51.浮いた者、沈んだ者
畳の上に重ねられた布団に、蓮次は身を預けるようにして横になっていた。まどろんでいるうちに、意識はするすると深みに沈んでいった。
「ここは……」
あの処刑台。
朱炎に連れられて訪れた、朽ちた場所。風に晒され、黒ずんだ木の柱がそびえている。
ひどく古びているのに、そこに刻まれた何かはまるで昨日の出来事のように生々しい。
蓮次は足を踏み出した。
視界の隅に、微かに揺れるものがあった。縄だ。かつて誰かを縛りつけていたもの。
その場に立つだけで、体が強張る。息が詰まる。
――ここで、死んだ。
ふと、わかってしまった。
喉の奥がひりつく。胸に重い痛みが走った。
蓮次は何気なく、古びた木の柱に触れようとした。
その瞬間。
世界が反転した。
視界が揺らぎ、足元が沈む。空気が飲み込まれるように歪んだ。
――落ちる!
暗闇の底へ、引きずり込まれるような感覚。
それは途中でふわりと軽くなり、浮かんでいるような感覚に変わる。
見渡しても闇。
しかし、暗闇の底に何かがいた。
――鬼だ。
蓮次は息を呑んだ。
全身に悪寒が走る。血の気が引き、身体の芯が凍りつくような寒気がする。あまりに恐ろしい鬼の気配。
あの部屋の主だ。
鬼が顔を上げた。闇の奥で、双眸が光る。紫の輝きが鋭く、静かに。
蓮次は恐ろしくなり、声を上げそうになる。
そこで、弾かれたように飛び起きた。
視界が揺れ、呼吸が乱れる。
夢だ――そう分かっていても、生々しくて、ただの夢とは思えなかった。
背中に冷や汗が伝い、じっとりと濡れている。
蓮次は荒い息を整えながら、思考を巡らせた。
――大体、分かった。
朱炎の目にいつも映る「誰か」は、きっとあの鬼なのだろう。
彼はいつも鬼になれと言う。
つまり、あの鬼に代わって生きろということか。
……納得がいかない。
あんな化け物になりたくない。
けれど、あの鬼は強いのだろう。
確信があった。あの禍々しさ。存在感。強さの象徴のような鬼だった。
強くなれば、朱炎は認める。旅の途中、何度も感じた。
朱炎に認められたい。
心の奥底から湧くこの感情は、何なのだろう。
強くなりたい。
だが、今の蓮次では到底無理だった。
朱炎から力を与えられなければ、まともに動くことができない。
自ずから力が湧いてくることもない。
人でもなく、鬼にもなりきれず、何者でもなかった。むしろ、異形に近い存在。弱き者。
今も、旅の疲れが抜けきらず、力は枯渇している。
蓮次は畳の上にぐったりと横たわった。
畳の香りが鼻をくすぐる。その静かな匂いが、沈んだ心をわずかにほどいた。部屋に残る穏やかな温もりは、蓮次をそっと包み込んでいた。
(……これから、どうする……?)
鬼の屋敷で、生きるのか……。
思考の渦に囚われる蓮次。
不意に襖の開く音がした。
反射的に身を起こそうとするが、身体が言うことをきかない。
身体は畳に沈み込んだまま、視線だけを向ける。
そこには、朱炎がいた。




