63.燃える赤、冷めた紫
黒訝は怒りに満ちていた。
朱炎に「守れ」と言われたことも、その対象が蓮次であることもすべてが気に食わない。
酷い目にあった。
蓮次が起きるまで地下室に閉じ込められて。
しかし、これはこれで良い機会となった。
黒訝は地下室で頭を冷やしながら考えることができた。
蓮次を潰したら、どうなるのか。
自分が、朱炎に、耀に、周りの鬼たちにどう思われるか。
蓮次を殺したら、父は何を言うだろう。
おそらく、自分の命も無くなるだろう、悔しいが。
父は完璧な「鬼」なのだ。
蓮次への執着は、遠くから見ていてもはっきりと分かる。
黒訝はもう諦めようと思った。
だからこそ、考えて、考えて、導き出した答えはひとつ。
関わらない。
蓮次に関わるのは自分を貶めるだけ。
無駄な争いを起こせば、待っているのは父の失望と、自分の立場の危うさ。
蓮次を見ると腹が立つ。
ならば、最初から距離を取ればいい。
蓮次の存在など、なかったものとしてしまえばいい。
だから、三人での行動が決まったとき、黒訝は決めていた。
蓮次を見ない。目に入れない。
蓮次を撒いて、先に行く。
だが、うまくいかなかった。
黒訝が速度を上げても、瞬間移動を交えても、何をしても、蓮次はついてきた。
気づけば背後にいる。影に隠れても、蓮次には見えているらしい。
何度目かの瞬間移動のあと、黒訝はふいに立ち止まった。
「……!」
黒訝の爪が、蓮次の腕に突き刺さった。
黒訝は蓮次の顔を狙って攻撃したが、蓮次は腕で顔を庇った。
そして攻撃を受けたまま、突っ立っている。
表情も変えず、じっとしている。
黒訝は舌打ちして後ろへ跳んだ。
「なぜ避けない!」
伸びた爪を構えたまま、黒訝は怒鳴った。
素直に攻撃を受けるなど、愚か者のすることだ。
だが、蓮次の腕の傷は、すぐに再生した。
「うるさい。体調が良くない。あまり動きたくない。お前と戦うつもりはない」
確かに、覇気のない声だった。
冷めた表情。そして、どこか空虚な印象を受ける。
「お前のせいで、俺がどんな目に遭ったか分かってるのか!」
黒訝は叫んだ。だが、蓮次は短く答える。
「知らない」
黒訝の怒りが膨れ上がった。
刹那、飛びかかった。
爪を伸ばし、力のかぎり蓮次を引き裂く。
蓮次は飛び退くこともなく、その場で攻撃を受けた。
避けるつもりがないのか、それとも。
傷が治ることに甘えているのか。
黒訝は攻撃を重ねた。何度も。何度も。
やっと、蓮次が避け始める。
「もう、いい加減にしてくれ!!」
蓮次が叫んだ。
やる気の無さそうな蓮次が、やっと声を荒げたのだ。
黒訝の唇が、ゆるやかに笑みに歪む。
そうだ、もっと喚け。
蓮次を追い詰める感触が、たまらなく心地いい。
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耀は近くの岩に腰を下ろし、静かに二人を見ている。
この光景を、どう捉えるべきか。
黒訝の激しい怒りが炸裂している。そして、ただ攻撃を受け続けていただけの蓮次は今、怒りを露わにして応戦している。
耀は無言でそれを眺めていた。
「そうか……黒訝様が」
ぽつりと呟く。
耀には見えた。過去と現在の違いが。
かつての蓮次は、独りだった。 だが、今回は違う。
黒訝がいる。
『いずれ、黒訝が蓮次を支え、蓮次が黒訝を支える』
耀は朱炎の言葉を思い出した。
二人がどんな形で交わるのか——。
(あの時、朱炎様には見えていたのか……)
耀は頬杖をつき、ただ穏やかに二人を見守った。




