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  作者: Yonohitomi
一章
89/166

92.打ち砕かれて


襖にかけた手が震えていた。


中を覗いてはならないと分かっていながら、開いた隙間を広げようとしていた。


その時だった。


「何をしている」


背後から、低く、鋭い声。


反射的に体が跳ね上がる。あまりの驚きに、膝が砕け、蓮次はその場に尻もちをついてしまった。


振り向けば、そこに立っていたのは朱炎だった。


いつ現れたのか。音も気配もなく、まるで闇から浮かび上がったよう。


蓮次は身を縮こませた。


「い、いえ……何も」


声はかすれ、喉がからからに乾いていた。


朱炎は何も言わず、蓮次を見下ろしている。その目には怒りも驚きも浮かんでいない。ただ、静かに。


「来い」


その一言だけを残し、背を向ける。


蓮次は立ち上がり、言われるがままに朱炎のあとについて行った。





「……何をしていた」


朱炎の部屋で低い声が響く。


部屋は相変わらず暗く、重い空気が漂っている。

火はともされていたが、その光はどこか冷たい。


「……あの……」


問いに思うように答えられない。何をどう伝えればいいのか。


けれど黙っていてもこの状況は変わらない。朱炎はきっと全て見透かした上で待っているのだ。


「……何もすることがなくて、不安で。皆が動いているのに、自分は……」


朱炎の顔色をうかがうように言葉を紡いだ。けれど彼の表情は何も変わらない。


蓮次が居た堪れずに視線を落とす。すると低い声が静かに降る。


「ならば、烈炎の元へ行け」


「……はい」


「暇なら黒訝とともに動けばいい。見て、学べ」


朱炎はそれ以上話さなかった。

蓮次は、内心ほっとしたが、胸の奥ではまだ、不安が燻っていた。


鬼について学べ、と。


烈炎のところではきっと戦い方を教わるのだろう。けれど戦い方を知って、どうしろというのか。


黒訝たちのように、人を殺す仕事を任されるようになったら……。そう思うと、足が止まる。


(……人にも鬼にもなれないから)


考えれば気が滅入る。仕方なく、足を進めて烈炎の元に赴いた。


烈炎は気前よく迎えてくれて、稽古をつけてくれる事になった。


蓮次は、気合いを入れて稽古に臨む。


これで、自分の中の何かが変わるのならば。そんな期待もあった。


(……強くなろう。人でも、鬼でもないかもしれない。けど、強くなれば)


力があれば、心も強くなれるのでは?

そう考えた。


だが、現実は違った。


構えた瞬間にはもう、烈炎の拳が蓮次の鳩尾をとらえていた。


一瞬で視界が揺れ、地面に叩きつけられる。爪が地を引っかく。息ができない。


「ぐっ……あ……」


全身に激痛が走り、思わず声を漏らす。


傷はすぐにふさがると思っていた。だが再生しない。相手の力が強すぎるせいか、自分の体力が無かったせいか。


衝撃が強すぎて、混乱している。その間にも、じくじくと血が滲み、力が抜けていくのがわかった。


身体から鬼の力が少しずつ流れ出すように、力を失う。


「おい、マジかよ」


完全に想定外だったのだろう。烈炎はすぐさま蓮次を抱き上げ、屋敷に戻っていく。


その途中で、耀が駆けつけた。


「烈炎!……何があった?」


烈炎は気まずそうに頭をかく。


「悪ぃ。……まさかここまで弱いとは……ちょっと、昔の感覚で……」


「烈炎、少しは加減というものを覚えろ。今の蓮次様は、以前とは違うのだ。なぜ分からない」


耀の声は静かだったが、明らかな叱責がこもっていた。


「わ、分かってる……つもりだったんだけどな」


蓮次は、その会話を薄れゆく意識の中で聞いていた。


——以前の蓮次。


その言葉が、耳に残った。


耀も、烈炎も、“前の蓮次”を知っている。強かった蓮次を。それと比べて、今の自分は、烈炎の一撃すら防げない。


悔しかった。


本気で戦うつもりで臨んだ。


なのに、このざまだ。


黒訝と森の中で戦った記憶がある。五角に戦っていたのではなかったのか?と、自問自答する。


黒訝が本気じゃなかったのか。それとも烈炎が強すぎたのか。


薄れる意識の中、考えていたが、もう無理だった。力が抜けていく。自分の中から溢れてくることはない“鬼の力”が。


どうしようもなく情けない。


自分は、一体何なのか。


一瞬、瞼の裏に浮かんだのは、あの開きかけた襖の向こうにある「過去」だ。


どこまでも不確かなまま、蓮次は重いまぶたを閉じた。


重たい澱のような劣等感と、悔しさが渦を巻く。


鬼なったら、変わるのだろうか?


 


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