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  作者: Yonohitomi
一章
71/166

74.地獄とは


灼熱の炎が噴き上がった。赤黒い大地が大きく揺れた。割れ目から噴き出した火柱は凄まじかった。

熱風が吹き荒れ、砂煙と黒煙が入り混じり、舞い上がった。

だが、炎はすぐに静まった。

闇の中に赤い残光だけを残して。


蓮次の身体は焼かれ続けている。

肌は赤く光り、焼け焦げ、煙を上げて、また再生する。


大地はなお熱を帯び、周囲の空気すら灼き続けていた。


それらを見守る二つの影。


蓮次が黒訝を庇った瞬間も、黒訝が蓮次の首に手をかけた瞬間も、今なお苦しみにもがく蓮次の姿も、二人の鬼が見守っていた。


耀と烈炎。


二人は蓮次と黒訝のすぐ近くに立っている。

しかし、蓮次にも黒訝にも、彼らの姿は見えない。


階層が異なる。


「おいおい、あいつ、死なねぇのか。やっぱ強ぇな、蓮次!」


烈炎が感心したように声を上げる。だが、その横で耀が静かに首を振った。


「……いや、違う。蓮次様がまだ人間だということだ」


「……何!?」


烈炎が驚きの声を上げる。しかし、その声も炎の轟音にかき消された。


ここは地獄。

この炎は鬼も異形も悪鬼すらも一瞬で焼き尽くす。


だが、人間だけは違う。


死んだ人間を放り込んでも蘇り、死ぬことなく永遠に焼かれ続ける。終わりのない苦痛が待つ場所。


耀と烈炎は知っていた。ここで燃え続ける者たちを何度も見ている。

暗殺の任務で仕留めた人間の死体をここへ捨てることもある。


「……ここは、朱炎様がかつての蓮次様の死に様を見て、作った場所……」


耀が独り言のように呟いた。その声音にはどこか、自分自身に言い聞かせるような響きがあった。


「鬼が、苦しまずに死ねる場所を――」


耀の言葉に、烈炎が静かにため息を吐く。


鬼は強い。強すぎるがゆえに、時に死ぬことすらままならない。

朱炎は一族を強くするために鬼の間引きを行う。

弱い鬼は不要だ。しかし、鬼同士の殺し合いは禁忌。

鬼を殺すためには、まず悪鬼に落とさなければならない。

そして、悪鬼に落とすためには、想像を絶する苦痛を与える必要があった。

それが朱炎一族の掟であり常識だった。


だが、蓮次の最期を見た朱炎は変わった。


耀は目を伏せる。


「――蓮次様は、強くなりすぎて、死ねなかった」


朱炎が蓮次を見送った時、そこにあったのは鬼の誇りではなく、ただひたすら苦しみ続けた“魂”だ。


死にたくても死ねず、痛みの果てにようやく終わりを迎えた蓮次の魂。それを見た朱炎は、鬼の死に様について考えたのだ。


「だから朱炎様は、この場所を作った。鬼が、安らかに死ねるように…」


耀は静かに語り終えた。烈炎は黙って聞いていたが、再びため息をつき、口を開く。


「……皮肉だな。蓮次の苦しみを見て、鬼が楽に死ねる場所を作ったってのに……今ここで苦しんでるのは、また蓮次かよ」


炎の中で蓮次はうめきながら身をよじっている。

その前で、黒訝が拳を握りしめ、唇を噛みしめていた。


烈炎が堪えきれずに叫ぶ。


「おい!黒訝!嫉妬で動けなくなるなんてカッコ悪りぃぞ!」


黒訝には烈炎の声は届かない。

烈炎の言葉は的を得ていた。空気が揺れた。



黒訝は拳を握りしめたまま、立ち尽くしている。


――なぜだ?


蓮次は今、苦しみにもがき、声も出せないほど焼かれ続けている。

それを見て、黒訝の胸の奥底に絡みついていた感情が、怒りから別のものへと変わり始めていた。


――俺は、こいつに嫉妬してるのか?


蓮次が朱炎に選ばれたことが許せなかった。鬼としても半端な存在。なのに、朱炎に特別扱いされている。


気に入らなかった。でも、今目の前にいる蓮次は。

ただ苦しんでいるだけだ。


黒訝は蓮次のもとへ歩み寄った。


再生力を失い始めた蓮次の腕――残る熱で焼けただれている腕を掴み、黒訝は力強く引き上げた。


黒訝に引きずられる蓮次。抵抗する力もなく、無理矢理に足を動かしながら進む。


耀と烈炎は二人の後を追った。


「なぁ、なんで朱炎様は階層変えたんだ?」


蓮次と黒訝は別の階層に飛ばされていた。


「これじゃ守れって言われてもなんもできねぇじゃねぇか!」


烈炎が苛立った声を上げる。耀は少しの間を置いて、静かに答える。


「……おそらく、ただ見守れ、ということなのだろう」


その声色は冷静だったが、どこか暗かった。


簡単には戻れないようにしている――つまり、朱炎には何か考えがあるのだろう。


烈炎と耀は、ただ二人を見守ることしかできなかった。




黒訝は蓮次を引きずりながら進んでいる。


蓮次をどうする。

このまま引きずって、どこへ進もう?


 

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