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  作者: Yonohitomi
一章
48/165

51.浮いた者、沈んだ者


畳の上に重ねられた布団に、蓮次は身を預けるようにして横になっていた。まどろんでいるうちに、意識はするすると深みに沈んでいった。



「ここは……」



あの処刑台。


朱炎に連れられて訪れた、朽ちた場所。風に晒され、黒ずんだ木の柱がそびえている。

ひどく古びているのに、そこに刻まれた何かはまるで昨日の出来事のように生々しい。


蓮次は足を踏み出した。


視界の隅に、微かに揺れるものがあった。縄だ。かつて誰かを縛りつけていたもの。


その場に立つだけで、体が強張る。息が詰まる。



――ここで、死んだ。



ふと、わかってしまった。

喉の奥がひりつく。胸に重い痛みが走った。


蓮次は何気なく、古びた木の柱に触れようとした。



その瞬間。



世界が反転した。



視界が揺らぎ、足元が沈む。空気が飲み込まれるように歪んだ。



――落ちる!



暗闇の底へ、引きずり込まれるような感覚。


それは途中でふわりと軽くなり、浮かんでいるような感覚に変わる。


見渡しても闇。

しかし、暗闇の底に何かがいた。




――鬼だ。




蓮次は息を呑んだ。

全身に悪寒が走る。血の気が引き、身体の芯が凍りつくような寒気がする。あまりに恐ろしい鬼の気配。



あの部屋の主だ。



鬼が顔を上げた。闇の奥で、双眸が光る。紫の輝きが鋭く、静かに。



蓮次は恐ろしくなり、声を上げそうになる。



そこで、弾かれたように飛び起きた。



視界が揺れ、呼吸が乱れる。


夢だ――そう分かっていても、生々しくて、ただの夢とは思えなかった。


背中に冷や汗が伝い、じっとりと濡れている。


蓮次は荒い息を整えながら、思考を巡らせた。




――大体、分かった。



朱炎の目にいつも映る「誰か」は、きっとあの鬼なのだろう。

彼はいつも鬼になれと言う。

つまり、あの鬼に代わって生きろということか。



……納得がいかない。



あんな化け物になりたくない。


けれど、あの鬼は強いのだろう。



確信があった。あの禍々しさ。存在感。強さの象徴のような鬼だった。



強くなれば、朱炎は認める。旅の途中、何度も感じた。



朱炎に認められたい。


心の奥底から湧くこの感情は、何なのだろう。


強くなりたい。




だが、今の蓮次では到底無理だった。

朱炎から力を与えられなければ、まともに動くことができない。

自ずから力が湧いてくることもない。


人でもなく、鬼にもなりきれず、何者でもなかった。むしろ、異形に近い存在。弱き者。


今も、旅の疲れが抜けきらず、力は枯渇している。



蓮次は畳の上にぐったりと横たわった。


畳の香りが鼻をくすぐる。その静かな匂いが、沈んだ心をわずかにほどいた。部屋に残る穏やかな温もりは、蓮次をそっと包み込んでいた。



(……これから、どうする……?)


鬼の屋敷で、生きるのか……。



思考の渦に囚われる蓮次。



不意に襖の開く音がした。

反射的に身を起こそうとするが、身体が言うことをきかない。


身体は畳に沈み込んだまま、視線だけを向ける。




そこには、朱炎がいた。



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