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  作者: Yonohitomi
一章
91/177

98.繰り返す因果



 蓮次と黒訝が森の奥へと駆け去った後も、異様な気配が残っていた。


 異形の鬼は、一歩も動かず、じっと立ち尽くしていた。


 鬼の身に刻まれた蓮次の爪痕が深かったのだろう。どうやら様子がおかしかった。


 切り裂かれた胸元からは黒い液体がどろりと落ちた。出血、とは言いにくく、まるで泥。その後、毒が回ったように鬼の肉が崩れ始めたのだ。


 時間とともに、傷が広がった。


 木々の影から、耀は静かに見つめていた。

 蓮次が攻撃をしかけ、黒訝が止めに入り、ふたりが逃げるまでを。


(もっと早く止めるべきだったか……)


 蓮次がとどめを刺す寸前、止めに入るか迷ったが、黒訝の気配が凄まじい勢いで近づいていたのを察知し、黒訝に任せた。


 耀は観察に徹したのだ。


 しかし、判断を誤ったかもしれない。

 

 ――このままでは鬼が死に、取り返しのつかないことになる。それは、


 “鬼殺しの呪い”


 鬼は、吼えるでもなく、じっと立ち続けていた。それは、崩壊へと向かっている。


 傷口から溢れ出す液体が、勢いを増し、鬼の体は膨れ上がり、今にも破裂しそうだった。


 耀はすぐさま距離を取る。

 直後、鬼の体は、木っ端微塵に爆ぜてしまった。


 肉片が木々を叩き、黒い瘴気が散る。原形を留めない残骸が辺り一面に広がった。


 鬼は、死んだ。


 耀は目を細めた。


(……致命傷だったか)


 蓮次はとどめを刺さなかったが、あの爪は、鬼の芯まで届いていた。


 つまり、蓮次は鬼を殺してしまったのだ。


 時を置いて果てたとしても、それは“蓮次が殺した”という結果に変わりはない。

 本人も黒訝も、その事実には気づいていないが。


 耀は静かにため息をつく。

 この死は、朱炎の一族にとって、重大な意味を持つものだ。


(……長のもとへ……行くしかない)


 耀は踵を返すと、静かに森を進んだ。蓮次と黒訝が向かった方向とは逆の、暗黒の森の中心部へと。


 蓮次が知らぬまま犯した“鬼殺し”。

 その代償がどれほどの波紋を呼ぶのかを、耀は過去に見て知っている。




 ここは、異形の鬼が屯する場所。

 彼らの縄張りに足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


 ざわりとした草の波が足元に触れる。這い寄るような気配が絶え間なく押し寄せ、耀は無意識に息を呑んだ。


 空気が冷えているのではない。皮膚の奥が凍てつくように、じわじわと何かが這い上がってくる。


 無数の視線に晒されている。


「……申し訳ございません、瘴斎しょうさい様」


 耀が足を止め、木々の間に向けて静かに声をかけた。すると、森の奥がぐるりと動いたように思えた。


 細長い肢体に、人とも獣ともつかぬ顔。濁った目に舌を這わせる異形の鬼たち。


 耀を目にすると何体かが慌てて木々に擬態した。耀を取り囲んでいる。


 その中央に、ひときわ異様な存在がいる。

 その者は、姿を変えることなく静かに佇んでいる。


 異形たちの“始祖”にして、支配者。長老・瘴斎。


 醜悪な姿の中に、異様なほど澄んだ双眸だけが、ゆるりと耀を捉えていた。


 「久しいな、耀……」



 


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