44.夢か、それとも
朦朧とする意識。曖昧な景色。
体中に冷たい何かが何本も刺さっている。
痛みは鈍いが、骨に響くような不快感が全身を締めつけた。
しばらくすると、冷たさに加えて、激しい衝撃が落ちてきた。
それは容赦なく、執拗に、何度も。
蓮次の視界は徐々に鮮明になっていった。
――膝をついていた。
木の台の上、柱に縛られたまま。
陰陽師のような衣をまとった人間たちが周囲を取り囲んでいる。
静寂。けれど、その空気は張り詰めていて、ひどく冷たい。
そして、また――刺される。
鋭く、冷たく、無慈悲な刃が胸元を貫いた。
息が止まる。
痛みは鈍いが、内側を抉るような感覚が残る。
刺さったまま、冷気が体の奥まで侵食していく。
……ひどく、不快だった。
それで終わりではなかった。
雷が落ちる。
耳をつんざく轟音。視界が白く焼きつく。
直後、全身が痙攣し、骨の奥まで衝撃が突き抜けた。
焼け爛れたはずの体は、すぐに再生を始める。
だが、治るが早いか、また錫杖が突き刺さる。
繰り返し、何度も、何度も。
耐えきれず、呻き声が漏れた。
――悲しかった。
自分を拷問しているのが、人間だということが。
彼らの手は冷たく、まるで鬼を裁くかのように迷いがなかった。
……違う。
これは――何かがおかしい。
今までの夢では、拷問していたのは鬼だったはず。
なのに、今の夢では――人間が、鬼のように自分を痛めつけている。
一体、どちらが真実なのか。
その疑念が、焼け跡のように胸に残る。
蓮次はそこで目を覚ました。
重たい意識が浮上し、朧げだった視界が輪郭を取り戻す。
廃屋の天井は所々崩れて穴が空いている。
そこから差し込む昼の光が、強烈な暑さを帯びていた。
外は良い天気なのだろう。
蓮次はゆっくりと体を起こした。
すると、ふわりと何かが滑り落ちる。
白い布。
……いや、違う。
手を伸ばし、指先で確かめる。
柔らかく、上質な織り。丁寧に仕立てられた着物だった。
「……朱炎か」
誰がこれを置いたのか、考えるまでもなかった。
あの男が、自分に着ろと言っているのだろう。
蓮次は掛けられていた着物を手に取った。
そのまま羽織りながら、自分の体を確かめる。
しなやかで、引き締まった青年の体つき――
「……戻された?」
呟いた声には、僅かに困惑が滲んだ。
昨夜まで、蓮次の体は三歳児のように小さかった。まるで無力な存在に戻されたかのようだったのに。
今は、元の体に戻っている。
不自然なまでに、何事もなかったかのように。
全身に鈍い痛みがあった。
成長痛のような感覚だが、蓮次にとってはさほど気にならなかった。
その時、不意に肌が焼けるような違和感を覚える。
熱い。
反射的に腕を見下ろすと、穴の空いた屋根から降り注ぐ直射日光が、皮膚を赤くただれさせていた。
「……っ」
蓮次は咄嗟に影へと身を移す。
壁際の薄暗い場所に入ると、肌を焼く痛みがじわじわと引いていくのが分かった。
日差しを避け、改めて着物を身に纏う。
その布は驚くほど馴染んで、炎の熱を遮るような心地だった。
朱炎の気配はない。だが、蓮次には分かっていた。
あの男は、必ず戻ってくる。
何を考えているのかは分からない。
なぜ体を戻したのかも、なぜここに置き去りにしたのかも。いつも、何も説明されない。
それでも、蓮次は確信していた。
「待つしかないか……」
そう呟き、蓮次は態勢を整えて座り直す。
胸の奥では、先ほどの夢がまだ燻っていた。
鮮明すぎる、まるで過去の記憶のような夢。
“鬼に拷問されていたはずの自分”。
それがもし、最初から違っていたとしたら――
蓮次はそっと瞼を閉じた。
目を逸らすように。
けれど、消えない疑問と共に。
そして、静かに、朱炎の帰りを待った。




