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  作者: Yonohitomi
一章
32/177

38、39話


 朱炎は再び姿を消した。

 それが何度目なのか、蓮次にはもう分からない。


 夜になると異形が現れ、朝になるまでにげ続ける。


 「まただ……くる」


 闇の底で、蓮次は息を殺した。

 不気味な光が点り、異形が這い出してくる。


 走り、転び、追われ――気づけば、地面には倒れ伏す異形の群れ。

 血に濡れた自分の手を見て、胸が冷たくなった。


 「……まただ……」


 記憶が、なくなる。

 傷は塞がり、体は動く。

 それが何よりも怖かった。


 恐ろしいのは敵ではない。

 自分自身が、少しずつ鬼に近づいていることだ。


 (……いやだ、鬼に、なりたくない…)


 だが、その思いが胸に満ちた瞬間――

 静寂が訪れる。


 異形の気配が消え、空気が張り詰めた。

 朱炎がそこに立っていた。


 赤い瞳が、蓮次を見下ろす。


 「良い戦いっぷりだ」


 簡素な一言。

 それなのになぜか嬉しさがこみあげる。


 褒められるはずがない。

 覚えていない戦い、恐怖に支配された自分。

 それでも、朱炎の言葉は深く刺さった。


 ――ずっと「父」に求めていたもの


 まるで、自分ではない誰かの感情のよう。

 だが――


 朱炎は本当に俺を褒めたのか?


 (俺を、見ていない……)


 その違和感が胸を締めつけた。


 「……力が……ほしい……!」


 自分でも驚くほど、切実な声だった。


 「代償を恐れるな……受け入れる覚悟を持て」


 朱炎はそう言い、近づいた。

 だが、蓮次の体は本能的に後ずさる。


 恐れが勝った。

 次の瞬間、朱炎の姿は消えていた。


 ――試されたのだ。


 後ずさるくらいなら鬼の力は与えない。そういうことだろう。


 異形が再び集まり、夜が戻る。

 ここで戦わなければ、もう朱炎は来ないかもしれない。

 そう思い、歯を食いしばる。


 鬼になりたいわけじゃない。

 けれど、あの瞳に映らない自分が耐えられなかった。


「戦うしかない」


 だが、鬼の力は湧いてこない。

 与えられた力は底を尽き、体力も削られて。

 夜明け前、蓮次は倒れた。


「蓮次……」


 霞む視界の中、朱炎がそこに。


「力を受け入れる覚悟は?」


「……ある」

 

 朱炎の手が胸に触れ、凍てつく感覚が走る。


「でも、やっぱり……いやだ……」


 拒絶の声は、無視された。


 鬼の力が流れ込む。

 痛みが全身を引き裂き、悲鳴が夜を裂いた。


「力がほしいと言ったのはお前だ」


 そう、言葉だけを残し、朱炎は背を向けた。


 

***



 それから数日。


 夜は戦い、朝に力を注がれる。

 拒めば苦しみ、受け入れれば鬼に近づく。

 朱炎の背中を見つめ、蓮次は叫んだ。


 「お前の思い通りにはならない!」


 だが、朱炎の瞳はまた別の誰かを映している。

 自分ではない、何か。


 「もう、元に戻してほしい……」


 「人間には戻れぬ」


 「違う……!」


 蓮次は震えながら訴えた。


 「このままじゃ戦えない。小さすぎる。せめて元の大きさに戻してくれ」


 自分でも恐ろしかった。

 恐怖ではなく欲望で震えている。


 また、脳内で誰か知らない声がする。


 『俺はただ、あなたに認めてもらいたかった』


 戸惑う蓮次に、朱炎は言う。


 「戻すつもりはない」


 短く、冷酷な返事。


 朱炎は洞窟の外へ視線を向けた。



 変わるためには――

 もっと、深く沈むしかない。

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