41.届かない思い
昼下がり、二人は洞窟にて休んでいた。
湿った岩肌から滴る水音が小さく響く。
蓮次は岩に寄りかかるように座り込んでいる。目を閉じ、頭の奥に響く鈍い痛みを堪えるように歯を食いしばっていた。
「朱炎……」
掠れた声が洞窟の中に滲む。
目の前には、冷然とした朱炎の姿がある。
闇を裂くようなその存在感は相変わらずだった。
彼を見上げながら、力なく言葉を紡ぐ。
「……力……たりない……。ください……」
朱炎は目を細める。その瞳は蓮次を捉えているが、どこか遠くを見ているようでもあった。
無言のまま蓮次に歩み寄ると、静かに腰を下ろした。
「いいだろう」
低い声が、洞窟の空気を揺らす。
朱炎が手を伸ばし、蓮次の胸元に触れた。
「っ……!」
ひやりとした感触が皮膚を突き刺すように広がる。
――鬼の力が、流れ込む。
かつてのような激痛はない。だが、身体の中に異質な力が流れ込んでくる感覚に、呼吸が詰まり、心臓が一瞬止まったかのように感じる。
「っ……ぁぁ……っ……!」
蓮次の身体が反応する。力とともに血液が急激に巡り、細胞の隅々にまで染み渡る。痙攣が止まらず、声を上げる。
「落ち着け」
朱炎の低い声が頭上から聞こえる。気づけば朱炎に体を支えられていた。
蓮次は歯を食いしばり、耐えていた。
次第に鬼の力が馴染み始めると、震えは徐々に収まり始めた。
力の流入が終わったと分かるのは、朱炎の手が離れていく頃。
背を支える温もりが消えると、蓮次の身体は再び冷たい岩に沈む。
蓮次は手を伸ばした。
「まって……」
震える手が、朱炎の袖を掴んだ。
「ここにいてほしい……」
朱炎は足を止め、振り返る。赤い瞳は、袖を掴む蓮次に向けられている。
力なく囁く蓮次の声には、切実な願いが滲んでいた。
朱炎は袖を掴む蓮次の手を見つめ、ほんの少しだけ眉を動かし、その場に座り直した。
蓮次は朱炎の存在を感じながら、ゆっくりと瞼を閉じていく。
鬼の力を送り込まれるたびに、強大な力が身体を駆け巡る。その後、いつも耐え難い疲労感が押し寄せる。
そして、決まって眠りに落ちるのだ。
「……」
蓮次は目を閉じたまま、朱炎がそこにいるのを感じ取っていた。
眠りにつくまでの間、傍にいてほしい。
やがて、浅い呼吸を繰り返す蓮次の身体は完全に脱力し、規則的な寝息が洞窟の中に響いた。
朱炎は眠りに落ちた蓮次を見下ろしていた。
そして、かすかなため息をつく。
蓮次の頼りない掴み方と、その小さな願いを思い返しながら。
***
力が欲しい。
その願いは、何度も胸を締めつける。生き延びるため、戦うため……そう言い聞かせていたが、本当は違うのだと気づいていた。
朱炎に見てほしい。
何の言葉を貰えないとしても、力を注がれるときの一瞬だけ、朱炎の視線は確かに自分に向けられている。
心の奥底でその瞬間を求めてしまう自分がいることに、気づかないふりをしていた。
認められたいと。
奥底から湧く感情。
どうして、こんな気持ちになるのだろう?
***
最強の鬼として育てた息子が死ぬ直前まで求めたもの。それが何かを知っている。知っていながら与えなかった。
優しさを見せることは弱さに繋がると思っていた。
しかし今、目の前にいる子も同じものを求めている。
息子に与えられなかったものを、せめてこの子に……と。
だが、この子にも強く生きてほしいと願う。これは、押し付けになるのだろうか。
***
『どれだけ力を尽くしても、あなたが振り返ることはなかった。
血に濡れた手を差し出しても、「まだ足りない」と突き放される。
焦りと苛立ちの中で、ひたすら走り続けた。
あなたに認めてもらえる日を夢見て。
でも、それが叶う前に俺の身体は崩れ去った。
俺は、この子が羨ましい……
俺ならもっと、鬼として強く生きられます。
もしこの子の体を乗っ取って、蘇る事ができたなら。
次こそは俺を、見てくれますか?』




