76.凍りゆく心
蓮次の意識はもう、ほとんど霞んでいた。
熱い。痛い。苦しい。それだけしか考えられない。
黒訝に抱えられたとき、蓮次の肌が黒訝に触れてしまった。焼けつくような熱は黒訝の肌にも伝わったはずだった。
それでも黒訝は何も言わず、顔をしかめることなく、ただ前を向いて走っていた。
蓮次は、かろうじて残る意識の中で、自分の身体が黒訝に当たらないように気をつけた。
それが蓮次にできる唯一のことだった。
また、助けられている。
そう思うと同時に、違和感が生まれた。助けられているはずなのに。
もう無理かもしれない。
身体の感覚はほとんどなくなり、意識が遠のいていった。
情けない。
心が折れそうだった。
肌の内側で燃える炎。目を閉じても赤い炎に囚われている。
もう早く意識が途切れてほしい。
そう思った時、急に黒訝の足が止まるのを感じた。
蓮次はかすかに目を開けた。
――冷たい。
熱さで焼かれ続けた肺が、ひと息吸うだけで救われるようだった。炎に包まれる苦しみから解放される、そんな気がした。
だが、次の瞬間。
全身が宙に投げ出される。
唐突な衝撃とともに、蓮次の体は氷のような池へ叩き込まれた。
冷たさが一瞬で全身を貫き、呼吸が止まる。
熱さに慣れきった身体には、あまりにも急激な変化だった。思考が追いつかないまま、蓮次は池の底へと沈んでいく。
息ができない。
冷たすぎる水が喉を塞ぎ、反射的にもがいた。水面を目指し、力の入らない体を必死に動かす。
やっとの思いで顔を出し、咄嗟に空気を吸い込む。
そして、池の淵に向かって泳ぎ、腕を伸ばした。
上がらなければ、また沈んでしまう。
そのとき、視界に黒訝の足が映った。
次の瞬間、蓮次は強く引き上げられ、そのまま地面へと投げつけられた。
乱暴に投げ出された衝撃で、視界が揺れる。顔を上げた先に、黒訝の背中があった。
助けられた。けれど、こんなふうに放り出されるとは思わなかった。
蓮次はぐったりと横たわったまま、荒い息を整える。
燃えるような熱はすっかり消えていた。
焼け焦げるような痛みも苦しみも、すべて冷たい水が洗い流してくれたようだった。
なのに、心は静まらない。
助けられたことに安堵しながらも、胸の奥に小さな棘が残った。
黒訝の背中を見つめながら、息を整える。
荒々しさと乱暴さに、どこか朱炎と似たものを感じた。
これが、強いということだろうか?
これが、鬼というものだろうか?
(……もう……いいかな……)
ありがとうと伝えるには、あまりに疲れすぎていた。心も、身体も。
もう、限界。
蓮次はゆっくりと目を閉じる。




