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  作者: Yonohitomi
一章
51/166

54.追憶


黒訝を部屋から下がらせた後、朱炎は静かに目を閉じた。



黒訝の反応は予想通りだった。


あれほどまでに蓮次の存在を拒絶するのも無理はない。何も知らずに育ったのだ。突然現れた者を「兄」と呼べと言われても納得できるはずがない。



朱炎はふと、あの夜の記憶に引き戻された。


紅葉が、鬼の屋敷ではなく、人間の住む場所で蓮次を育てたいと言い出した時のこと。




「お前はそれでいいのか」



そう問いかけた時、紅葉は強く頷いていた。



「……私の願いです」



頑なな声音だった。


紅葉は蓮次を鬼として育てることを拒んだ。

彼女は前世の記憶を持たなかったが、魂の奥深くに刻まれていたのだろう。

もう、過酷な運命を背負わせたくない、と。



かつて最強の鬼であり、無惨な最期を迎えた蓮次。その魂を宿す子を、鬼にはしたくないのだろうと、朱炎は考えた。



納得できなかった。蓮次は鬼になるべきだ。


それでも、紅葉の願いを否定することはできなかった。彼女が前世で最後に遺した言葉が、胸に重く響いていたからだ。



『鬼である必要はありますか?』



紅葉は人の世界を望んだ。前世でも、今世でも。

だからこそ、朱炎はそれを叶えようとした。


人の世界で生きられるよう、人里の近くに住居を用意させ、信頼できる者に託し、あらゆる手を尽くした。


だが、思わぬ誤算があった。赤子が生まれた日。

蓮次が生まれたこの日、襲撃を受けたのだ。


他所の鬼たちが襲ってきた。


襲撃を予期していなかったわけではない。烈炎や耀をはじめ、多くの鬼を配置していた。


だが、その夜は鬼だけではなく「人間」も動いた。


鬼を退治することを生業とする術者たち。人間たちは、式神を放ち、結界を張り、鬼封じの術を施した。

朱炎の配下ですら、その襲撃のすべてを防ぎきれなかった。


朱炎はすぐに紅葉のもとへ駆けつけた。

彼女は瀕死の状態だった。

蓮次を守ろうとしたのか、それとも、襲撃の混乱に巻き込まれたのか。

彼女の傷は深く、このままでは命が危うかった。



そして、この混乱の中、生まれたばかりの赤子、蓮次が消えた。



朱炎は、耀に蓮次の捜索を任せ、自らは紅葉を抱きかかえてその場を離れた。紅葉の命を救うことが、まずは最優先だった。


耀ならば、蓮次の気配を追えるはずだと信じた。


だが——蓮次はどこにもいなかった。


朱炎の配下の誰もが、耀ですら、その行方を辿れなかった。



朱炎は紅葉の回復を待ちながら、同時に蓮次の行方を追っていた。

翌日、ようやく蓮次の存在を感じ取った。だが、そこは人間の屋敷だった。


蓮次は「保護されている」と言ってよかった。決して鬼の手には渡らず、人間として生かされていた。


朱炎はその事実を紅葉に伝えた。



紅葉はしばらく沈黙し、そして、こう言った。



「……それが、この子の運命なのかもしれません」


「紅葉」


「鬼にしないでください。人として、あの子を人として生かしてください」



紅葉の声は震えていたが、迷いはなかった。



蓮次が人間の屋敷で暮らしているのを、朱炎はずっと見守っていた。

もし、鬼としての力が覚醒すれば、すぐに連れ戻すつもりだった。だが蓮次は人として生き続けた。



あの夜——人間に殺されかけるまでは。



結局、紅葉の願いを叶えられず、今はもう蓮次を鬼に変えてしまった。




朱炎は目を開けた。

もし今、紅葉が生きていたら、どんな顔をしただろうか。



朱炎は、もう答えを知ることはできない。


 

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