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笠井潔「夜と霧の誘拐」

作者: 井田雷左

久々に小説を読んだ気がする。

本作と同じミステリ以外も含めて、今現在この国で出ている小説は小説ではない。

ゼロ年代に普及したライトノベルは瞬く間に、四半世紀以上かけて、全ジャンルの小説をライト化した。

だからなのか、80、90年代の濃厚にして、構成力が優れた長編をものした島田、綾辻、京極らは薄い・ペラペラなものしか書けていないし、純文学とミステリのいいとこどりを書いていた池澤や奥泉も同様である。

それは純文学がまさに同様で、そしてみんな軽くなったのだ。

現在日本文学とは三島、大江、安部がアーキタイプとしていると思うのだが、それがことごとく軽く・薄くなっている。

この3作家を統合した小説家に村上春樹がいるのだが、彼こそは全小説ラノベ化の張本人である。


ところが、笠井潔の矢吹駆シリーズだけは相変わらず重厚で・濃厚でしかも面白い。

この人の書く評論や他の小説の近作はもう読んでないが、矢吹駆ものだけは読める。

もうそれはジャンル関係なく読める、つまり日本で出版される全小説で、狷介孤高を保っている。

それはなぜかというと、この作家の出自が埴谷雄高~高橋和巳~笠井潔という文学潮流にあるからだ。

(ちなみに高橋和巳フォロワーには佐々木譲や鈴木光司にもいるので、彼らが未だ小説らしい小説を書いていることは注目に値いする


フーダニット・サーカスの花形作家たちがボロボロになっていく中、本作はミステリとしてまず面白い。

誘拐に関する趣向が中盤で明かされるが、それは同期の誘拐名人であった岡嶋二人や連城三紀彦を思わせる。

そして真相は二転三転、四転五転する。

その間にシリーズのお約束である過去作への言及、ライバルであるニコライ・イリイチの暗躍、今回の哲学者(今回はハンナ・アーレント)との舌戦が始まり、その議論と作中での事件が概念的に相似形にあり、20世紀哲学・思想・人文と今回の事件は結ばれ、ラストは解決編の真犯人つるべ落としに今回の哲学者と矢吹駆の観念議論で殺人事件が人類史レベルに広がり、話は幕を閉じるがイリイチの介入が明かされ、物語は続くのである。


毎回、犯罪の種類と哲学者のチョイスと矢吹駆の事件と観念に対するアプローチを変えているだけのマニエリスムだが、それがとことん面白く、本シリーズはオレが幼稚園児の頃から続いている。

そして今回は哲学者も犯人も女性、そしてシリーズを通しナディアの存在があるから、笠井潔の小説の中でもどこか柔らかいトコがあり、そこいらがあの難解な高橋和巳の小説も妹萌えで優しさがあるような救われ方をしている。


事件の趣向の判り易さ、捜査展開の速さ、陰謀史観や柄谷光人の〈交換〉というトレンドの導入、そしてなによりハイデカー~アーレント批判に繋がる矢吹のイスラエル批判とシリーズ中でも屈指のデキで、ミステリ・娯楽要素と哲学・思想談義を兼ね備えた本シリーズ中ではトータルバランスでいちばんの完成度だと思う。

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