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  作者: Yonohitomi
一章
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4〜6話



 近ごろ、奇妙な視線を常に感じる。

 悪夢も増えた。

 しかも、その内容は日に日に鮮明になる。


 ある日、夢の中で鬼が言う。


「お前を迎えにいく」と。


 蓮次は激しく飛び起きた。


 もう、限界だ。

 ついに、父に相談する決意を固めた。


 夕刻。

 蓮次は稽古のあと、父に歩み寄る。


「父上……鬼と戦う方法を、教えてください」


 父は一瞬、怪訝そうに眉をひそめた。

 蓮次の様子を見て黙り込む。まるで、その頼みが奇妙だと言いたそうな表情で。


 けれど、父は話し始めた。


 それは、祖父の話。ある武将が鬼退治に赴き、祖父もその一行に加わる。鬼と対峙したが、命からがら戻っってきたと。

 父自身には鬼と戦った経験はないようだ。


「蓮次、どれだけ剣を振るっても、見えない恐怖には勝てぬ。心を強く保つことだ」


 父はそう言い残すと、稽古を切り上げて部屋から出ていった。


 蓮次は父の言葉を胸に刻もうと努めた。しかし、夢の中の鬼の存在は、ますます強まるばかり。



 日々、蓮次の表情は沈み込み、目の下には隈ができた。

 稽古中にも不注意が増え、兄や弟たちを心配させた。




 また夜に夢を見る。


「待っていろ、すぐに迎えにいく」


 あの鬼だ。

 蓮次は叫び声を上げて目を覚ました。

 静まり返った誰もいない薄暗い部屋の中。震える体を抱きしめる。




***




 その後、夜の見回りに出た蓮次は、胸に激しい痛みを覚える。

 壁に手をつき、陰に身を寄せて痛みをやり過ごした。やがて落ち着くと何事もなかった顔で屋敷に戻ったが、

 部屋に入るなり糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 胸の奥に痛みの残響が残り、息をするたび呻きが漏れる。




 ふと、聞こえる静かな足音。

 近づいてくる。


 やがて気配が障子越しに伝わってきた。

 父だった。


 蓮次は顔を上げた。心配してくれているのではないか――そう思ったのだ。


 だが次の瞬間、父は何も言わずに背を向け、立ち去った。

 影が消えるのを見送った時、蓮次の胸には違和感が残った。

 

 その違和感が胸の痛みと置き換えられる。


 この痛みは――あの悪夢と同じ。




***




 その頃、蓮次の父――家長は廊下を歩きながら考えていた。

 蓮次は異質。


 思い出すのはあの日の情景。

 雨の夜、赤子を拾った時のこと。


 白い髪に、白い肌。

 珍しい紫の瞳。

 人かどうかも疑わしい姿に足を止めたのだ。


「……奇妙な子だ」


 拾うつもりはなかった。ただ目が離せなかった。

 しかし、気づけば抱き上げていた。


 これも何かの縁だろう。そう考えて、屋敷の離れで隠すように育てた。

 

 けれど、このままでは危険だと、直感が告げている。

 鬼と戦う方法を教えろなどと、明らかにおかしい。

 これはもう、遠ざけるべきではないか?




***




 この日も、倒れ込むように眠りに落ちた。

 布団もかけず、冷えた床に囚われる。

 意識の奥へと沈んでいく。


 ここは、また夢の中。


 暗く霞んだ景色の中で、何かと必死に戦っている。

 小さな姿。闇の中の白。

 それはよく知っている――自分だ。


 懐かしい。けれどここは、知らない風景のはず。


 どういうことだ?


 手には刀を持たず、鋭い爪を伸ばしている。

 目の前には敵がいて、相手が隙を見せた時。


 蓮次は迷わず飛びかかる。


 相手の肌を思い切り、裂く。

 その感触に何も思わない。


 負けるわけにはいかないのだ。


 父に認められたい。

 その一心で戦っている――。

 

 






 目が、覚めた。

 瞼の裏に、夢の残滓。


 布団を敷かずに寝たせいか、肩がひどく冷えている。

 夢の名残が指先に残っている気がして、ゆっくりと両手を見つめたが。

 爪に泥はついていない。血の気配もない。


 ただ、戦っていたという曖昧な感覚が残るのみ。





 

 ふと、気づく。障子の向こうで、音がする。誰か来る。

 それは部屋の前で止まった。


「蓮次様、家長様がお呼びです」


(こんな朝から何の用だろう?)


 蓮次はすぐに返事をし、身支度を整えた。


 父の期待に応えたい。

 その一念が、胸に灯る。


 廊下を進み、広間へ向かった。


 父を目の前にすると、今日はなぜか緊張した。


 ――何かが異なる。


 蓮次は膝をつき、頭を下げた。

 顔を上げると、父の視線が真っ直ぐに向けられている。


「蓮次――お前に任務を与える。敵対する一族の動向を探る密偵だ」


 重みのある声が、空気を断った。

 蓮次は父の言葉の続きを待つ。


「お前の気配を探る力は素晴らしい。その力で敵の屋敷に忍び、誰にも気づかれぬよう情報を持ち帰れ」


 心臓が跳ねた。

 身体の奥で熱が灯るような感覚。


 父に、褒められたんだ。


 幼いながらも、自分には特別な役目があると信じてきた。この異質な力は、きっと家族の役に立つ――そう思っていた。


 だからこそ胸が高ぶる。

 父が自分を選んでくれた。


 密偵という役目に不安はある。だが、それ以上に――誇らしさがあった。


「かしこまりました、父上。必ずご期待に応えてみせます」


 そう告げると、父は静かに頷いていた。微かな笑みも見て取れた。


 けれど――


 どこか冷たさの残る目は、なぜだろう。



 



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