26.選ばれし者と半端者
朱炎の居室に通された黒訝は、不満を抱えたまま足早に部屋の中央へと進み出た。
その鋭い眼差しの奥には、抑えきれない苛立ちと戸惑いが滲んでいる。
「父上、あの人間をなぜ屋敷に連れてきたのですか?人間風情に何を期待されているのか理解できません」
朱炎は視線を上げ、黒訝を見据えた。
表情には微塵の動揺もなく、どこか淡々とした気配さえ漂わせている。
「…お前もまた、その“人間風情”を抱えた半端者ではないか、黒訝」
朱炎の静かな口調に、黒訝は少し顔を歪めた。
父の言葉が自分の内面に突き刺さるのを感じたが、すぐに言い返せる言葉は見つからなかった。
黒訝は確かに人間の血を引いている、半分は。
純粋な鬼でない自分が、鬼としての力を持ちながらも他の鬼たちに認められているのは、父・朱炎の力と権威があるからだ。
朱炎自身が自らの手で厳しく鍛え上げた結果だということも理解している。
しかし、その自覚があるからこそ、蓮次という存在が妙に気にかかって仕方がなかった。
「…父上、私は…」
黒訝は言葉を選びかね、視線を落とす。
気に食わないものを正面から糾弾しようとしていたはず。なのに、気がつけば心の中で焦りが募り、立ち行かなくなる。
蓮次という、半端な姿の存在が、この屋敷のどこかで朱炎に“期待”をかけられている事実が、どうしても平静を保てなくさせていた。
「お前が自分の立場に不満を抱くならば、修行を怠るな。ただ強さを得たいのならば、力を証明し続けろ」
朱炎はそう言うと、黒訝に冷ややかな目を向けた。
朱炎は黒訝の父であるだけでなく、鬼の一族を率いる存在であり、その力と知恵において群を抜いていた。
鬼としての強さを追い求め、そのためには手段を問わない。
その姿勢には圧倒的な重みがある。
朱炎の言葉に、黒訝は内心のもやもやとした感情を抑えられなかった。
蓮次が父にとってどんな存在であるかが気になる。
そして、自分と蓮次との違い。
その違いが何であるのかはまだ掴めず、父の意図を読み取ることもできない。
ただ、胸の中にある不安と苛立ちが渦巻くばかりだった。
黒訝は軽く唇を噛みしめた。
朱炎に対して何も言い返せぬ自分が悔しかったのだ。父の威厳の前で押し黙るしかない自分が、どこか情けなく思えた。
しかし、次第に冷静さを取り戻し、静かに頭を下げた。
「…承知しました、父上」
黒訝は言葉少なに部屋を出た。
襖を閉じる瞬間、彼はもう一度振り返りたくなる衝動を抑え、その場を去った。
心中には、未だに収まらぬ疑念がくすぶり続けている。
あの人間が、父・朱炎にとって何を意味するのか。
その答えが見えぬ限り、黒訝の心には荒い波が打ち寄せ続ける。




