第十一話 王家の呪い
「なるほど、それでイヴァリスはサルヴァリアへ留学していたんだな」
「ああ、帝国に対抗するには私自身がもっと強くなること、それだけでは足りない。周辺国を巻き込んだ形で対帝国包囲網を作り上げる必要があると考えたんだ」
カインと同じようにイヴァリスもまた王国の滅亡を回避するために動いていた。
イヴァリスの母、王妃の母国サルヴァリアは小国ながら民は強く、武術の発展した国だ。イヴァリスのさっぱりした性格や武の才はサルヴァリア王家の血を色濃く受け継いでいた。
回帰前よりも強くならなければならない――――そう痛感したイヴァリスは、更なる高みを目指してサルヴァリアでの武者修行を決めた。もちろんそれだけではない、陸路ではないが海上で帝国と国境を接しているサルヴァリアを同盟に巻き込むための留学というのがもう一つの目的であり本命だった。
「それで――――どうなんだ? サルヴァリアを同盟に引き込めそうなのか?」
「うむ、帝国に対する危機感をある程度共有することは出来ているが……それでもサルヴァリアにとって帝国は重要な貿易相手、同盟を前面に出せば帝国の怒りを買うことになるからな。当面は水面下で協力関係を続けて信頼構築をしていくしかあるまい」
現状、帝国とサルヴァリアの関係は良くも悪くもない、大口の商売相手といったところだ。未来を知っているカインやイヴァリスからすれば、そんな関係もワラキアと戦争している間だけだとわかっているし、サルヴァリアとて馬鹿ではないので理解はしているだろう。
それでも潜在的なリスクがあるからといって軍事同盟だ戦争だ、とはならない。国と国との関係はそんな単純なものではないのだ。
「まあ……そうだろうな。ただ、時間はそう残されていないのも確かだ、今はまだワラキアが牽制してくれているから良いが、もし陥落した場合――――次の矛先は間違いなく王国へ向くことになるだろう」
「ワラキアか……たしかカインの母君はワラキア出身だったと記憶しているが?」
「ああ、父上と母上が秘密裏に同盟へ向けて動いているようだが……やはりそのレベルの話になるとさすがに王家主導でなければどうにもならない。是非イヴァリスにも動いてもらいたいと思っているんだ」
ワラキアと王国、そしてサルヴァリアの三か国が軍事同盟を結んで歩調を合わせることが出来れば、さすがの帝国も簡単ではなくなる。だが帝国とてそんなことは想定しているわけで、当然そういった動きを牽制するために王国だけでなくワラキアやサルヴァリアにも間者を送り込んでいるだろう。下手に目立てばカインの両親がそうであったように狙われる可能性も高まる。
同盟に関しては、特に細心の注意と慎重な行動が求められるのだ。
「だがなカイン、その王家だが……お前も知っての通り状況はあまり良くない。実は父上の体調があまり良くないのだ。もし回帰前と同じであれば来年まで持たないだろう」
イヴァリスの父、賢王として知られるアレクシス=ヴァラステリアは数年前から体調を崩しがちで、ここしばらくは表舞台へ出ることが少なくなっている。そして――――十人以上いた王子のうち九人が成人する前に病死している状況だ。存命なのはまだイヴァリスの兄で十六歳の末弟ユーリ=ヴァラステリアのみ。
「王家の呪い……か」
暗殺されたわけでもなく原因もわからない、呪いと噂されるのも仕方ない状況だ。
「イヴァリス、もしかしたら呪いではなく帝国の手による毒殺ではないのか?」
思えば不幸の裏には常に帝国の影があった。
「うむ、私もその可能性は考えたが……宮廷医は毒殺を否定している。かといってこれといった治療法もないのだがな」
だが、もし王家の呪いや血筋による体質なのだとしたらイヴァリスだけ元気なのはおかしい。唯一存命のユーリも父ほどではないが病弱であると聞けば尚更だ。
「イヴァリス、ちょっと相談なんだが――――」
「これ、毒ですよ。ほとんど知られてないですけど極めて遅効性の毒で間違いないです」
イヴァリスの協力で兄ユーリの血液を調べたイザベルが断言する。
「やはり毒か……治せる薬はあるのか?」
「一番の特効薬は毒を飲まないことですね。この毒、継続的に飲ませないと思ったような効果が現れませんから」
「なるほどな、だが毒だとすれば、王妃や王女に影響が出ていないのはなぜだと思う?」
「単純な話です、この毒、女性にはほとんど効果が無いので」
「――――というわけだイヴァリス」
「くっ、ということは王宮内に毒を盛っている奴がいると言うことだな」
