第二話:静香
「あれから早5年か。人生とは儚いものだな」
「そうですね。しかし、私のサタン様に対する忠誠心は永久に不滅です!」
「勝手にしろ」
俺たちはあの日から、今後どうするかについて話し合った。と言っても、ほとんど俺の命令だが。まずは資金調達をさせた。それは、早く施設から脱出するため。目標は、数億円だった。金というものは、なかなか集まらないのが普通。だが、1年で6千万くらいだったかな?と言うことは、5年で3億。結構集まった。
真澄は凄い奴だ。俺は、『合法な手段で金を集めろ』と言っただけだ。投資でもしたのだろう…おそらく。まぁ、そんな投資金がどこから調達したとかは関係ない。今、ここに金があれば良いのだから。ただ、これだけは聞いた。
「もしかして、体を売った訳ではないだろうな?」
「気になります?魔王様にしては珍しいことですね。心配なさらないで下さい、魔王様以外のゴミ虫には、興味などありません」
「そうか。」
俺はどうしたのだろう。こんな気持ちは初めてだ。しかし、これを顔に出さないのが俺だ。ニヤニヤしていたら、指揮を執ることは出来ないからな。
「魔王様、これからどうなさいますか?」
「施設を抜け、下僕を集める」
「では、いよいよですね」
「そういうことだ。真澄、家の手配をしろ。俺は、ここの理事長に挨拶してくる」
「御意!」
俺は理事長室へと向かった。理事長室は正面入り口を入り、右手に事務室があるが、その奥だ。
コンコン。
「どうぞ」
「失礼します」
そこには恰幅がよく、細い眼鏡をかけた女性が座っていた。この人がこの施設の責任者。いかにも理事長という名前にふさわしい、金の亡者のような顔立ちだ。
「あら、神武君どうしたの?」
「実は、今日限りでここを出ることにしました。真澄と一緒に」
理事長は待ってましたといわんばかりの笑顔で聞いた。
「大丈夫?まだここに居てもいいのよ?」
嘘だ。こいつの話すことは嘘、嘘、嘘ばっかり。腹のそこにあった怨念とも言うべき感情がふつふつ沸き上がってくる。
「まぁ神武君がそう言うのなら仕方ないわね」
俺がまだ返事をしないうちにさっさと納得している。本当に呆れてものも言えない。
「でも、お金や住む場所はどうするの?」
「それなら大丈夫です。3億ほどありますから」
「な、何ですって?さ、3億!!どうやってそんな大金を…」
このことには本気で驚いているようだった。予想はしていたが。
「それは内緒です。ご心配なさらずに、違法なことはしていませんから」
理事長は何事かを考えていた。そして、
「そのお金は没収します」
突然の発言だった。理事長は笑顔でそう言い、そのお金を何に使うか考えているようだった。
「はぁ?」
「これは、理事長命令です」
「なぜあんたに渡さなければいけないんだ?」
怒りの沸点までもう少し。
「施設にいる間は、私のルールに従ってもらいます」
俺は言うべきではなかったと後悔した。しかし、今からあれこれ考えても仕方がない。それに俺の能力で一番に消す奴はもう決まっている。そう、こいつ。どうやって消すかな?そう考えていたところ、誰かが来たようだ。
コンコン。
「はいどうぞ」
「失礼します」
「あら、ちょうどいいところに来たわ。影宮さん、神武君とここを出て行くそうですね」
理事長は真澄に微笑みかけた。問題児が2人も減ることに安堵している様子。
「はい、それが何か?」
真澄は至って冷静。
「出て行くのは構わないけど、あなた達が稼いだ3億円は没収させて頂きます」
「しかし、ここの規則では、自由にお金を稼いでも良かったのでは?」
「あっ、その規則はさっき無くしたの。これからは禁止にしますってね」
「どうやらいくら話しても無駄のようですね」
