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  作者: Yonohitomi
一章
44/165

47.影になる者



門の影に潜むようにして、黒訝はじっと前を見つめていた。


朱炎が帰ってくる。それだけならいつものことだが、今日は違う。


──あの人間を連れて戻ってくるのだ。


長い旅に出た朱炎が、あろうことか人間を連れ歩いている。そのこと自体が、黒訝にとっては到底受け入れがたいことだった。


なぜ父上が人間などに執着する?

耀も烈炎も、なぜあの半端者に期待する?


黒訝は唇を噛んだ。


あの人間のことはよく知らない。

ただ、朱炎の元に連れてこられ、毎日毎日鬼の力を押し込まれ、死にかけながらも生き延びている。

そんな噂を耳にしていた。そして実際に見に行ったこともある。


その時の印象は最悪だった。


歯を食いしばり、苦痛に歪んだ顔。

力を受け入れず、ただ耐えるだけの弱い姿。


見ていて苛立ちしかなかった。


「半端者め」


思わず吐き捨てた言葉だ。

そんなヤツが、なぜ今も生きている?


黒訝は拳を握りしめた。


自分こそが朱炎の息子であり、一族の未来を背負う者だ。

なのに、朱炎はなぜかあの人間に目を向ける。


焦りと苛立ちを押し殺しながら、黒訝は門の影から顔をのぞかせた。


黒訝はゆっくりと目を閉じる。


影に溶けろ。


形をなくせ。


身体の輪郭が、闇の中に染み込むように薄れていく。


己の存在を、空間の一部に紛れ込ませる。


それはただ気配を殺すのとは違う。

何かの影になり、視界の端にも映らなくなる。


これが黒訝の持つ特殊な力だ。


朱炎すら、この力を使った黒訝を即座には見つけられない。

まして、蓮次ごときに察知できるはずがない。


──俺は、ここにはいない。


そう、自分に言い聞かせながら、じっと様子を窺った。




朱炎が戻ってくる。


そして、その横には──


蓮次。


黒訝は息を飲んだ。


蓮次は堂々と歩いていた。


以前見た、弱々しく、苦痛に歪んでいた姿とはまるで違う。

まるで別人のように、肩の力を抜き、静かに、しかし威圧感を纏っている。


鬼らしさすら感じる。


そんなはずはない、と黒訝は思った。


だが、目の前にいる蓮次は──


まるで生まれながらの鬼のように見えた。


「……っ」


黒訝は無意識に爪を立てた。


周囲の鬼たちが、朱炎に頭を下げる。

そして蓮次にも。

誰一人として逆らわず、自然と頭を下げた。


黒訝の喉がひりついた。


なぜだ?

なぜ、誰も何も言わない?

なぜ、皆が頭を下げている?


半端者だったはずの人間が、ここまでの風格を纏うことができるのか?


黒訝は必死に冷静を保とうとしたが、胸の内側から焦りがせり上がってくる。


まさか、本当に──


「……あいつ……鬼になったのか?」


自分でも無意識に呟いていた。

朱炎の隣に並ぶ蓮次を、黒訝は睨みつけた。


蓮次は、気づいていない。

だが、黒訝はもう分かってしまった。


この人間は──


もしかすると、自分よりも朱炎に近い存在になってしまう。


胸の奥が熱く、そして真っ黒に染まっていく。


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