イヴァリスは怒りに震える。
「ああ、だが王族に継続的に毒を盛ることが出来る者となるとある程度限られてくるはずだ」
「そうだな……一番怪しいのは毒殺を否定していた宮廷医だが、料理人や給仕係にも犯行は可能だ。全員捕らえて拷問するしかないか……」
「待て、気持ちはわかるがそんなことをすれば王宮が立ち行かなくなってしまうだろ。大丈夫、もっと確実な方法がある」
カインの口角がわずかに上がり、唇がゆっくりと孤を描いた。
「給仕長、執事長が部屋まで来て欲しいと」
「執事長が? わかった、すぐに行く」
呼びつけられた給仕長は内心舌打ちする。偉そうにしていられるのも今の内だけだと呟きながら。
「執事長、ハンソクです」
「入ってください」
給仕長が部屋に入ると、メイド長や料理長など各部門の責任者が集まっている。
「実は王女殿下からサルヴァリアの珍しいお菓子の差し入れをいただきましてね、まあ……この機会に各部門の懇親を兼ねて簡単な茶会でもしようということなのですよ」
「なるほど、それは光栄なことですね」
給仕長ハンソクは席に着くと紅茶で乾いた喉を潤す。上等な茶葉らしく、素晴らしい香りが鼻腔をくすぐる。
「では私も一ついただきます」
菓子に手を伸ばしたハンソクだったが――――
「おや? 給仕長、その手どうなさったんです?」
「え? 手が何か――――うわああ!?」
ハンソクの指がまるで血塗れのように真っ赤になっている。
「ふむ、どうやら当たりのようですね――――」
執事長が合図を送ると部屋に衛兵が雪崩れ込んできてハンソクを拘束した。
「し、執事長、これは一体どういう……」
「さあ? 我々は指示通りに動いただけですので」
「――――というわけで実行犯は給仕長だった。イザベル嬢、お手柄だったな!!」
イヴァリスはイザベルへ心からの感謝を述べる。
今回使用された毒薬は無味無臭で特徴的な色もない。だが、とある物質に触れると真っ赤に変色する特性があり、イヴァリスは事前にその物質を使って調査していた。そして――――王族が使用しているカップにその反応が出たことにより給仕係に捜査対象が絞り込まれ、慎重な内偵調査の末に給仕長の犯行であることが実証されたのだ。
「イザベルがいなかったら正直お手上げだった。それにしても宮廷医ですら気付けなかった毒に気付いただけでなくその性質まで知っているなんて驚いたよ」
エリオットを救うためにイザベルを雇ったわけだが、思わぬところで助けられた形だ。カインも賞賛を惜しまない。
「宮廷医さまがご存じなかったのも無理はありません。私があの毒を知っていたのは……父があの毒で殺されたからです……」
衝撃の告白にイヴァリスもカインも言葉が出ない。イザベルの父と言えば王国屈指の薬師である。
「父は死ぬ間際、私に言いました、これは毒かもしれないと。そして全てを託して逝ったのです。だから――――私は徹底的に調べました。周囲が何と言おうとも自分自身が納得するまで研究を続けたのです。そして――――原因を特定して分析を終えたのがつい先日です。だから――――すぐわかったんです」
イザベルは肩を震わせながら独白する。これまでたった一人で戦い続けてきたのだ。父を暗殺された怒り、悔しさ、そして――――恐怖を抱えながら。
「なあカイン、帝国は……万が一にも気付かれないように先にイザベル嬢の父上を殺したのか?」
イヴァリスは血がにじむほど強く、強くこぶしを握り締める。その瞳には狂おしいほどの怒りが嵐のように渦巻いていた。
「……おそらくは。卑劣な連中のやりそうなことだ」
カインもまた、怒りに震える。
「イザベル嬢、すまない。お前の父上が殺されたのは我々王家のせいだ」
「っ!? それは違います!! すべてはこの国を狙う帝国のせいです、殿下、どうか頭をあげてください!!」
頭を下げるイヴァリスに縋りつくイザベル。
「外道が……!! イヴァリス、イザベル、約束する……お前たちの家族を殺した連中はひとり残らず俺が叩き斬ってやるとな!!」
回帰したのにそれでも救えない命がある。仕方ないなどと割り切れるはずもない。カインは何も出来なかった己の無力さに悔し涙を流す。
「ああ、そうだな……私も誓おう、必ず奴らに報いを受けさせてやると!!」
「カインさま、イヴァリスさま、私も微力ながら協力させてください!!」
父の仇、帝国に復讐するためイザベルも誓う、絶対に許さない、そして――――これ以上好きにはさせないと。




