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  作者: Yonohitomi
一章
65/166

68.巧妙


耀が部屋に駆け込んだ時、朱炎は静かに座していた。


漆黒の衣が淡い灯りに照らされ、長い黒髪が流れるように肩へ落ちている。

ゆるりと顔を上げた朱炎。赤い瞳が耀を捉えた。


「どうした、耀」


あまりにも落ち着いた声音に、耀は戸惑う。

努めて冷静に状況を説明した。


森に広がる負の気配。次々と悪鬼に堕ちる鬼達。

黒訝の異常な戦いぶりについても、端的に話す。

しかし。


「それで?」


朱炎の反応はあまりにも淡白だった。

まるで取るに足らぬことを報告されたかのような態度を見せる朱炎。

耀は不安を覚える。


「今、次々と悪鬼に……」


「ならば谷で燃やせ」


朱炎は一言そう告げると、つまらなそうに視線を逸らした。


「我が一族に弱い鬼は不要だ」


低く、淡々と響いた。

耀は言葉を失った。


確かに、朱炎の価値観では弱者の淘汰は当然のこと。


だが、この状況。

彼は動くつもりがないのか——?


耀は焦燥に駆られながら、次の言葉を慎重に選ぶ。


「黒訝様の暴走が激しく……彼自身が悪鬼に堕ちる寸前です」


それでも朱炎の表情は微動だにしない。


耀は考えた。

朱炎を動かすためには、もっと効果的な言葉が必要だ。


「——蓮次様に眠る力も原因かと」


この言葉ならば。

朱炎は無視できないはずだった。



沈黙。



朱炎がふっと鼻で笑った。

燻る炎のような微笑を浮かべ、朱炎は重い腰を上げる。


刹那、気配が消えた。


耀はそれを感じ取り、ようやく深い息を吐いた。——が、その息が喉で詰まる。


「耀」


耳元で名を呼ばれる。

低い響き。

ぞくり、と背筋が凍りつく。


耀が振り向くより早く、背後を圧で覆われた。


朱炎だ。


「巧妙だな」


声が、ひどく愉しげだった。


次の瞬間、朱炎の手が耀の手首を捕らえ、もう片方の手が首筋へと添えられる。

指先はゆるやかでありながら、決して逃れられない力が込められていた。


「私を動かすための言葉か?」


朱炎の吐息が耳を掠める。


「……操れるとでも?」


朱炎の声音は笑みを含んでいた。

その深層に潜むものは決して軽いものではない。


ぞっとするほどの威圧と異様な気配が、耀の神経を容赦なく縛る。


「……い、いえ……状況を……」


辛うじて、声を絞り出す耀。


朱炎はゆるやかに、しかし逃れられない強さで手首を押さえつけ、首筋へと指を滑らせた。


「良い判断だ」


低く、満足げな声。


「お前が求めるなら、後で褒美をやろう」


そして、闇に溶け込むように。

朱炎の気配は完全に消えた。


冷たい指先の感触だけが肌に残っている。

耀は恐怖で、すぐにはその場を動けなかった。



 ̄ ̄ ̄



戦場の中心では、黒訝と蓮次が交錯していた。


木々を蹴り上げ、空を裂くようにぶつかり合う二つの影。

残像すら追えぬほどの速度。鋭い爪が宙を裂き、衝撃で周囲の空気が重く震える。


その戦いを、朱炎は、余裕の笑みで見上げていた。

赤い瞳に、二人の「鬼」の姿。


混乱する戦場には、負の力が満ちている。

荒れ狂う鬼たちうめき声。悪鬼に堕ちた者の叫び。


朱炎は微塵も動じない。


むしろ、この混沌すらも計算のうちであるかのように、静かに立っている。


口元に笑みを浮かべながら。

冷たくも、どこか満足げだ。


黒訝が荒れ狂い、蓮次がそれを受ける。

負の感情が渦巻き、森全体が歪んでいる。


朱炎はただ静かに——まるで舞台の幕が上がる瞬間を楽しむように、その光景を見守っていた。


 

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