第十話 回帰の双剣
「イヴァリス、キミに話があるんだ」
学院では学生同士敬称を使わないことが推奨されている。これは家柄による上下関係が出来ることを防ぐ意味もあるのだが、今回に限っては素で名前呼びしてしまっているカインである。
「あ、ああ……わかっている婚約の話だろう? なんというか……その、すまなかったな、いきなり婚約の話が来て困惑しただろう?」
いきなり名前呼びされて動揺するイヴァリスだったが、その前に自分がカインのことを先に名前呼びしたことに気付いていない。
「ああ、イヴァリス俺と結婚してくれ」
「ふえっ!? な、ななな、いきなりなんだ!?」
まさかの展開にイヴァリスは真っ赤になって狼狽える。
「すまん、嫌……だったか?」
叱られてシュンとしている仔犬のようなカインを見て、イヴァリスが慌てる。
「え、えっと……その、嫌とかじゃなくてだな……こういうのはもっと順序とか段階を経て――――って、私と結婚してくれるのか?」
「だからそう言っているんだが……?」
「ああ、そうなのか――――私はてっきりまた断られるとばかり――――」
イヴァリスは心から安堵した様子で、ソファーに座り込む。
だが、カインは彼女の発した言葉に鋭く反応した。
「……また? もしかして――――イヴァリス、お前も回帰したのか?」
「……お前もって……まさか――――カイン、お前も回帰したのか?」
ヴァラステリアには二本の聖剣が存在する。
太陽の聖剣『ソルフェリス』そして――――月の聖剣『ムーンステリア』
対を成す双剣は王国を守り勝利へと導く力を女神によって与えられているという。
『ソルフェリス』はカインが、そして――――『ムーンステリア』はイヴァリスの手にあった。
その二人がこうして回帰したという事実は――――偶然などではなく女神の祝福によるものであると確信するには十分だった。
「そうか……良かった……イヴァリス、俺は……ずっと謝りたかった」
「謝る? それは――――婚約を辞退したことか? それとも――――最期を共に出来なかったことか?」
「両方だ。そして――――俺は……お前も妹も……王国も守れなかったんだ……本当に大切なものだったのに俺は――――」
誰にも弱みを見せるわけにはいかなかった。だが――――今はカインが唯一本音をぶつけられる相手が居る。悔しさに泣き崩れるカインをイヴァリスはそっと抱きしめる。
「気にするな、婚約のことはタイミングが悪かっただけだろう? だから今回は早めに婚約を申し入れたんだ。まあ……いつまでたってもアプローチしてくれなかったことに関しては言いたいこともなくはないが……ただ――――婚約を受けてくれたのは罪悪感からなのか?」
イヴァリスが独り身を貫いていたのはカインのことが好きだったからだ。そうでなければ一度断られた相手にもう一度アプローチしたりはしない。彼女は王族なので、結婚が恋や愛だけによるものではないことを知っているし、それでも良いと考えているが、やはり恋する乙女としてはどうしてもカインの気持ちが気になってしまう。
「いや違う、俺はイヴァリス、お前を愛しているから、一緒にいたいと思ったから婚約を受けたいんだ」
真っ赤な顔で見つめてくるカインに耐えきれず顔を逸らしてしまうイヴァリス。
「そ、そうか、それなら良いんだ、うむ」
大好きなカインから愛していると言われてイヴァリスはもう限界だった。なにしろ超がつく真面目武人のカインから一度だってそんなことを言われたことがなかったのだ、不意打ちにも程がある。
「イヴァリス!!」
「ひゃ、ひゃい!?」
突然力強く抱きしめられてイヴァリスは目をグルグル回すことしか出来ない。抱きしめるカインも似たようなものだ。二人とも中身は成人しているが、恋愛に関してはお子さま並みの初心者である。
「もう二度と離さない」
「……うん」
迸る熱情のまま抱き合っていた二人だったが――――
「えっと……ごめんね、お邪魔だったかな?」
「……ズルいです。カイン私もお願いする!」
いつの間にかエリオットとリリアンが居て、真っ赤な顔で気まずそうにしている。
「う、うわあああああ!! ち、違うんだ、これはその……そ、そうだ、ち、力比べをしていたんだ」
「そ、そうだぞエリオット、カインが自分の方が力があると言うものだから私も仕方なく勝負を――――」
慌てて離れる二人だったが顔は真っ赤である。
「もう二度と離さない、……うん、とか言ってなかったっけ?」
「エリオットきさまあああ!! その口を二度と開けないように――――!!」
「カイン、頭だ、頭を狙え!! 強い衝撃を与えて記憶を消すんだ!!」
取り乱した二人が物騒なことを言い始めるが――――
「エリオットをいじめたら駄目」
リリアンの一言であっさり撃沈した。
「そうか、カインとイヴァリスが婚約していたなんて知らなかったよ」
「それじゃあこれからはイヴァリス姉さまって呼んで良い?」
「もちろんだリリアン、かわいい妹が出来て私も嬉しいぞ」
イヴァリスとリリアンがもうすっかり仲良くなっていることにカインはひとまず安心する。回帰したことについては、話したところで不安を煽るだけになってしまうだろうとイヴァリスと秘密にすることに決めている。
数日後、正式にカインとイヴァリスの婚約が発表されて学院は大騒ぎになったが、これ以上ないほど似合いの組み合わせであったため、内心嫉妬する者は多かったが、全体としては理想の組み合わせとして祝福ムードが広がっていた。
二人があえて婚約を公表したのは、学院で堂々と一緒に過ごすためだった。エリオットやリリアンは回帰のことを知らないので、どうしても二人きりで会う必要がある。ならばいっそのこと公認のカップルになってしまえば良いと判断したのだ。
「イヴァリス、この後ちょっといいか?」
「もちろんだカイン」
想定外だったのは、二人が一緒にいると山のような見物客が見守りに集まってくること。視線が気になって話どころではない。
仕方なく王族専用の個室へ行くのだが――――
「カイン……少しだけ」
「イヴァリス……」
個室に二人きりとなってしまえばイヴァリスが甘えてくるのであった。




