って一代限りの名誉伯爵位が与えられることになっている。
「あ……えっと……その、大変光栄で勿体ないお話なのですが――――」
イザベルは横目でカインをチラ見する。
「ほう!! なるほど、そういうことか……ふむ」
イヴァリスは何かに気付いた様子でニヤりと口の端を上げる。
「カイン」
「なんだイヴァリス?」
「イザベル嬢を娶ってやれ」
「……え?」
突然の展開に頭がついて行かないカインと
「ええええっ!?」
顔から湯気rが出そうなほど真っ赤になるイザベル。
「あ、あのイヴァリス殿下!?」
「イザベル嬢は黙っていろ」
「……はい」
「イザベル嬢はお前を慕っている。ならばカイン、男らしく責任を取るべきではないのか?」
言われてみれば、貴族令嬢であるイザベルをソルフェリス家に住まわせている時点で、世間からはそういうことだと認識されている。
「そ、それは――――だが、俺はイヴァリスお前と――――」
「当たり前だ、その上でイザベル嬢を娶れと言っている。よもやお前ほどの男がその程度の甲斐性もないとは言わないだろう?」
貴族にとって一夫多妻は珍しくもない、カインには養うに十分な財産もあるし信頼できる仲間が家族になるのであれば願っても無いことではある。そして――――何より婚約者であるイヴァリスがそうしろと言っているのだ、カインとしては特に断る理由はないが――――
「イザベルは俺で良いのか?」
カインは自分がモテている自覚がない。慕っているというのもイヴァリスが勝手に言っているだけだと考えている。こうなった責任から逃げるつもりは無いが、それでも本人の意思を最大限尊重したいと思っているのだ。
「はい……私は――――カインさまが良いです」
イザベルは覚悟を決めた。傍に居られるだけで良い、そう思っていたけれど――――日々想いは募るばかり。この機会を逃すつもりはなかった。
「そ、そうか……ならば俺が十六歳になるまでは婚約者ということで。その……これからもよろしく頼む」
蕩けるような表情で見つめられてカインは思わず赤面する。
「はい、この命の尽きるまで」
イザベルの頬を喜びの涙が幾筋も伝う。
「ほら、カイン」
イヴァリスに背中を押されて、カインはイザベルをそっと抱きしめる。
「うむ、これにて一件落着!!」
満足そうに頷くイヴァリスにカインは苦笑いするしかなかった。
「なるほど……回帰ですか」
カインとイヴァリスは婚約者となったイザベルに回帰の秘密を話した。エリオットをより確実に救うために彼女の協力が不可欠だと判断したからだ。
「カインさまがなぜここまで研究に力を入れるのか――――ようやく理由がわかりました。それで――――その流行り病の特効薬を作ったのが私――――ということなのですね」
うーん、と唸りながら思案するイザベル。
「その通りだ、それで可能な限り流行り病に備えておきたいんだが……」
「まだ発生していない病に備えると言うのはさすがに難しいですね」
いかな天才であっても存在していない病の特効薬など作りようがない。
「まあ……必要そうな機材は揃えておくとして、病気のことを知っているのが私とカインだけだからな……」
「あまり役に立てそうもなくてすまない」
剣の達人であるカインとイヴァリスであるがそっち方面は完全に素人以下である。
「まあ……症状からある程度推測を立てることは出来るかもしれません。お二人が知っていることを――――どんな些細なことでも良いので全部教えてください」
「それなら力になれるかもしれない」
「うむ、私も記憶していることすべて話そう」
カインもイヴァリスも、多くの患者を見てきた、発症から息を引き取るまで嫌というほどに。
「…………」
カインとイヴァリスから話を聞いたイザベルは、無言で考え込んでしまった。その表情からは何を考えているのか想像もつかない。
一時間ほど経って、ようやくイザベルが口を開いた。
「お待たせして申し訳ございませんでした。その流行り病ですが――――帝国が絡んでいるかもしれません」
「「な、なんだとっ!?」」
イザベルの言葉にカインとイヴァリスは驚く。
「言われてみればその可能性は否定できないが……」
「ちなみになぜそう思ったのだ、イザベル嬢?」
「その流行り病の症状が――――父の研究していたものと似ているからです。あ、勘違いしないでください、父はとある風土病の治療薬を開発していたのです。残念ながらその研究半ばで亡くなりましたが……。もし帝国が父の暗殺だけでなく研究資料やデータを盗み出していたとしたら――――」
イザベルの父はたしかに優れた薬師であったが、暗殺の標的にされるには動機がやや弱い。研究資料が目的であったのなら腑に落ちる。
「なるほど……十分考えられるか」
「帝国め……どこまで卑劣な……」
「はい、そして――――もし帝国が流行り病を仕掛けたとするのならば、その時は治療薬もしくは予防薬を持っているはずです。そうでなければ自分たちにも災いが及びます。病に国境はありませんから」
共倒れ狙いならともかく、毒を使うなら解毒薬はセットだ。病なら治療薬や予防薬がなければ使えない。
「ということは帝国にも優れた人材がいるということになるな」
「イザベル嬢、特効薬は作れそうか?」
「はい、お話だと流行までにまだ二年ありますからね、なんとか――――いえ、絶対に間に合わせてみせますよ!!」




