70.地獄へ
「何やってんだ、朱炎!!!」
烈炎が、轟くような怒声と共に朱炎の元に飛び込む。
焦燥と怒りに満ちた声だった。
朱炎が今しがた蓮次と黒訝を地獄の谷へと投げ飛ばした。その所業に、烈炎の血が煮えたぎっていた。
「正気か!! あいつらを殺す気か!!!」
烈炎の足が地を踏みしめると、熱気が爆ぜた。
「せっかく戻ってきたんだろ!! 何やってんだよ! てめぇは!!」
その時だった。
シュバッ――!
一瞬の衝撃。烈炎の横頬を狙った攻撃だった。
「烈炎!!!」
怒声と共に現れた耀。
「口の聞き方に気をつけろ!!」
烈炎は間一髪で交わしたものの、納得できず、顔を顰めた。
「は……? お前、今の状況、分かってんのかよ……!!」
烈炎は拳を握る。しかし――
「……烈炎」
静かに、その場を制する声が降りた。
烈炎に向けられたのは、揺るぎない眼差し。
圧倒的な力を背負った、冷徹な王の目だった。
烈炎が息を呑む。
「お前には力を授けたはずだ。私の息子を守れ、と命じたはずだが?」
低く、落ち着いた声。
しかし、その言葉の重みが烈炎の胸に鋭く突き刺さる。
烈炎は思わず奥歯を噛み締めた。
「くそっ……」
朱炎の視線がすっと耀に移る。
耀はすぐに姿勢を正し、静かに頭を下げた。
「朱炎様……ですが、これは……些か手厳しいのではと……」
恐る恐る言葉を選びながら、朱炎の様子を窺う耀。
沈黙が満ちた。
夜空を流れる雲の間から、静かに月が覗いた。
月明かりが朱炎の横顔を照らす。
朱炎の口元に、わずかな微笑。
「死なぬ……」
鼻で笑うように言い残し、朱炎は振り返ることなく立ち去った。
烈炎と耀は、動けなかった。
朱炎は何を考えているのか――
静寂の中、烈炎と耀の視線が交差した。
「……行くぞ。」
烈炎が低く言うと、耀も一拍置いて頷いた。
迷いを振り払うように、二人は蓮次と黒訝が投げ飛ばされた地獄の谷へと向かった。




