4.鬼の言葉
蓮次は近頃、同じ悪夢に囚われ続けていた。
たまにしか見なかったはずの悪夢が、最近では毎夜現れるようになった。
しかも、その内容は次第に鮮明になっていく。
夢の中で蓮次を拷問し続ける鬼の姿。
それがかつてないほどはっきりと刻まれ、その赤い瞳が蓮次を見据える。
恐怖が全身を貫いた。
ある日、夢の中で鬼が言う。
「お前を迎えにいく」と。
その言葉が響いた瞬間、蓮次は激しく飛び起きた。
冷や汗が背中に滲み、荒い息が部屋の静寂を乱す。
心臓は怒鳴るように鼓動し、手の震えを隠すこともできない。
膝を抱えるも、どうしようもない恐怖が蓮次を夜の闇に閉じ込めていた。
夢は、彼の精神を徐々に蝕んでいった。
連夜の悪夢に加え、眠りの浅さが続き、目元には疲労の影が宿る。
日々の夜の見回りと剣術の稽古が重なり、体力は削がれていく。
もう、限界だ。
ついに、父に相談する決意を固めた。
夕刻。
蓮次は稽古のあと、父に歩み寄る。
「父上……鬼と戦う方法を、教えてください」
父は一瞬、怪訝そうに眉をひそめたが、蓮次の様子を見て黙り込んだ。
その頼みが奇妙なものであることは明白だった。しかし、蓮次の異変を確かに感じ取っていたようだった。
父は静かに話を始めた。
それは、祖父が若かった頃、ある武将が鬼退治に赴いた話だった。
祖父もその一行に加わり、鬼と対峙したが、命からがら戻ったという。
しかし、父自身には鬼と戦った経験はないらしい。
「蓮次、どれだけ剣を振るっても、見えない恐怖には勝てぬ。心を強く保つことだ」
父はそう言い残すと、稽古を切り上げて部屋から出ていった。
蓮次は父の言葉を胸に刻もうと努めた。しかし、夢の中の鬼の存在は、ますます強まるばかりだった。
夜ごと眠りにつくたび、鬼の拷問が待っているという恐怖が胸を締め付ける。 目を閉じることすら嫌になっていた。
日々、蓮次の表情は沈み込み、目の下には青黒い影がさらに色濃く浮かび始める。
稽古でも集中を欠く場面が増え、兄や弟たちも心配の色を見せ始めた。
そして、また夜が訪れる。
蓮次は部屋に戻り、体を横たえるが、恐怖が眠りを拒んでしまう。
それでも目を閉じる。
やがて、疲労に押し流されるように眠りに落ちると、再びあの夢が蓮次を捕えた。
鬼の赤い瞳がじっと蓮次を見つめている。
手を伸ばし、冷たい声が耳元で囁く。
「待っていろ、すぐに迎えにいく」
蓮次は叫び声を上げて目を覚ました。
体は激しく震え、誰もいない薄暗い部屋の中で、静まり返った夜の闇に飲み込まれる。
恐怖が深く染み渡る。