8話
夜闇に紛れるように進む。
絶対に見つかってはいけない。
しかし、次の瞬間。
胸の奥を鋭い刃で貫かれるような、深い痛みが襲った。
「……っ!」
体中に走る激痛。思わず片膝をつき、口元を押さえる。
顔面蒼白になり、冷や汗が流れ落ちた。今までの痛みとは比べものにならないほど。
蓮次は何も考えられずただ耐えることしかできなかった。
しかし、運命は残酷だ。
小さなうめき声が漏れた瞬間、敵の見張りに気づかれてしまった。
視線が交わった。
刹那、見張りが刀を抜き放つ。
「何者だ!」
蓮次は痛む胸を抱えながら必死で逃げ出した。
しかし。
追っ手はすぐに追いついてきた。
暗闇の中、彼は次々と切りかかる敵の攻撃を避け、ひたすら逃げる。
逃げるが勝ち。
しかし、敵の数が多い。
――逃げられないかもしれない。
けれど、こんなところで、死にたくない!
一瞬の隙を狙い、体の小ささを有利に使い、敵の足元をくぐり抜けた。
上手く逃れた、そう思った。
その時――。
ザシュッ――!
鋭い刃が蓮次の背中を深々と切り裂いた。
衝撃に足元がふらつき、地面に崩れるように倒れそうになる。
「……ダメだ……ここで、死んだら……」
最後の力を振り絞り、目に入った小さな物陰に逃げ込んだ。
幸い大人では入ることができないような通路に繋がり、そのまま外へと出ることができた。
「はぁ…っ…」
血は滴り落ち、痛みは骨まで染み入っている。
それでも、父上の期待に応えたい。
追っ手に捕まる前に、と近くの林へと駆け込んだ。
それから数日。
蓮次は森の中でひっそりと忍んでいた。
夜の冷たさが体を蝕む。
傷口から流れ出る血は固まり始めている。痛みはあるがなんとか動けた。
普通の人間であればとっくに命を落としていただろう。
しかし、蓮次はなぜか生きている。
体は冷え切ったままであるが。
その後も蓮次は深い森の中に身を潜め続けていた。
絶対に追跡されてはいけない。
確実に追っ手が居ないことを確認してから家に戻るつもりだ。
もう数日は様子を見るつもりだ。
森の中で川を探し、水を得て、木の実を食べた。少量の食料でも腹の足しになった。
川に映る自分の姿は、とても情けなかった。
父に、なんて報告したら良いだろう。
「任務を……果たせなかった……」
背もたれにしていた樹に額を押し当てる。
まぶたが重く、視界が霞んでいく。
喉の奥に詰まった寂しさが、彼を蝕んでいた。
「……もし、父上が、期待していたなら……」
失望させてしまうだろう。
父の厳しい目が浮かび、胸が締め付けられる。
けれど、帰らないわけにもいかない。
蓮次は立ち上がり、ようやく屋敷を目指した。