真澄は理事長の性格(一度決めたことは絶対に覆さない)を見抜いた。
「物分りが良い子ね。あなたのそういうところ好きよ」
「私は、あなたのそういうところ大嫌いです」
真澄は少し睨みながら言った。少し重い空気が部屋を流れる。
「はい、これで話はお終い!じゃあ3億置いて出て行ってちょうだい。どこにあるの?銀行?それとも部屋?」
理事長というお面を被った醜い化け物の本性を見た気がした。
「真澄下がれ」
「御意」
真澄はドアの近くまで後退。それに対し、俺は理事長の前まで前進。
「な、何なの!警察呼ぶわよ」
「ふっ、警察とは」
俺は自分の力を解放した。すると、俺の手の周りに黒い渦が発生した。その渦はどこまでも黒く、何もかも飲み込みそうなほどだった。その漆黒の渦は大きく膨れ上がり、理事長の頭から飲み込んだ。数秒後、黒い渦が晴れると、そこには理事長の姿はなかった。
「これが俺の力。しかし、一部だがな。どんなものでも一瞬で消す。どうだ、真澄?」
「すばらしいです!さすが我が主。私もその渦に包まれたい…。でも、包まれたらお役に立てなくなるし…」
真澄は真剣に悩んでいる。
「……。1つ言っておく。俺は消す相手を選べる。つまり、包んでも消さない事もできる」
「包まれたく御座います!!」
「また今度な」
「はい!」
俺たちは、真澄が手配した我が家へと向かった。真澄が手配した家は、都市部の高台にあり、とても広く、豪華だった。外見は西洋風の貴族屋敷。壁が白色で屋根が青色。2階建てだが部屋が何個あるのか検討もつかない。2人で住むには広すぎる。だが、これから日本を潰そうとする者はこれではまだ小さいかもしれない。
「どうやってこんな家を?3億では足りないだろ?」
「実は、あなた様の力になりたいと申している者がいまして。その者が、提供してくれたのです」
この広い世の中には物好きもいたものだ。庭もきれいに整えられている。犬と追いかけっこをしている少女がいてもおかしくない。
「ほ〜。でも、そいつとはどこで?」
「ついさっきです。詳しいことは、その者を交えて御話致します」
俺たちは、玄関を抜けると扉の前で立ち止まった。すると、ドアが勝手に開いたではないか。凄い家だと感心していると、1人の女が開けていた。何だ…期待して損した。
「お帰りなさいませ、魔王様、真澄様。」
その女は、黒のゴスロリを身に着け、メイドの格好をしていた。まさか…こいつがこの家を提供?
「静香、話があるから、応接間にいらっしゃい」
真澄は長年この家で暮らしてきたかのように静香という少女?に声をかけた。
「かしこまりました」
見回すと、シーンとした屋敷だ。豪華な屋敷なのにどこか寂しい感じがする。
「では、魔王様、こちらです」
事前に静香に部屋の間取りを聞いたのだろう。真澄は迷うことなく一室へと向かった。そこは、応接間と呼ぶに相応しい場所だった。トラの剥製や訳の分からない絵画が所狭しと飾られていた。俺はソファに腰掛、静香が来るのを待った。真澄は、俺の横に立っている。
「真澄も座れ。じゃないと話しづらい」
「分かりました」
真澄は俺の隣に腰掛ける。
コンコン。
「失礼致します」
家の者がノックをするとは…。
静香は、お盆の上にコーヒーと紅茶を載せてやってきた。そして、俺の前にコーヒーを、真澄の前に紅茶を置いた。
「有難う」
「いえいえ、滅相も御座いません」
静香はそっと俺の前に座った。
「では、もしかして静香がこの家を?」
「はい、そうで御座います」
「そうか、まずは礼を言わなければな。感謝している」
「……そ、そ、そんな」
静香は上手く舌が回らないようだ。首と手をブンブン振っている。
「では、私から説明させて頂きます」
