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  作者: Yonohitomi
一章
46/177

53.拒絶



 黒訝は影に身を溶かしながら、離れた位置から蓮次の部屋を見つめていた。


 胸の奥では形を持たない黒い感情が静かに蠢いている。

 部屋の中で何が起きているのかは分からない。だが、気にせずにはいられなかった。

 不用意に近づけば、朱炎や耀に察知される。それだけは避けねばならない。

 つい先ほど、朱炎に叱責されたばかりだった。


──蓮次に敵意を向けるのは愚かだ、と。


 そして、あの言葉。


「蓮次は、お前の兄だ」


「……は?」


 耳を疑った。

 突然現れた「人間」を兄として受け入れろというのか。そんな話、聞いていない。


 だが、脳裏をかすめる記憶があった。


 朱炎にはかつて、ひとりの子がいたという。その存在は最強の鬼と呼ばれていた。


 しかし、その鬼は、とうの昔に人間に討たれたはずだ。


 真偽を確かめようと何人かに尋ねたことがある。だが、誰も口を開かなかった。

 それが禁忌であるかのように。 


 ──まさか。


 あの存在が、「戻ってきた」とでもいうのか。


 いや、違う。

 蓮次は人間だ。

 朱炎が無理やり鬼の力を与えただけの存在。

 生まれながらの鬼ではない。

 鬼に変えられたのだとしても、完全な鬼特有の気配を感じられない。


 それに、父は弱者を嫌うはずだった。

 それにもかかわらずあの弱い人間を特別扱いしている。


 つい先ほど、朱炎は蓮次に力を授けていた。

 鬼の力を流し込む行為──だが、それはかつての拷問とも単なる強化とも違っていた。

 まるで、大切なものを分け与えるような仕草だった。


 黒訝の胸に、抑えきれない苛立ちが広がる。


 その感情に引きずられるように、朱炎とのやり取りが脳裏によみがえった。


 「父上、理解できません。なぜ、人間が兄になるのですか」


 問いに対し、朱炎は静かに答えた。


「蓮次は、お前と同じ母の血を引いている」


 全身を冷たい感覚が貫いた。


「母上は屋敷にいたはずです。それなのに、なぜ蓮次は人間の地に?」


「……見失った」


 ありえない。

 朱炎が、父が、自らの子を見失ったというのか?


 朱炎は淡々と語った。


「お前の母は、人の世で蓮次を育てることを望んだ。鬼の屋敷を離れ、別の地で身ごもり、産んだ。だが出産の日に襲撃された」


 怒りが胸を突き上げる。


「なぜ見張りを置かなかったのですか。なぜ母上を独りにしたのですか」


「……私の責だ」


 その言葉は重く響いた。


 実際には烈炎や耀を含む複数の鬼が警護についていたという。

 だがその日は、人間側も動いた。鬼を討つ力を持つ、特別な存在たちが。


 混乱の中で蓮次は姿を消した。気配すら辿れなくなったのだと。


 黒訝は納得できなかった。

 問い詰めてもそれ以上の説明は得られなかった。

 けれどどうしても確認せずにはいられない事がある。


「最後に一つ、教えてください」


 低く問いかける。


「なぜその後、母を鬼にしなかったのですか」


「お前の母は、鬼として生きることを拒んだ」


 その言葉が、胸の奥を鋭く裂いた。


 もし、母が鬼になっていたなら──

 自分は半端な存在ではなく、完全な鬼として生まれただろう。


 父を理解できない。

 母を許すこともできない。

 そして蓮次は──排除すべき存在だ。


 黒訝の内に広がる闇は、確実に濃さを増していった。



***



 黒訝は再び影に身を潜め、蓮次の部屋を見張っていた。

 先ほど、朱炎は耀と短く言葉を交わし、耀だけが部屋へ入っていった。

 中の様子は分からない。


 やがて、耀が壺のようなものを抱えて姿を現す。

 その動きは慎重で、目的を悟らせない。

 蓮次に関わる何かだ。耀は朱炎の命で動いている。

 確信が胸に落ちた。

 黒訝は音を立てぬよう距離を取り、耀の後を追う。


 

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