27.鬼と人の狭間で
蓮次が目を開けると、見慣れた鬼たちの影が浮かび上がる。
彼らがじっとこちらを見つめている光景は、いつの間にか日常になりつつあった。
鬼たちを見るたび、自分も同じ存在へと変えられていく現実を突きつけられる。
体だけでなく心まで侵されるのではないかという不安が、胸に深く刻まれていく。
だからこそ蓮次は自分に言い聞かせた。――人の心だけは失わない、と。
(俺は、人間だ……)
ひび割れた首元に意識を向ける。痛みを確かめることで、まだ人間であるという証を繋ぎ止めている。
どれほど醜く姿が変わろうと、心だけは鬼に染めない――その誓いが、蓮次の最後の砦だった。
だがすぐに、自嘲が胸をかすめる。
この場を支配するのは朱炎とその配下。蓮次はその手の中で囚われ続ける存在に過ぎないのだ。
その時、足音が近づいてきた。
重い気配が部屋に満ちていく。
蓮次は意志を込めて身を起こす。耀と烈炎が一瞬驚き、すぐに表情を整えた。
かつて怯えていた蓮次が、自分の意思で立ち向かおうとしている――その姿に、わずかな評価の色が宿る。
やがて朱炎が姿を現すと、場の空気が一気に張りつめた。
彼の威圧感が空間を支配し、周囲の鬼たちは一斉に跪く。
耀と烈炎も背筋を伸ばし、自然と敬意と畏怖を滲ませていた。
蓮次はそれを見て悟る。
――この鬼には、誰も逆らえない。
それでも視線を逸らさず、朱炎を見据えた。
朱炎が近づく。今日もまた力を送り込まれると分かっている。
襲いくる激痛を予感しながらも、蓮次は怯えを押し殺し、強い意志を目に宿した。
「俺は鬼にならない。絶対に!」
朱炎は感心したように顎に手をやり、静かに言う。
「蓮次、お前はもう人間ではない。だが、鬼としても半端者だ。傷もすぐに治らず、異能も使えぬ。片目は鬼の目だが、もう片方は人間のまま。これでは低級の鬼よりも酷い有り様だ」
鬼の言葉を聞いて、蓮次は唇を噛みしめて視線を逸らさずに睨み返した。
「うるさい! 俺は人間だ!」
「お前の力はまだ完全に目覚めていないのだ。鬼になれ、蓮次」
朱炎は堂々とした態度で続ける。
「私が目覚めさせてやろうと言っている。お前がどれほど拒絶しようと、その力は否応なく発現する」
「鬼にはならない!」
たとえどんな苦しみが襲おうとも、蓮次の意思は揺るがない。
決して鬼として生きるつもりはない。
蓮次のその強い意志を感じ取った朱炎の目が、一瞬だけ険しく細まる。
「ならば、力ずくで目覚めさせてやろう」
冷酷な笑みを浮かべると、朱炎は蓮次を念で壁に叩きつけた。
壁から幾重にも鎖が現れ、蓮次の体を拘束する。
「や、めろ!」
蓮次は必死に叫ぶが、声を張り上げるごとに鎖がさらに強く締まる。鎖は肌に食い込み、動くことすら許されない。
朱炎は容赦なく、鬼の力を蓮次に流し込んだ。
前回よりも圧倒的に強い力が蓮次の体に注ぎ込まれる。
「ぐっ……っ!」
「受け入れろ。お前は鬼になるべきだ」
「ぐっ、ああっ!」
ここ最近のおなじみの光景。
「やりすぎじゃねぇのか…?」
烈炎は蓮次が苦しむ様子を見つめながら、小声でぼそりと呟いた。
傍らで見ている耀もまた朱炎の様子を伺いながら、胸の内で同意するように頷いている。
だが耀には見えた。朱炎の態度にどこか焦燥の影が潜み始めているのが。
耀は蓮次の首元の傷が再発しないか心配しつつも、朱炎がどこまでこの行為を続けるのか目を離さずに見守っていた。
蓮次は声を押し殺し、かすれた息を吐きながら痛みに耐え続けている。
今日は朱炎の力が特に強かった。蓮次は、体の内側から焼かれるような苦痛に襲われながらも、必死に意識を保っていた。
時折、呻き声を漏らすが、気を失うことはない。
その様子に、朱炎は目を細めて言う。
「その強い意志は褒めてやろう」
蓮次は眉間にしわを寄せ、朱炎の言葉にも反応を見せず、ただ耐えることに集中していた。
しかし、強い力が流れ込むごとに、体は限界に近づき、ついに首元のひびが再び現れ始めた。
耀はその傷に気づき、咄嗟に片足を一歩踏み出した。
声をかけるべきか、一瞬迷う。しかし、朱炎もすでにひび割れに気づいているようで、蓮次に鬼の力を流し込むのをやめた。
蓮次は朦朧とする意識の中で、かすれた声を絞り出した。
「…み、水…を……」
その言葉は弱々しく、彼の渇きと限界を物語っていた。




