49.見えざる鎖
襖が静かに閉じられた。中にいる蓮次を守るように。
布団にしがみつく蓮次の姿はとても痛々しいものだった。
今は、そばにいるよりも一人にしておくべきだろう。
耀はそう考え、手にした札をそっと襖の端に貼った。
札から広がるのは、微かに揺らめく鬼の術。
何かあればすぐに察知できるように――それを見越しての術だった。
――苦しんでいる。
耀は言葉にはしなかったが、胸の奥が締めつけられるような感覚を覚えた。
鬼の身でありながら、これほど誰かを気遣うなど、おかしな話だ。しかし、どうしても蓮次の事となると、胸が締め付けられる。
以前から、そうだった。
ふと振り返ると、廊下に烈炎が立っていた。腕を組み、無言でこちらを見ている。
「……見てられねぇな」
烈炎がぽつりと呟いた。
耀は何も言わずに頷き、襖を一瞥してから歩き出す。烈炎もその後に続いた。
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二人が歩くのは、日の当たらない暗く長い廊下。
「なぁ、耀。蓮次って、前の蓮次とは違ぇんだよな? 記憶もねぇんだろ?」
耀は歩みを緩め、静かに応じる。
「ああ。今の蓮次様は、前世の蓮次様とは別人だ」
「だよなぁ……。けどさっきの様子、なんか変だったろ。前の蓮次の部屋に入れた時は、怯えきってたくせに……紅葉様の部屋には引き寄せられるみてぇに入ってった」
耀は一瞬、目を伏せた。
「おそらく蓮次様は、前世の記憶に引きずられている。自分の部屋を拒絶したのも、紅葉様の部屋に引き寄せられたのも……」
「でも、記憶はねぇんだろ?」
「記憶がなくとも、魂が覚えていることはある」
烈炎は「難しいこと言うなぁ」と頭を掻きながら納得がいかない様子で続けた。
「じゃあ、紅葉様の時もか?」
「紅葉様も前世の記憶はなかった。だが、人として生きたいと、お腹の子を鬼の屋敷ではなく人が生きる場所で育てたいと言っていた。記憶がなくとも、前世の影響は、何かあるはずだ」
耀の言葉に、烈炎は黙り込んだ。しばらく考え込むように歩いた後、不意に口を開いた。
「でもよぉ、記憶がないのに、なんで前世に縛られるんだ? そんなの、ただの呪いみてぇなもんじゃねぇか」
耀はゆっくりと歩を止め、烈炎を見た。
「……呪いとは違う。ただ、魂というのは、記憶とは別の何かを刻んでいるのかもしれない」
「なんだよ、それ」
「まぁ、ただの推測に過ぎないがな」
烈炎は、耀の話を消化しきれない様子で、ため息をついた。
「……なんつうか……」
「……ああ、言いたい事は分かる。あまり気持ちのいい話ではない」
二人は再び歩き出した。
静かな廊下を歩き続け、やがて薄闇を抜ける。
差し込む陽の光は、どこか遠いもののように思えた。
 




