3.続く悪夢
太陽が沈み、ようやくこの部屋から出られる。蓮次は静かに立ち上がった。
誰かに「出るな」と命じられたわけではない。ただ、自分から進んで外に出る気になれなかったのだ。
――この暗がりが、自分にはふさわしい。
いつだって、薄暗い部屋に閉じ込められているような気分だった。その閉塞感を受け入れている自分こそが正しいのだと、思い込もうとしていただけかもしれない。
ひとつため息をつき、蓮次はそっと戸を開けた。
中庭を横切り、兄たちのいる方へと歩み寄る。すでに稽古を終えた兄が、水を口にしているところだった。
蓮次の気配に気づいた兄は、軽く手を振りながら笑みを浮かべて言った。
「これから稽古か?」
蓮次も微かに笑みを返し、「ああ。今夜も父上が付き合ってくださる」と答えた。
その言葉を口にした瞬間、胸の奥に小さな申し訳なさが芽生える。
父は日中、兄や弟の稽古を見ている。それなのに、夜は自分一人のために時間を割いてくれるのだ。
まるで、自分が父を一日中縛りつけているかのような気がしてならなかった。
夕闇が深まり、空が紫から濃紺へと染まりゆくころ、蓮次は静かな足取りで稽古場へ向かった。
そこに立つ父の背筋はまっすぐで、凛とした威厳が漂っている。
その姿に、蓮次は自然と身を正し、深く息を吸った。
剣を握る手が、かすかに震える。恐怖ではない。頭の奥で、わずかに痛みが響いているせいだった。
稽古の間、その鈍い痛みはずっと続いた。
視界がぼやけるような感覚に襲われ、一瞬、剣の動きが鈍る。
普段なら正確に打ち込める型も、どこか調子が狂っていた。
それでも、父の厳しい眼差しに応えようと、蓮次は無理やり身体を動かし続けた。
その夜、見回りの任務を終えた蓮次は、足早に自室へ戻った。
屋敷はすでに夜に包まれ、あたりには冷え冷えとした闇が広がっていた。
廊下の隅々には、不気味な影が落ちている。風の音さえ聞こえず、妙な静けさに満ちていた。
心の奥に、得体の知れない何かが忍び寄るような不安が芽生え始めていた。
布団に身を横たえ、目を閉じる。
意識が、ゆっくりと沈んでいく。
そして――蓮次は、深い闇の中で、あの赤い瞳を見つけた。
鬼の姿。
圧倒的な力でねじ伏せられ、肉体を抉られ、鋭い痛みが身を貫く。激痛が全身を走り、骨が砕け、皮膚が裂ける。
だが奇妙なことに、蓮次の身体はすぐに再生する。そしてまた、鬼に囚われ続けるのだった。
なぜ、自分はこんなにも痛めつけられるのか?
答えのない問いが頭を巡り、蓮次は無意識にこう願っていた。
――助けに来ないでください、父上……
これが、いつもの夢。
もし父がここに現れたら、未来が変わってしまう。
絶対に、来てはいけない――その思いだけを胸に、痛みに耐えながら願い続ける。
恐怖が胸を締めつける中、夢の中の鬼の姿が鮮明に浮かび上がる。
その瞬間、蓮次は飛び起きた。
冷たい汗が額を伝う。呼吸が浅く、乱れている。
何か、恐ろしいものがすぐそこに迫っているような気配。
何度深呼吸しても、体の震えは止まらない。
闇に覆われた部屋の中、蓮次は不安に包まれながら、静まり返った夜の空気に身を委ねていた。