真澄が俺の目を見て話す。
「頼む」
「まず、静香と出会ったのは先程。私が不動産屋に行く時です。この家の前を通り過ぎようとした時、この子が門から飛び出して来ました、青い顔をして。只ならぬ雰囲気を感じましたので、私は静香と話すことにしたのです」
「それで?」
「静香は、お嬢様として育ちました。しかし、両親の虐待が激しく、いつも世界を恨んでいたそうです。段々と虐待がエスカレートし、刃物で殺されそうになることもしばしば。そして今日、本気で殺されると思い、逃げ出して来たという訳です」
「成程、ずいぶん辛い目にあったんだな」
「はい…。私は誰かに助けて欲しかったのです。警察に言ってもお金で解決され、どうしたら良いのか分かりませんでした。真澄さんに会って、話をして、魔王様は凄い力の持ち主で、世界を変えて下さると聞きました。私は、魔王様のお役に立ちたいと思います。どうか私をあなた様のメイドにしてもらえないでしょうか?」
「断る!」
俺は真剣な顔で答えてやった。
「えっ…!?」
「とは言えないな。宜しく頼む」
静香は一瞬何とも言えない表情をしたが、すぐに笑顔へと変わった。初めは本当に断るつもりであった。一般人を参加させるのはどうかという気持ちがあったからだ。だが、静香のまっすぐな姿勢とこの家の財力に興味があった。
「ところで、その両親は?」
「実は、リビングに監禁しております。」
「真澄にしては珍しい。すぐに消さなかったんだな」
「はい、魔王様の意見を伺おうと思いまして」
「まずはその両親に挨拶と行こう」
3人はリビングへと入った。そこでは、手足をロープで縛られ、口にはガムテープが巻かれている静香の両親が壁にもたれ掛っていた。
「うぐっ、うー、んー」
何を言っているのか分からない。分かったところで意味も無いが…。
「さて、静香、どうする?」
「消して下さい」
即答だった。静香の目に迷いはなかった。親であれば、普通迷うだろう。よっぽど酷い目にあったのか。
「良いのか?」
「はい!私は魔王様について行きますから」
「後悔はしないか?」
「はい!」
「分かった。ところで、お前たちは何か言い残すことは無いか?」
そう言いながら、俺は2人分のガムテープを外した。
「し、静香ちゃん!ごめんなさい!私たちが悪かったわ。ね、許して!お願い!」
「静香、私は愛情で教育していただけなんだ!だから、頼む!助けてくれ!」
両親は目をウルウルさせながら、静香に懇願した。それに対して、
「……。あなた達は誰?私の知っている人?私は知らない。早くこの世から消えて」
薄情なまでの眼差し。
「静香ちゃん…」
「静香…」
2人は予想外の展開に口を開けている。見事なまでの静寂。
「こうなったら大声で叫ぶわよ!」
「お、おう!」
自分たちにのしてきたことはもっと酷い事なのに、自分のおかれた状況が逆転すると何としても生き残ろうとあがく。これが人間というものの本性なのだろう。
「醜い奴らだな」
俺は2人の目を見つめた。俺の瞳が赤く染まると、
「か、かは、がっ」
静香の両親は、苦しそうにしている。口の端から唾液がだらだらこぼれる。目はだんだんと充血してくる。
「これで、大声で叫ぶことは出来まい。」
そして、俺は、右手に刀をイメージした。すると、刃までもが真っ黒な刀が出現した。
「静香、これを貸してやる。これで止めを刺せ」
「仰せのままに」
静香は、ためらいもなく2人の心臓に刀を突き刺した。2人の体は見る見るうちにその刀に吸い取られていった。両親の最後の顔は恐怖に満ちていた。
「すごい!これが魔王様のお力…」
「ほんの一部だがな」
「言ったとおりでしょ」
「はい!」
こうして、この家は正式に俺の物となったのだ。