28.緩む鎖、癒しの光
目の前で荒い息を吐き、ぐったりと項垂れる蓮次。
首元には薄いひび割れが浮かび上がっている。
放置すれば命に関わることは明白だった。
朱炎は険しい表情を浮かべたままである。
かすかな沈黙に包まれ、深く考え込んだ末に何も言わずに去っていった。
蓮次は鎖で壁に固定され、崩れかけた体勢のまま吊るされている。
その手首や肩には鎖が深く食い込み、痛みは容赦なく彼の体力を奪い続けていた。
近くに控えていた耀は、痛みに震える蓮次の姿を見て一瞬ため息をついたが、すぐにその顔を引き締めて彼に歩み寄る。
「蓮次様、すぐに治癒の力をおかけします」
静かにそう告げた耀は、丁寧に蓮次の首元に手を当てた。
彼の手から放たれる青い光が優しく広がる。
蓮次の傷ついた皮膚に温もりが染み渡った。
蓮次は微かな痛みに眉をひそめたが、耀の癒しの力が深く浸透していく感覚に、ほんの一瞬、表情が和らいだ。
耀は傷の状態を慎重に観察しながら力を込める。
ひび割れは浅かったものの、このまま酷使を続ければ再発は避けられないだろうと、内心で危惧していた。
その間に朱炎が遠くから術を解いたのか、蓮次を縛っていた鎖が突然消えた。
支えを失った蓮次は、力なくその場に崩れ落ちる。
汗に濡れた顔、痛みと疲労に打ちひしがれた表情。
耀は無言で蓮次を見つめ、そっと体勢を整えてやる。
蓮次の苦しみを見守る鬼たちも沈黙を保ったままだった。
誰も声を上げることなく、ただその場の重苦しい空気に飲み込まれている。
蓮次は薄れゆく意識の中で、何度も自分に言い聞かせていた。
鬼にはならない…
朽ち果てそうな体に鞭打ちながら、彼の心には人であり続けたいという強い意志が渦巻いている。
しばらくの静寂の後、烈炎が蓮次を見下しながら口を開く。
「やっぱ強ぇよ。最強って言われてただけあるなぁ…」
その言葉にはどこか含みがあった。
彼の目には一瞬、過去の影がちらついていた。だが、烈炎がさらに続けようとすると、耀が鋭く睨みつけた。
「烈炎、余計なことをべらべら喋るな」
低く響く声に烈炎は肩をすくめ、黙り込む。
場の空気はさらに張り詰め、周囲の鬼たちも気まずそうに目を伏せた。
蓮次はそのやり取りを気にする余裕もなく、荒い息を吐きながら横たわっていた。
耀はそんな蓮次を優しく扱い、姿勢を整えて横にさせる。
冷静な表情を崩さず、手際よく傷の処置を進める耀。
やがて、耀が口を開く。
「蓮次様、あなたはもう人間ではありません…鬼になることを受け入れてください」
冷静に響くその声に蓮次は答えられない。
人間であり続ける意志と鬼の力への恐怖が胸の中でせめぎ合い、彼の心を締め付けていた。
静寂を破るように耀が命じる。
「誰か、蓮次様の着替えを持ってこい。それから、首元の薬も準備しろ」
命令に従い、鬼たちが動き出す。
蓮次はその様子をぼんやりと見つめながら、自分が完全に朱炎の掌の中にいることを改めて実感していた。
やがて、着替えと薬が運ばれてきた。
耀が薬を塗ると冷たい感触が皮膚に染み込み、ほんのわずかに痛みが和らぐ。
しかし、それがかえって異様な現実を際立たせる。
耀は何も言わず淡々と準備を整えた。
どこへ連れて行かれるのか、何が待っているのか――
蓮次は答えが見つからぬまま。
不安だけが積もっていく。




