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  作者: Yonohitomi
一章
34/177

41.届かない思い


 昼下がり、二人は洞窟にて休んでいた。


 湿った岩肌から滴る水音が小さく響く。


 蓮次は岩に寄りかかるように座り込んでいる。目を閉じ、頭の奥に響く鈍い痛みを堪えるように歯を食いしばっていた。


「朱炎……」


 掠れた声が洞窟の中に滲む。

 目の前には、冷然とした朱炎の姿がある。

 闇を裂くようなその存在感は相変わらずだった。

 彼を見上げながら、力なく言葉を紡ぐ。


「……力……たりない……。ください……」


 朱炎は目を細める。その瞳は蓮次を捉えているが、どこか遠くを見ているようでもあった。

 無言のまま蓮次に歩み寄ると、静かに腰を下ろした。


「いいだろう」


 低い声が、洞窟の空気を揺らす。

 朱炎が手を伸ばし、蓮次の胸元に触れた。


「っ……!」


 ひやりとした感触が皮膚を突き刺すように広がる。


 ――鬼の力が、流れ込む。


 かつてのような激痛はない。だが、身体の中に異質な力が流れ込んでくる感覚に、呼吸が詰まり、心臓が一瞬止まったかのように感じる。


「っ……ぁぁ……っ……!」


 蓮次の身体が反応する。力とともに血液が急激に巡り、細胞の隅々にまで染み渡る。痙攣が止まらず、声を上げる。


「落ち着け」


 朱炎の低い声が頭上から聞こえる。気づけば朱炎に体を支えられていた。


 蓮次は歯を食いしばり、耐えていた。

 次第に鬼の力が馴染み始めると、震えは徐々に収まり始めた。


 力の流入が終わったと分かるのは、朱炎の手が離れていく頃。

 背を支える温もりが消えると、蓮次の身体は再び冷たい岩に沈む。


 蓮次は手を伸ばした。


「まって……」 

 

 震える手が、朱炎の袖を掴んだ。


「ここにいてほしい……」


 朱炎は足を止め、振り返る。赤い瞳は、袖を掴む蓮次に向けられている。

 力なく囁く蓮次の声には、切実な願いが滲んでいた。


 朱炎は袖を掴む蓮次の手を見つめ、ほんの少しだけ眉を動かし、その場に座り直した。


 蓮次は朱炎の存在を感じながら、ゆっくりと瞼を閉じていく。

 鬼の力を送り込まれるたびに、強大な力が身体を駆け巡る。その後、いつも耐え難い疲労感が押し寄せる。

 そして、決まって眠りに落ちるのだ。


「……」


 蓮次は目を閉じたまま、朱炎がそこにいるのを感じ取っていた。

 眠りにつくまでの間、傍にいてほしい。


 やがて、浅い呼吸を繰り返す蓮次の身体は完全に脱力し、規則的な寝息が洞窟の中に響いた。


 朱炎は眠りに落ちた蓮次を見下ろしていた。

 そして、かすかなため息をつく。

 蓮次の頼りない掴み方と、その小さな願いを思い返しながら。



***



 力が欲しい。


 その願いは、何度も胸を締めつける。生き延びるため、戦うため……そう言い聞かせていたが、本当は違うのだと気づいていた。


 朱炎に見てほしい。


 何の言葉を貰えないとしても、力を注がれるときの一瞬だけ、朱炎の視線は確かに自分に向けられている。

 心の奥底でその瞬間を求めてしまう自分がいることに、気づかないふりをしていた。


 認められたいと。

 奥底から湧く感情。


 どうして、こんな気持ちになるのだろう?



***



 最強の鬼として育てた息子が死ぬ直前まで求めたもの。それが何かを知っている。知っていながら与えなかった。


 優しさを見せることは弱さに繋がると思っていた。

 しかし今、目の前にいる子も同じものを求めている。


 息子に与えられなかったものを、せめてこの子に……と。


 だが、この子にも強く生きてほしいと願う。これは、押し付けになるのだろうか。



***



『どれだけ力を尽くしても、あなたが振り返ることはなかった。

 血に濡れた手を差し出しても、「まだ足りない」と突き放される。

 焦りと苛立ちの中で、ひたすら走り続けた。

 あなたに認めてもらえる日を夢見て。


 でも、それが叶う前に俺の身体は崩れ去った。


 俺は、この子が羨ましい……


 俺ならもっと、鬼として強く生きられます。

 もしこの子の体を乗っ取って、蘇る事ができたなら。

 次こそは俺を、見てくれますか?』


 

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